表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼龍姫  作者: 浅野 燈奈
第一章―暗闇に輝く瞳―
13/74

第一章 ―13― 

水の音が聞こえた。

瞼が重いのをなんとかあけると、目の前は暗くて何も見えなかった。

状況が掴めず、横になっていた体を起こすと、体のあちこちがギシギシと痛む。


「さむ……」


体を包むひんやりとした冷気に体が震える。暫くガタガタと震えながら耐えていると、次第に暗闇に目が慣れてきたことと、朧気にでも目の前にある壁を認識することが出来た。硬くなっていて重い体をなんとか動かして立ち上がり、ぼこぼことしたその岩肌に触れる。触れた場所から冷えていくような感覚がしてすぐに手を離す。


「あの」


突然声が聞こえたのと同時に肩を叩かれ、驚いて声も出せず肩が跳ねた。恐る恐る振り返ると、そこにいたのは人間の女の子だった。


「ご、ごめんなさい……」


彼女は私の肩を叩いた手をそのままに、そこにたっていた。よく見れば体が震えているのがわかる。申し訳ない気持ちになって、大丈夫だと伝えると、ほっと息をついて手を下ろした。


「貴方は? 私は、夕澄っていうんだけど」

(りん)といいます。孤児施設を襲われて、ここに連れて来られました。あの、夕澄様も化け猫に襲われてここへ?」

「ええと、正直自分でも状況がちゃんと理解できてなくて……姿を見てないからその化け猫かどうかは分からないけど、何かに襲われたことは確かかな。というか……孤児施設ってもしかして、朔耶って人、知ってる?」

「兄をご存知なんですか?」


凛の驚いた声に、私は朔耶の行動の理由を少し納得した。

彼は妹を助けるために行動しただけだ。ならば責める理由など存在しない。彼を責めることは出来ない。同じ状況になったとき、今ならば、自分も同じ行動を取ることは想像することが出来るからだ。

彼はあの時、誰かを傷つけるのがわかっているのに弟のために行動出来るのか、と言っていた。何故彼がそんなことを言うのか理解できずに、あの時はただ立っていることしか出来なかったが、今同じことを聞かれれば、ただ肯定する返事を返しただろうと思う。夕月に何かあったとき、もしも彼か他の人どちらかを選ばなければならないとしたら、迷うことなく私は他人を切り捨てるだろう。それだけ大事な存在なのだ。そして恐らく朔耶にとっても、凛はそれだけ大事な存在なのだ。だから朔耶を責めることは私には出来ない。

彼は気にしているのだろうか。気を失う直前に見た彼の姿を思い出す。少なくとも彼は私を切り捨てることに罪悪感を感じていたらしい。

選ぶことと、それについて何も感じないということは、また別の問題だから。

でも私を切り捨てることで、彼が不利益を被る可能性はあったはずだ。私の城での扱いがどうであれ、妖浄士を目指している彼が妖と手を組むことのリスクを冒してまで彼は妹を守りたかったのか。


「朔耶君は……いいお兄さんだね」


ぽつりとそう呟くと、凛ははい、と一言明るい声で言った。その関係が羨ましいと思えた。そして、同時にチクリ、と胸が痛むのも感じる。朔耶が羨ましい。妹のために、と素直に行動できる彼が。


「ところで、ここがどこなのかわかる?」


痛みを振り払うかのようにそう尋ねると、彼女は申し訳なさそうに否定の言葉を口にする。

しかし彼女は、でも、と続けた。


「あの化け猫の住処なのは間違いないと思います。最近目撃情報が多かったから、城下の近くでもあるかなと。その程度しかわからなくてすみませんが……」

「ううん、十分だよ、有難う。だとすれば、もしかしたら常和達が動いてくれるかも知れないな」

「夕澄様は、常和様とお知り合いなんですか!?」


先程朔耶について尋ねた時よりも、凛は大きく驚いた声をした。その反応に私も驚く。


「うん……ちょっとね」

「本当ですか!? それならもしかして煉華様ともお知り合いだったりします?」


うん、と答えると、凛は凄く興奮した様子でキャーキャーと騒いだ。そのあまりの興奮ぶりに私は呆気にとられる。何も言葉に出来ずにいる私に、彼女はいかに二人が凄いのかを熱弁してくれた。妖浄士というものが少数精鋭だということは聞いていたから知っていたが、凛は、その妖浄士の中でも、優秀な人と、そうじゃない人の差はあると言う。煉華と常和は歴代の妖浄士の中でも若くて優秀で、将来を期待されていると、城下の人達にも有名らしい。正直なところ、この世界について疎い私はいかに二人が凄いのかを語られてもしっくりこなかった。むしろ、あの二人がそんなに凄い人物だったのか、と驚いてしまう。

