第一章 ―14―
身体が冷えていく感覚がずっと付きまとっていた。
夕澄の安否が気になる。本当なら今すぐにでも駆けつけたい。
「常和、少し落ち着け」
「っ! すみません」
陛下に焦りを指摘されて思考が少し冷える。
煉華が隣でゆっくり息を吐く気配がする。彼女も相当気が張っているようだ。
俺達が少し落ち着いたのを確認して、陛下はよし、といって話を続けた。そして、ある疑問点を口にする。
「しかし、薄れているとはいえ、城下よりも強固な結界を通り抜けることが出来たのはどうしてだ? 結界は強い妖ほど力に反発して通り抜けられないはずだろう。それとも、それすら破れる位力が強い妖ということか? それだと二人だけでは危ないだろう」
「もし結界が破れる程強い妖だとするとこうも回りくどい方法は取らずとも夕澄様を殺せた筈です。恐らく化け猫はまだ完全な状態ではないのでしょう」
「完全な状態ではない? どういうことだ」
陛下の問いに答えた燈樺様は、少し思案したあと言葉を続ける。
「陛下もご存じかと思いますが、妖は思念を完全に体として定着させるのに時間がかかります。人妖程ともなれば、その時間は普通の妖よりも長く必要でしょう」
「……つまり、思念が完全に定着しきっていないということか」
「人妖ほどの妖ともなれば思念の量が膨大です。完全に分散せずに結界にはいりこむことが可能だったのでしょう。それでも結界が薄くなっているところを狙っていること、そして城下にも何度も出入りしていたことを考えると、その量は今現在体を保つのに十分かどうか、という所でしょうが」
妖は人の思念が変化したもの――つまり、人の思念を元として体を構成している。しかし人の思念がその体として定着するまでには、強い思念になるほど時間がかかる。
それでも、ある程度体が構築されてしまえば、見た目はほぼ他の妖と変わらない状態のまま歩き回ることもできる。その状態で人を襲う妖も存在する。要するに定着してはいないが、ほぼ完全な状態の妖と同じような行動がとれるということだ。この状態の時、妖は結界に弾かれることはない。まだ完全な妖として存在している訳ではないからだ。
しかし通常の妖なら、この状態の時結界には近づかない。完全な妖ではない故に結界に弾かれることこそないが、結界の力と悪い思念が反発して元となっている思念が消し飛んでしまう。しかしその量が膨大ならば、ある程度思念が分散しても体を保っていられる。思念は後で増幅していくため、この場合結界さえ乗り越えてしまえば何も心配はいらない。しかし、そこまで思念の量が膨大な妖はあまり存在せず前例もない。
それでも、化け猫は結界の薄い所を狙い、入り込んだ。それは化け猫が確かに協力な妖だということを証明するものだが、同時に思念が今化け猫の体に定着しきっていないことと、体を構成している思念が少ないことはほぼ間違いない。
「狙うなら今、ということですね」
俺の言葉に燈樺様は頷いた。
むしろ今を逃せば悪い思念を吸収して強力な妖になってしまう。
夕澄が蒼龍姫か否かに関わらず、迅速な対応が必要だったということだ。化け猫が力を得ても城と城下は結界に守られているために被害はないだろうが、他の村等が危うい。これは、食糧等の問題にもかかわってくる。そうなれば当然、城と城下も危うくなる。
そして仮に本当に夕澄が蒼龍姫だとすれば、もしも化け猫がその力を取り込んでしまえば結界事態が危ない。
これは要するにかなりの一大事が起こっているということを示す。
しかし今行動すれば、化け猫は思念を結界に吹き飛ばされて弱体化している。一般の妖と同等かはわからないが、狙い目だということは間違いない。
「故に行動は迅速でなければいけません。……作戦は先程の通りに。場所はしっかり記憶しましたね?」
俺と煉華が頷く。先程燈樺様が地図で指し示した洞窟の位置は、以前妖退治に何度か立ち入ったこともある場所だ。迷うことはないだろう。
燈樺様は俺達が頷いたのを確認してから、例のものをここに、といってある袋を持ってこさせる。見た目は片手一杯に乗る程度の小さなものだが、そこには作戦に必要なものが入っているのだろう。
「……なあ、本当にそんなもので大丈夫なのか、燈樺」
「何も心配はいりませんよ、陛下」
陛下ににっこりとした笑顔で返した燈樺様は、その袋を煉華に渡す。結構入ってる、と煉華は呟いた。確かに、彼女の手に乗せられた袋の形状から、小さな袋一杯に例の物は入っているようだ。
正直な所俺もこの作戦がこの袋の中身で本当に上手くいくのか不安だったが、ああもきっぱりと言い切ってしまうのだから間違いないと信じるしかなかった。
陛下も同じように思ったのかわからないが、その笑顔に反論はできないようだった。
「……燈樺がそう言うなら、信じるが。頼んだぞ、二人とも。必ず夕澄を救いだし、化け猫を退治してくれ」
「「はっ!」」
煉華と共にそういって頭を下げる。
ようやく夕澄を助けに行ける。思考は若干冷えたとはいえ、体が冷えているような感覚は依然つきまとったままだ。
夕澄のことが心配だからなのか。それとも――。
「常和、絶対我を見失うようなことはないようにしてよ。夕澄達を助けることが最優先事項なんだから」
部屋から出てすぐに煉華にそう告げられ、俺は思考を見透かされたような気がして、力なく頷いた。煉華は不安そうな瞳を向けてくるが、もう一度絶対だと念を押した後は準備をするために駆けて行ってしまう。
「そうだ、夕澄を助けるのが最優先事項だ」
先程の煉華の言葉を、俺は何度も自分に言い聞かせた。




