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蒼龍姫  作者: 浅野 燈奈
第一章―暗闇に輝く瞳―
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第一章 ―10- 

翌日、羽織を返そうと思っていた私は、常和は今日は忙しくて来られない、という話を朝身支度を手伝いにきた理紗から聞いて落ち込んだ。

忙しいというのが事務仕事なら部屋に行けば返せるかもしれない、と思って聞いてみると、

どうやらまた妖が城下に来たらしく、その対応に追われて今は城下なのだそうだ。煉華も今日は同じ仕事で来れないので、外に出るために別の護衛をつける、と言われたが、二人がいないのならばわざわざ外に出る用事もないので、部屋にいるからいい、と断る。

いつもは聞かないのに、今日に限って常和のことを尋ねたものだから、理紗は理由が気になったらしい。用事などがあるのか聞かれたので、羽織のことを話すと、途端目を吊り上げて、あまり夜中に一人で部屋の外に出ないように、と言われてしまった。

羽織は理紗が預かって常和に返すことを提案されたが、私が借りたものだ。私がお礼と返しそびれた謝罪を言って返すのがいいだろうと、それも断る。


それにしても、この間三人で城下に降りた時も妖が現れたが、そんなに妖というのは頻繁に現れるものなのだろうか。そうだとすると、あの時の騒ぎも頻繁に怒っていることになる。それは、少し怖い話だ。城下の人々は、あれだけ怖がっていたものに怯えながら暮らしている、ということになる。

煉華はこの城には結界が張ってあるから安全だ、と言っていたが、城下にはそういうものは張れないのだろうか。そもそも結界というもの事態が未知のものだからよくわからない。

色々考えていると、襖の向こうから声が聞こえた。誰のものかは、本人が名乗ってくれたからすぐにわかった。


「夕澄様、朔耶です。今、大丈夫ですか」

「うん、大丈夫だよ」


まだ話す内容は纏まっていない。それでも、触り位なら話せることもあるだろうと、私は腹を括ることにした。

襖を開けた朔耶は、手に大きなお盆を持っていた。二人分のお茶とお菓子が置かれたそれに私が驚くと、朔耶はにっこりと笑う。



「今日はお茶を持参してきました。それから、今日は羊羹にしましたよ。これも評判なんです」


襖を開けるために片手でお盆を持っていたから、慌ててそれを受け取ると、すみません、と苦笑する。

お茶菓子等の気を遣わなくてもよかったのに、と言うと、嫌なお話を聞かせていただくのですからと、さも当然のことのように朔耶は言う。


「でも、只の雑談だとしても持ってきましたけどね。清宝の甘味は美味しいと評判なんです。夕澄様にも気に入ってもらえたらと思いまして」


最も、殆ど清宝でしか甘味は製造されていないんですが、と朔耶は苦笑する。なんでも、原材料を確保することが他国では難しいものも多いのだという。清宝は他の国よりも雪が多く降り積もるため冬は厳しいが、それ以外は気候や土地の面でも作物が育ちやすいという話だ。土地に関しては、只単に場所や土の質という話ではなく妖のことも関係していると朔耶はいうが、私はそれに相槌を打つだけだった。

妖というものはなかなかに厄介な存在らしい。確かにそういう状況だと、甘味などよりは他のもの――生きていくために必要な野菜や穀類等のほうに土地を使う方がいいのだろう。


「まぁ取り敢えず、甘味は結構貴重なんですよ。でも清宝は色々な点で結構恵まれているので俺みたいな下っ端でも気軽に買えるんです。なのであんまり気にしないで下さい」


笑顔で念を押されるとそれ以上何もいうことはできない。好意を断りすぎることは逆に失礼だろう。だからお礼を言ってその場は引いた。


朔耶は『親』という存在について知りたいと言っていたが、実際そういわれてみると私でも答えに迷ってしまう。『親』もまた人間なのだから、一つの定義に収まるはずもない。だから、私の両親の話もまた『親』の一例にしかすぎない。

だから、私の両親の話をして朔耶が『親』とはそういうものなのだという先入観を持ってしまうのは少し怖かった。聞いた後どう朔耶がどう思うのかはわからないが、少なくても聞いて気分のいい話とは言い難い。

