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蒼龍姫  作者: 浅野 燈奈
第一章―暗闇に輝く瞳―
19/74

第一章 ―19― 

ちらちらと赤いものが瞼を照らしているのを煩わしく感じて目をゆっくりと開く。体が重い。ぼんやりとしていた視界が徐々に明るくなっていくのと同時に、炎がぱちぱちと燃え上がっているのが目に入る。


(松明……?)


小説や漫画のようなものでしか目にしたことのないものが、夕澄の目に届く範囲ではあるが遠い場所に、台の上に置かれた形でそこにある。それもいくつも。

壁際に沿うように広い部屋の中に等間隔で置かれていて、こんな状況でもなければ幻想的だとさえ思ったかもしれない。まるで、何か儀式をするかのように見える。

しかし、先程から感じている化け猫の気配が、それを薄気味悪いものに見せていた。

しかしその松明のおかげで、部屋の様子も見ることが出来る。

部屋の印象からして、気を失う前までいた部屋ではないようだ。

見る限り岩肌なのには変わりなかったが、随分と広い部屋だった。

何十匹もの猫が、松明のすぐそばに従者のように座っている。その光景は異様だったが、少なくとも、何も見えず、何がいるかさえわからないような恐怖よりはましだと思えた。


(……動けない、か)


細い柱のようなものにもたれかからせられているようで、背中に、ポールに寄りかかったときのような不安定な感覚がする。腕は、そのポールの後ろで縄か何かでくくられているようで、その上、胴をも縄で縛られていて、身動きが取れない。

周りの状況を確認しようと、視線だけを動かして色々見ていると、同じように木の柱に縛り付けられた凛の姿が目に入る。しっかりと目にすることは出来ないまでも、丸太のようなものに縛り付けられているようだったか、まだ目を覚ましていないようだった。


「目を覚ましたのね」


横から声が聞こえる、そちらに視線を向けると、ゆったりとゆれる二股の尻尾が視界に入る。恐ろしく感じて視線を前に戻すと、全ての猫がこちらを見ていて息を呑んだ。


「時間ないんだけど、もう一人はまだ目が覚めないのよね。どうしようかしら」

「……何をするつもりなの」


勇気を振り絞って出した声は掠れていた。すぐに口に出したことを後悔したが、化け猫は鼻で笑うだけで、私に危害を与えてくる様子はない。


「もうすぐ、妖浄士がくるわ。力を得た私の敵ではないけど」


化け猫は笑う。姿が見えないから声だけで判断するしかないが、彼女は明らかに楽しんでいるように思えた。

妖浄士ということは、常和達だろうか。私は常和と煉華以外の妖浄士は知らない。訓練場等で顔を合わせたことならあるかもしれないが、二人以外殆ど交流がなかった。

しかし助けに来てくれたのだということに少し安心する。私は、彼等の国に直接影響などすることはない、いわば、どうでもいい人間だ。生きていても、死んでも別に構わないはずだ。そういう不安があったから、思わずほっと息をつく。

化け猫はそれを耳ざとく聞いていたようで、また笑った。


「来てくれないと思っていたの? あれだけ、助かろうっていっていたのに?」


黙っていると、化け猫はそれを意にも解さないように続ける。


「妖浄士はどんな状況になったってくるわよ。だって貴方が死ぬと人間は困るんだから。じゃないと、折角あれだけ街に顔を出した意味もないしね」

「……私がいなくなって困る? 私はただの迷子なのに?」


そう言い切ってしまってから、唐突に、志輝がいっていたことを思い出す。マヨイビトは世界に繁栄をもたらすという言い伝え。でも、あれは夕澄をあの城に置くための口実のようなもので、本気にはしていないような口ぶりだった。一度対面したのみだったが、志輝は人が良さそうな印象がある。大した理由がなかったとしても私を城においてくれただろうと思う。


「何か勘違いをしているようね」


色々と考えていた私の横で、意外そうに化け猫がそう落とす。


「貴方はこの世界にとって大事な鍵、蒼龍姫。その体は妖にとって至高のご飯、聖なる貴族のそれ以上。口にすれば私は妖の頂点に立つことすらできる」

「――――蒼龍姫?」



聞き覚えのない単語に、思わず繰り返して口に出してしまう。

鍵だとか、体が至高のご飯だとか、そんなもの私は知らない。私はただ、自分の世界で階段から落ち、気がついたらこの世界にいて、煉華と常和に見つけられ、いつのまにか賓客として、壮大な迷子、マヨイビトとして城に住むのを許された、それだけの人間だ。蒼龍姫、良くはわからないがそんな大層な響きの名前をもらえるような人間では決してないはずだ。

化け猫はまだ笑い続けている。何を勘違いしているのか知らないが、その勘違いで、私も、凛も、――朔耶も、こんなどうしようもないくらいの感情を強いられているのか。そして逆に言えば私のせいで、皆怖い思いをしているのか。城下の人達も。


