第一章 ―16―
「ねぇ、常和」
煉華は珍しく落ち込んだ声で、俺にそう声を掛けてくる。
俺達は例の洞窟に向かう途中の山道で、険しい山道を登っていた。
洞窟は山の中にあり、殆ど道もない山道は酷く歩きにくい。ここまでは馬で来ていたが、さすがにこの道を馬で登る訳にはいかず、木や草をかき分けながら進んでいた。
訓練で山登りくらいはしているとはいえ、体力を消耗することには変わりない。何度か妖の討伐でここに来ていることによって迷いなく進んでいけるというのは、結構な幸運だったかもしれない。
しかし、会話は体力を消耗する。
そのことを煉華は分かっている筈だったが、酷く落ち込んだ声色に放っておくこともできず、俺は振りむいて、どうした、と声を掛けた。
「私達、夕澄の護衛が仕事なんだよね」
「……ああ」
「なのに、どうして守ってあげられなかったんだろう。どうして夕澄のこと放っておいたんだろう」
煉華と同じ思いは俺も持っていた。
そもそも城下に化け猫が頻繁に出ていたのが夕澄を攫うためだったとすれば、俺達がしくじったことは二つある。
城下で起きていた時に化け猫を退治してしまえなかったこと。
そして――。
「こんなんじゃ、護衛役なんて名乗れない。どうして結界に頼り切って安心してたんだろう。城下の結界に入り込まれているなら城だって危なかった。夕澄だって危なかったのに。私達、城下の騒ぎばかりに気を取られて、あの子をちゃんと見ていなかった」
「結局俺達も結界に依存しきっていたんだな」
護衛役は、夕澄がこの国に馴染みやすいように年の近い俺達を傍につかせるという、いわば話し相手になるための口実ではあった。
ただし、その本質は確かに護衛役であって話し相手ではない。俺達は、その本質を放棄していたも同然だった。
その上、最近、城下の妖騒ぎにばかり気を取られ、夕澄とあまり話していなかった。口実さえもちゃんと果たせてはいなかったのだ。
この国の人材は先の戦争からずっと人手不足で、いつでも手が足りない。その上討伐任務に出ている妖浄士が何人かいて、城にいる人間でなんとか回さなければならない。
しかし、夕澄に気を向けなければならなかった俺達は、妖騒ぎばかりに目を向けてしまっていた。もっと気を向けていれば、もしかしたら守れたかもしれない。
「それに夕澄、顔色も悪かった」
「……ああ」
「あんな悪口ばっかり聞いてれば、疲れるに決まってる。お昼ご飯だって、もしかしたらだから食べに行けなかったのかもしれない。私達、忙しさに気をとられて、心配するフリをしていただけなのかな」
「かもしれないな」
「朔耶君のことにしたって、もう少し目を向けていれば防げたかもしれない。私達の責任だよ」
言われるまでもなく、俺の心にものしかかっていた言葉だった。
その後は無言で、ひたすら歩き続ける。煉華だって、本当は俺に聞いて欲しかったというよりは、自分に言い聞かせていたようなものなのだろう。
彼女は俺よりもずっとこの仕事に責任と誇りをもっている。自分が犯してしまった間違いが、俺よりもずっと重く伸し掛かっているのだろう。だからこそ、体力を消耗することがわかっていても話さずにはいられなかった。それを、俺は責められない。
対して俺はどうだろうか。
作戦を説明された後にわだかまっていた思考は、何度自分に言い聞かせた所で消えてはくれない。夕澄を助けるのが最優先。そう何度も、何度も言い聞かせているのに、心の底はここに至ってもまだ暗く重かった。
責任を感じてはいる。後悔も当然ある。夕澄を必ず助け出さなければと思ってもいる。
にもかかわらず、俺の心を先程からずっと占めているのは、別のこと。それに、罪悪感さえ覚えてしまう。
「煉華」
「何?」
「夕澄を絶対助ける。――そして、ちゃんと謝って、次はないようにする」
その言葉を口にしたのは、今のこの心を誤魔化したかったからだったかもしれない。それでも、うん、と力強く返事をした煉華に、心の内が漏れてしまわなかったことに安心した。
夕澄を助けられなかったら、責任や後悔の行き場所もなくなる。ひたすら後悔し続けることになる。そんな思いはしたくない、と思った。
それに、この心の底の重みを抱えていることに対する罪悪感も消えない。
――俺はつくづく、最低な人間だな。
自重気味に、心の中でそう呟いた。
そうしているうちにようやく、洞窟の入り口が見え始めてくる。山の中にあるその洞窟は、中が暗くて良く見えなかったが、二つの光が洞窟の内部に走っていくのを見た。それがなんなのかの予想はついているため焦りはしない。
「来たことがばれたみたいだな」
「そう。でも、想定内でしょ?」
燈樺様は、化け猫は妖浄士がくることはわかっているだろうといっていた。
「ここからが本番。夕澄、絶対に助けるからね」
煉華の呟きに俺も頷いた。
必ず夕澄を助けて見せる。たとえ、この心が何に支配されていようとも、彼女は必ず守って見せる。
そう心の中で誓って、俺は剣の柄に手を掛けた。




