第一章 ―18-
「まさか本当に効くとは思わなかった」
「私は兄さんがいうなら絶対効くって思ってたよ」
煉華が、先程燈樺様から受け取った袋をまるで自分の手柄だというように自慢げに自分の前に掲げた。それの中身はもう随分と減ってしまっていて、くる時には袋の限界だろうというほどたくさん入っていたものは既に半分以下になっている。
ああは言ったが、俺だって燈樺様を信じていなかった訳ではない。こういう時に確証のない方法をあの人は取らないだろうとわかっている。
ただそれがあまりにも意外というか、信じられないような内容だったのだからしょうがないじゃないか、とは、気分がよさそうな煉華の前では、言い訳のようで口に出せなかった。
「慎重に使えよ。どれくらい数がいるのかわからないんだからな」
「わかってるよ。でもこの洞窟はそんなに規模が大きい訳ではないからそんなにはいないと思うけど? それにしても、最初にあの量が襲ってきたのは想定外だったな」
洞窟を入ってすぐに、恐らく化け猫が従えているであろう大量の猫の妖が襲ってきた。猫の妖一匹自体は気に留める必要もない程弱いものだが、大量にくると鬱陶しい上時間も取られる。時は一刻を争う。だからそこで袋の中身を一気に半分も消費してしまったのだ。
その妖事態は、俺達以外についてきている、妖浄士見習い達が討伐してくれる筈だから後方はあまり気にしなくていいとはいえ、半分消費してしまったのはやはり痛い。
「でも、本当に兄さんのいう通り奇妙な程襲ってこないよね」
煉華は、それは不思議だなぁとすっかり軽くなった袋を振りながら言う。
最初に襲ってきた大量の妖以降、偶に出くわす一、二匹を討伐するくらいで、計画的に襲ってくる気配が全くない。その程度は袋の中身を使う程でもなかったから非常に助かるのだが、燈樺様はこれも予想していたようで、作戦の時にこの事態を予告していたのだ。
「理由がわかってるとむかつく」
「……妖っていうのは、程度とやり方の違いはあってもこういうものだろ」
俺もどす黒い感情が胸のうちに広がっていたが、それを煉華には伝えなかった。言えば、恐らく煉華は俺を咎めるだろうと思ったからだ。
俺の感情は最早、腹が立つというものを超えている。冷静でなくなっている自覚があった。
この感情は邪魔になるもの、他者を危険に晒すものだと散々周りに言われてきた。
化け猫は、最初から夕澄を直に殺すつもりがない。孤児施設を襲う以外にも、力を失うにも関わらず城下に姿を何度も表していた。さらに、駒として使った朔耶を殺さず、夕澄のことを知らせる手段として利用した。力を奪うことだけが目的ならば、わざわざ妖浄士である俺達に自分の存在を知らせるようなことはしなかったはずだ。
要するに、化け猫は夕澄と朔耶の妹を殺す作業を、俺達に見てほしいということだ。
今頃俺達の前で嬲り殺したくてうずうずしていることだろう。そして、力を得た後、その力に酔いながら俺達を殺すことを楽しみとしている。
それが燈樺様の見解だった。
力を得るというのが本来の目的だとしても、そこに至るまでの過程は人をどれだけ苦しめるかに専念する。人を殺すことが目的でも然り。――それが、妖というものだ。
それを目の当たりにする度にどす黒い感情が俺を支配する。
「今回に限っては助かるけどな。時間に少し余裕ができるから」
「安心できる訳じゃないけどね……。急に予定を変えて何をするかわからないし」
急がなきゃいけないことのは変わらないよ、と煉華はいう。
「夕澄は結構はっきりものをいう子でしょ?」
喧嘩したんだからわかっているはずだ、と煉華が俺を見る。
確かにあそこまで食って掛かってくる人間は珍しいと思ったのは事実だ。言われなければ気付かなかっただろうから気にはしていないが、夕澄ほど引かない女は煉華を除いていなかった。煉華もまた特殊な方だったし、彼女は妖浄士として武器を持つ人間だ。だが夕澄は違う。
「結構、自分の納得のいかないこととかには食って掛かっていく子だと思うんだ。だから、これから化け猫がすることに、黙っていられないんじゃないかと思って」
「あいつは妖を知らない人間だぞ? 普通は恐怖で動けなくなると思うが」
「それはそうなんだけど……妖を知らないってことは、その怖さも、私達ほど知らないってことだとも思う。それに、夕澄がこっちにきてから色々話したけど、時々、なんだか危なっかしく感じてた」
「危なっかしい?」
「うん。自分を大切にしようと思っていないような、まるでどうでもいいと思っているような、そんな……」
普通に考えれば、煉華の話はありえないことだ。
一般人であれば、妖を前にして恐怖を感じない人間はいない。妖浄士でさえ、慣れていなければ怯えてしまって使い物にならない。中には妖を恐れて辞めていく人間もいる位だ。
夕澄は本人が一般人だと言っていたし、何より彼女の世界に妖は存在しない。似たようなものは書物に残っているという話を煉華は聞いたらしいが、彼女はその存在を信じてはいないようだった。
昔の人が、理解できない現象を理解するために作った存在だというようなことを言っていたらしいから、彼女の世界には本当に妖は存在しないのだろう。
煉華はそれを妖の怖さを知らないということでもあると言うが、俺は、知らないのならば尚更、対面すれば、妖は怖いものだと思うはずだと思う。
しかし、煉華は全く確証のないようなことを安易に口にする人間ではない。
ならば本当に、ある程度の確信があった上で、嫌な予感がしているのだろう。
それを否定することは俺にはできなかった。
「どっちにしても早く助ければ問題ないだろう」
「うん。そうだよね」
煉華は俺の言葉に頷きはするものの、不安を完全には払えないようだった。