「私の、せい……?」

「そうね、貴方がいなければ……私はその子をさらわなかったかもねぇ」


化け猫がニヤニヤと私の顔を覗き込む。

ドスンとその言葉が重りのように胸にのしかかる。

私が、この世界にこなければ、皆、怖い思いをせずにすんだ……。


「夕澄様」


はっとして、視線を向ける。顔は見えなかったが、確かに凛の声。目を覚ましたの、という化け猫の声が聞こえたが、凛はそれには返事をしなかった。


「詭弁です。夕澄様のせいではありません。全て、妖が悪いんです。城下の人達の動揺も、私がここにいることも、私が人質になったせいで兄が夕澄様を化け猫に売ってしまったことも。仮に夕澄様がこの世界にいらっしゃらなかったとしても……妖は人を襲います。話しましたよね? 私の両親は妖に殺されたんです」

「凛ちゃん……」

「妖とはそういう存在なんです。夕澄様のような方が、化け猫のしたことの責任を負わされる必要なんて欠片もないですよ」


凛の声ははっきりとして強かった。その言葉に、重りがすっと消えたような気になる。


「さっきまであんなに怖がっていたっていうのに、随分強気じゃない?」

「ゆ、夕澄様は、ご自分が危険な目に合わされたのに兄を責めませんでした。むしろ、兄が私を見捨てるような人間じゃなくてよかったとおっしゃった。なのに夕澄様が何も気に負う必要がないことで苦しまれている。これを無視するなんて恩知らずなことが出来る訳がありません!」


化け猫に対してあれほど怖がっていた凛が、私のためにと化け猫に言い返すその言葉。化け猫が去ったときに泣き出してしまうほどだった彼女も今現在恐怖を感じているはずで、なのに私を庇ってくれた。

私は自分のことが情けなくなった。化け猫の言葉で混乱してしまった自分が情けなくなった。自分よりも年下の凛が恐怖と戦っているというのに。

あの時、凛は私が強いといった。でも、そう言った彼女こそ、とても強い子だ。


「凛ちゃん、有難う」

「夕澄様……」

「大丈夫。ごめんね。根本的に悪いのは、化け猫なんだよね」


泣きそうな声になった凛に大丈夫と何度か繰り返し目の前に立つ化け猫を思いっきり睨み付けると、彼女は始めて顔を顰める。

しかし彼女は何も言わなかった。それどころか、一度顰めた顔をすぐに怪しい笑みに戻した。この状態でどれほど強がってみたところで、結局まだ化け猫の思い通りに出来る状況は変わらないのだから、私達が何を言ったところで痛くも痒くもないのだろう。

怖い。怖いに決まっている。でも凛だって戦ったのだから、私が気持ちに負ける訳にはいかない。それに私が強くいれば、凛に、化け猫に言い返すという怖い思いをさせなくてすむ。

震える体を抑えることは出来ないけれど、強がること位は出来るから。

化け猫は私の顎を手で上げさせてニヤニヤしながら私を見たが、私は化け猫を睨み続ける。


「馬鹿ね、人間っていうのは。明らかに不利な状況にいて、そんな大口が叩けるんだから」

「予想通りの反応じゃなくて残念だったね? せいぜい私が責任に押しつぶされて泣き喚く姿を想像してたんだろうけど」

「ええ、残念よ? 私は恐怖に絶望して、泣き声をあげながら命乞いをする姿をみるのが好きなの。今回は妖浄士が目の前で貴方たちを食べられる絶望の顔を拝もうと思ってわざわざ生かしておいてあげてるのに、そんな口しか聞けないのなら、この場で食べちゃってもいいんだからね…………?」


化け猫の長い爪が、私の首を撫でる。ぷ、と嫌な音と感覚がして、首を痛みが襲った。

でも痛みよりも、化け猫の言葉の方が私に深く刺さる。この化け猫は、この状況を楽しんでいる。それも極めて最低な方法で。


「あ、あんた達って……なんて最低なの……!」

「あら、褒め言葉を有難う。……血がでちゃったわね。血が出ると余計においしそうに見えるわ。やっぱり、この場で食べちゃおうかしら」


化け猫がニヤリと笑って、私の頭を手で押さえると、大きな牙のみえる口を開けて、私の首筋に顔を近づける。手が震えてどうしようもなく、血がすべて抜けてしまったかのような寒気が体を襲い、凛が私の名前を呼ぶ声が遠く聞こえた。

――もう駄目かもしれない。

折角常和達が助けに来てくれたのに、ここで死んでしまうのだろうか。

化け猫の髪が頬を撫で、その牙が私の首に掛かった。

しかし、それは一瞬で私の体を離れる。風を切るような音がした直後のことだった。

そうして聞きなれた声が耳に届く。


「うちの大事なお客様を、それ以上虐めないでくれるかな?」


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