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蒼龍姫  作者: 浅野 燈奈
第一章―暗闇に輝く瞳―
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第一章 ―20- 

一瞬何が起きたのかわからずに、私は唖然とする。しかしすぐに状況を理解することが出来た。目の前に立っていたのは化け猫じゃなかった。紅い袴に簡易な鎧をつけ、その手に紅い刀身の刀を握った、私がこの世界にきて始めて出会った人がそこにいた。


「夕澄、おまたせ」


その言葉に体の力が一気に抜けて、さっきまで抑えていた涙が頬を伝う。彼女はそれをみて、もう大丈夫だよ、と言った。名前を呼べば、彼女は私を安心させるように微笑む。


「……! 猫達は一体何をしてるの!」


化け猫の声が聞こえる。

そういえば、と思い部屋の中をみる。

先程まで、確かにここには部屋を埋め尽くすほどの猫がいた筈だ。

しかしそれが、一ヶ所に集まってニャーニャーいいながら横になっている。まるで、酔っ払っているようにも見える。

それに現代のあるものを連想したが、妖にアレが効くはずもないだろう。

化け猫の叫びに煉華は笑っていた。

一体あの大量の猫の妖をどうやって、と気になり、煉華の言葉に意識を向ける。


「あんな目立つように居場所を知らせておいて、罠だと私達が気付かないとでも思った? 残念だけど、ここにいた猫達はこれでいなくなってもらったよ」


そういって煉華は懐からあるモノを取り出す。

それは小さな袋だった。中に何か入っているのか、煉華が振るとがさがさ音がする。

中身が気になりずっと見ていると、化け猫が焦ったような声を上げる。


「この匂い……! まさか中身は!」

「気がついた? これはね……」


煉華はニヤニヤしながら竹筒を振る。


「マタタビの粉末だよ!」


化け猫がキーキーと騒いでいたが、私はぽかん、としてしまう。

しかし煉華は得意気な顔をして、ふふん、と鼻で笑った。


「猫にマタタビっていうからね」


猫の様子をみてそれを思い浮かべたのは確かだ。しかしまさかそれが妖にも通用するのか、と私は複雑な気持ちになる。

しかし化け猫が相変わらず騒いでいることからして、弱点なのは間違いないようだ。あれだけ異様な光景だったのにたかだかマタタビでやられてしまうとは、さすがに呆気なさ過ぎる。あの時あの光景に感じた恐怖が馬鹿らしくさえ思え、ため息をつきかけたが、さすが煉華様!という凛の声が聞こえたのでなんとか押しとどめた。

とにかく、化け猫が私にかまけていたうちに煉華が上手いことやってくれたようだと思い、強がりをいったのも少しは役に立ったのかも知れないと自分に言い聞かせる。そして、煉華が一人なのが気になり、不思議に思う。すると急に、圧迫感のあった腕と胴が自由になる。


「大丈夫か?」

「常和!」


ぽん、と頭を撫でられる。彼はにっこりと笑った。自由になったので凛が縛り付けられていた方向を見ると、彼女もいつのまにか縄が解かれていた。


「少し離れていてくれるか、その子を連れて」

「わかった。任せて!」


硬くなっていた体をほぐし、凛の腕を取ると彼女は頷いた。急いで化け猫から距離をとると、化け猫は悔しそうに私達を見る。


「計画失敗だわ……まさかマタタビを持ち出されるなんて!」

「俺達を出し抜こうとする割には頭が随分足りなかったみたいだな」

「私達が部下の猫に気を取られているうちに二人を食べようと思っていたみたいだけど、妖浄士をなめすぎじゃない?」


凛と二人、離れた場所から化け猫と煉華、常和をみていると、シリアスな場面のはずなのにそんな気さえしなくなってくる。そして、先程まで命の危険があったのに、随分リラックスしている自分に気がつく。


「妖浄士のお二人が来てくださったんですから、もう安心ですね」


凛がにっこりと笑う。

常和と煉華の戦いぶりをこの目で見たことはなかったが、私もそんな気がした。でも凛の体はまだ震えている。私は彼女を落ち着かせるようにしっかりと抱きしめながら、二人と化け猫のやり取りを見ていた。


「ふん、手下がいなくなったって、たかだか二人で私と戦おうだなんて甘いわよ。私は人妖、この世界の妖の中で最強と謳われる存在なんだからね!」

「なるほど、そんなに強いならさぞ手応えがあるんだろうな? ……煉華、二人を頼む」

「わかった。任せるけど……わかってるよね?」

「ああ、大丈夫だ」


常和と煉華は頷き合って、煉華だけがこちらに走ってくる。あの城下の時と同じように、煉華が私達を守り、常和が妖と戦うらしい。一人で大丈夫なのかと心配になるが、何も心配いらないと煉華は笑った。彼女は持っていた紅い刀を鞘には収めずに、私の横にしゃがみこむ。そして常和をじっとみた。何も心配しないといったのは煉華のはずなのに、彼女の横顔は何かを心配しているようにみえた。しかし、煉華の言葉を信じるしか私に出来ることはない。


「さて、と。二人は煉華がちゃんと守るだろうし、俺は思う存分暴れさせてもらおうか」

「随分簡単にいってくれるじゃない。あんたみたいな若い人間に私が倒せるとでも?――なめるんじゃないわよ!」


その言葉を皮切りに、常和と化け猫の間の空気が一瞬にして変わった。

ピリピリどころではない。傍から見ているだけでもわかる、鋭い気配が常和からする。あんな常和は、付き合いは短いとはいえ、こちらにきてから――喧嘩をした時でさえも、見たことはない。私の知らない常和がそこにはいた。


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