そんなに凄い人間とあんなに親しく話していたことが信じられない。


「でも、歴代最年少の記録をもっているのはお二人じゃないんですけどね。ところで、常和様や煉華様と交流があって、尚且つ助けにいらっしゃるなんて、夕澄様はとても高貴なお方なのですか?」

「え? 私はただ、行き場がないからお城においてもらってるだけの居候ってところだから凄いって訳では……。壮大な迷子みたいなものらしいし」

「そうなのですか? ……あ、もしかして、夕澄様は、最近城下で話題になっているマヨイビトなのですか? 普通だったら、お城に居候なんて考えられないですし」


城下で話題になっている、という事実に苦笑いすると、肯定だと受け取ったのか、彼女はとても喜んだ。自分がそんなに有名になってしまっているというのも、喜ばれるのも何だか恥ずかしい。自分で思っていたよりも大事だったのかも知れないと、今更実感させられてる気分だ。

凛は、暫くはしゃいでいたが、突然黙り込む。どうしたのかと思い尋ねると、彼女はそれまでとは一変して暗く落ち込んだ声で言った。


「先程夕澄様は、兄をご存知だとおっしゃっていましたね。もしかして夕澄様は私のせいで、ここにいらっしゃるのでは? いえ、問うまでもありませんね。兄は私のことを本当に大事にしてくれています。それこそ過保護なまでに」


彼女はこちらにも聞こえる声で、大きくため息をつくと、申し訳なさそうな声で続ける。


「私達は幼い頃に妖に両親を殺されてから、ずっと二人で生きてきました。遠くの村の出なんです、私達。

大人達は自分の身を守ることに精一杯だったから、子どもだった私達は邪魔者扱いされ、それでも兄妹二人、歯を食いしばって生きていました。

当時まだ私は幼かったから何の役にも立たず、兄は色々と大変だったと思います」


凛の瞳に涙が浮かび、彼女は慌てて拭った。

想像していた以上に朔耶の生い立ちが重かったことを私は今更知る。

ずっと城下の孤児施設にいたものだと思っていた。彼はとても明るく笑っていたから、そんな苦労は感じさせなかった。

凛がいうには、孤児施設に入ったのは二人が大分大きくなってからのことらしい。たまたま村に妖浄士が来て、二人を首都まで連れて行ってくれたそうだ。妖に怯えながら生活する毎日と違って、本当に安心できる生活だったと彼女は云う。

それでも、それまでずっと支えあって生きてきた彼等は、それからもずっと同じように生きてきた。妹である凛は、よく兄に守られていたという。

朔耶は孤児施設を出る年齢になると、助けてくれた人と同じようになりたいといって妖浄士に志願し城で生活をするようになったが、暇を見つけては凛の様子を確かめるために城下に降りてきてもくれていたという。


「化け猫が私をさらったのも、兄を利用して夕澄様を連れてくるためなのでしょう? でなければ、私は恐らくここに連れてこられる前に殺されていたでしょう。全て私のせい…………。夕澄様、謝って済むことではありませんが、本当に申し訳ありません」

「貴方のせいじゃないよ。そして、朔耶君のせいでもない。大切な人を助けたいと思うのは当たり前のことだし、私は貴方が無事でよかったと思うし、朔耶君が貴方を見捨てる人じゃなくてよかったと思ってる」

「夕澄様……」

「助けられなかった時の絶望っていうのは、後悔なんて言葉じゃ言い表せない位辛いものだよ。私は朔耶君にそんな思いはして欲しくない。でも、私がいくら彼も貴方も責めないっていったって、周りがそう見るとは限らないね。だから私達は、無事に帰らなきゃ」


凛は泣きそうな声ではい、と返す。


「夕澄様は……とても強い方なのですね」

「強くなんかないよ。……ただね、私は後悔をしたことがあるだけ」

「後悔、ですか?」

「そう。取り返しのつかないことをした、それだけのことだよ」


それ以上を凛は尋ねてはこなかった。そのことに少しほっとする。あのことを思い出すと、あの時の自分を殺したい程憎く思える。それは私への罰の一つなのだから別に問題ないことでも、あまり公言したくない話なのは間違いないから。救いなのは、より後悔する事態にまでならなかったこと。そうでなければ、私はここに立っていられなかっただろうから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=972115331&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