そんな不安を朔耶に打ち明けると、朔耶は大丈夫だと返した。

彼は、いい親の存在についてもちゃんと知っていて、その上で、私の話を聞きたいと思ったらしい。


「あ、でも、本当に嫌だったらいってくださいね」


そう不安そうに言うものだから、今更そんなこと言わないよ、と苦笑する。

とはいえ、何から話せばいいのかまだわからない。話せないこともまた多い。なので取り敢えず、良く聞くような、典型的な話から始めようかと、私は口を開いた。


「私の親は共働きでね。私は殆ど家に一人だったんだ。弟は、別の家で生活していたし。でも、これは比較的良くある話だし、別に不幸なことじゃないんだよ。むしろ金銭的には結構潤ってたから、周りからみれば恵まれた方なんだと思う。でも、私があの人達を嫌いなのは、それが理由じゃないんだ」


二人とも仕事人間だった。家に殆ど帰って来ることはなかったし、帰って来れば、疲れた、眠い、そういう会話しかしない。他の子達がするような、親と公園にいったりだとかは私にとって無縁の話で、旅行なんてもっての外だった。まともな会話すらしたかどうか疑わしい。多分私がこうして話せるようになったのは、お手伝いさんのおかげだ。言葉だけではなく、行儀なども教えてくれた。

そう、小さい頃はよく家にお手伝いさんがきていた。しかし物心がついてから暫くすると身の回りのことも全て自分でするようになった。全てお手伝いさんに教えてもらいながらだったが。そうするようになってから、後から考えるとどうみても同じくらいの年齢の子供が手にすることはないような金額のお札が机の上に置かれるようになり、お手伝いさんは来なくなった。台所は火事がおこるかもしれないからと一人で近づくことを禁止され、毎日コンビニ(朔耶には、一日中なんでも買えるお店と言った)か、外食に出る日々だった。周りからみると相当異様に見えていたかもしれないと思うが、特に何も言われたことはない。

それでも、別に辛いと思ったことはない。ある程度の年齢になると自分の家が特殊だと思うようにもなったが、子どもの頃から当たり前のことだったからだ。


「俺にはよくわかりませんね……ちょっと、想像できないというか。お金を置いていけるっていうのも凄い話ですね。余程治安がいいんですか」

「まぁ、食事出来てただけでも幸せなのかもね。外食とかも結構お金がかかるし、実際羨ましいっていわれたこともあったよ。私の国は治安が良いので有名なんだよ。だからそういうこともできたんだろうね」


とはいえ、それが幸せと感じられたか、といえば首を振るしかない。

ともかく、子どもに関心のないことがよくわかるほど態度が顕著だった。

お母さんやお父さんに愛情を掛けてもらえる子が羨ましくてしょうがなくて、よくわざと悪いことをしてみたりもしたが、鬱陶しそうな視線を向けられるだけで叱られることもなかった。

よく曲がらなかったものだと自分でも思う。

学校には楽しく通えていたことと、理解してくれる友達もいたのが幸いしたのかもしれない。


「だけどまぁ、そこまではね、よかったんだよ別に。私も年齢が上がるにつれて、自分の感情を上手く扱う方法も覚えたからさ。そのころは別に恨んでも憎んでもいなかった」

「……なんだか、良くは分からないけど凄い話ですね。周りの話では、親ってもっと子供に関わるものだと思っていたんですけど」

「普通はそうなんじゃないかな、多分」

「でも、夕澄様はそのことは恨んではいないんでしょう?」


そう。別にそのことは恨んではいない。――それを遥かに上回るようなことがあったから、私はあの人たちを恨んでいる。


続きを話そうとした時に遠くから鐘の音が聞こえた。


「あ、すみません。訓練に行かないと……」

「じゃあ、続きはまた次の機会にね。――聞きたくなかったら、終わりでもいいけど」


その言葉で私は保険を掛けた。

この時点でもしかすると嫌がられている可能性がある。それなら、この先を話すことは得策ではないはずだ。だから私は朔耶の様子を探った。


「いえ、また来ます。今日はもう無理なので、また次の機会に」


本格的に気になってきたので。朔耶はそういって、空の皿と湯呑が置かれたお盆を持って、お礼と、失礼しますという言葉を残して退室していった。

彼を見送って、私は布団に横になる。慣れないことをすると疲れるものだ。


「……うーん、ちょっと話しすぎた、かな」


先に予定を決めておかないと、いらないことまで話してしまいそうだ。まだほんの触りとはいえ、今日の話の時点で大抵の人間は引く。この世界の価値観の違いがわからない私には、今日のことが朔耶にどういう印象を与えるのかも見当がつかない。

――少なくても、嫌悪の目線を向けられることはなかったけれど。

寝返りを打って溜息をつく。心に重しが乗っけられたような気分だ。ああ、前途多難だ、と人知れず溜息をついた。


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