名も無き世界
「おお、ついに召喚が成功した! それにこの魔力! 間違いなく、この者が勇者だ!」
所変わって、周りには黒いローブで身を包んだ人間の団体が居て、私が座っている下には巨大な魔法陣があった。そして、今の台詞を言ったのは、その団体を束ねる人間なのか立派な服を着ていた。
王とかそんなのかも知れない。
私の格好は、さっきの空間に居た時から制服のままだからなんか浮いてる感じがする。とりあえず何か聞かれたりする前に記憶を操作しよう。
そう思ったけど、よく考えたら力の使い方を聞いていなかった。神に聞くため念じてみると、すぐに反応があった。
『随分早かったね? それで、どうしたのかな? あ、言葉に出さなくていい。念じるだけで伝わるから』
『力の使い方を聞いてなかったから……どうすればいいの?』
『ああ、そう言えばそうだった……ごめん。力も、今みたいに念じれば使えるよ。他には、何かある?』
『ううん、今は無い。ありがとう、それじゃ』
『うん。頑張って』
そこで会話を終えて、言われた通り頭の中で〝記憶操作の力〟を念じた。その力でこの場に居る全員の、召喚に成功したと言う記憶を、魔法陣を封印しに来たら突然魔法陣が発動してしまった、というものに変えた。
こうすればこれから先、もし召喚をしようとしても使えないから大丈夫な筈。私のことはとりあえず、この世界の情報を集める為にもこのままにしておこうと思っていじらなかった。
さて、上手く力が発動したのか――
「お主、大丈夫か! この魔法陣を封印しに来たのだが、独りでに発動してしまったのだ……体に異常は無いか?」
ちゃんと発動したらしい。
「ええ、大丈夫ですけど、ここは?」
「私が納める国の城。その地下だ」
あ、やっぱり王様だった。それなら、この世界のことも少しは聞けるかも。
それから私は、ここの入り口で待っていてくれと言われて階段に座っている。
目の前で、王を含んだその場にいる全員が魔法陣を封印するための儀式の様な物を行っている最中で、何か念仏のような響きの呪文を唱えている。やがて陣が輝き出し、パリパリと音を立てながら少しづつ見えなくなって、最後に小さくパリリ……となって、完全に見えなくなった。
封印は成功したらしい。
そして、王は皆に休む様に言って私の方に来た。結構優しい王様みたいだ。
一番最初の台詞からは想像出来なかったから、なんか意外。
「待たせた。少し話を聞きたい。謁見の間に来て貰えるか?」
「ええ。とりあえず自己紹介しておきます。私は、アカネ・ユキト」
「私は、レイグ・フィレンティア・グラース。ここ、フィレンティア王国の王を務めている」
お互いに簡単な自己紹介をして、その後護衛の騎士が二人、王の側に付き謁見の間に案内された。
イメージとしては、奥に玉座があってそこに王が座り他の人は立って話をする物だと思っていたけど、ここは長い机が中央に用意されていて、王が一番奥の席に座る。私は、その席の右斜め前の席に座るように言われた。
もっと離れたいんだけどな……。
それから、私が元いた世界のことを簡単に話して、次にこの世界のことを簡単にでも教えて貰おうと思い、まずはこの世界の名前を聞いた。
「この世界に名は存在しない」
これまた意外だった。
私たちの星にも、地球と言う名前があり、他にも火星や土星、木星と人が住んでいない所でさえ名前があるのに。
なぜ名前が無いのか聞いてみると、大昔に神々の争いによって世界が滅びかけ、世界を再生させた時にこの先このような戦いを二度としないと決め、平和から白、白から無という連想によって名をつけ無かったそう。
それ以前の名前は、どの文献にも載っていないから、誰も知らないらしい。
でも、それ以外にはちゃんと名前が有る。
今私が居るここも、さっき王が言っていたフィレンティア王国であり、他にも、北にグレイゼン王国。南にサイガール王国。東にレンドキア王国があるそうだ。
ここ、フィレンティア王国では、主に人間が生活していて、少数だけど獣人も住んでいるみたい。
他の国には、それぞれグレイゼンにエルフと妖精族。
サイガールに獣人族。
レンドキアには魔族が住んでいて、そこに私が倒さなければならなかった筈の魔王がいる。
どこに行こう?
「お主はこれからどうするのだ? この世界に来てしまったのはこちらに責任がある故、できる限りのことならば、お主の要望を叶えられるのだが……」
「……少し、考えさせて下さい」
「勿論だ。ゆっくり考えると良い。おい、この者に茶を」
王がそう言うと、近くに立っていたメイドさんが礼をしてどこかに向かった。
私は考える振りをしながら、今聞いたことが本当なのかを神に聞くことにした。
『本当だ。まあ、この国の暗部については何も言わなかったけど、それは仕方ないことだ。どの道、これから知っていくだろうけど』
『暗部ねぇ……別に関係無いから、どうでも良いけど。ありがと、それじゃ』
会話を終えると、王に考えが纏まったかどうか聞かれた。
なにはともあれ、まずはこの世界の服を用意して貰うことにした。制服でも大丈夫な気はするけど、これだと目立つ。
その後メイドがお茶を持ってきて、私の前に出してくれた。王はまた、そのメイドに服の準備を命じていた。
お茶を飲み干し、王に連れられ案内された別室では、メイドが凄い数の服を準備して待っていて、この中から必要な分だけ選んで持っていって良いらしい。
見た目はあまり日本のものと変わらないけど、何となく違うことは分かった。
その中から黒の半袖と白いスカートを選択。
これの上に鎧やらを着れば何とかなるでしょ。それを買うお金は無いけどね……。
「この世界って、お金はどうなってるんですか? あっちと同じじゃないでしょうから、私、一文無しなんですけど」
「それならば、詫びとしてこちらから銀を百枚と、金を十枚渡そう。後でまた、謁見の間に来てくれ」
王はそう言って、部屋から出て行った。
いや、そういうことじゃなくて、一枚当たりが日本円でどれくらいなのかを聞きたかったのに。
まあ、いいや。
制服を脱いで黒の半袖と白のスカートを着る。これだけだとやっぱり地味だ。
王の元に向かい銀と金が入った袋を貰って、今後どこに向かうのかを聞かれた。
とりあえず、世界を回ることにしましたと答えると、地図を渡された。
それから外に出て、魔力を隠蔽。城下町に行き、武器屋で鎧と剣、大きめの提げ鞄を買った。それぞれ銀五枚と銀三枚に、銀一枚。計銀九枚だったけど、お釣りが無かったからどれくらいなのか分からなかった。
武器屋の主人に細かな調整を頼んで、その場で鎧を装備。剣を腰に差して、お金を稼ぐにはどうすれば良いかを聞くと、どうしてそんなことを知らないんだみたいな顔をされたけど、気にせず聞いた。
この世界には、国それぞれにギルドと呼ばれる組織が存在する。そこで冒険者登録すれば依頼を受けることができて、その報酬として通貨を受け取ることができる、といったものらしい。
店を出て、教えて貰った場所に向かうと少し大きな建物があった。看板には、フィレンティアギルド本部と書かれている。
中には結構な人がいて、その中の何人かが私の方を見てきた。無視して受付に行き、登録をしに来た旨を話すとギルドについての説明をされ、渡された紙に名前を書いて渡すと、ギルドカードという物を渡された。
そこに書かれているのは私の名前と、Eという文字。これは、その者のギルドランクを表しているもので、上げるには上のランクの仕事を三つほどクリアしないといけないらしい。最高ランクはSまでで、最低が今の私。
つまり、E。
Sは、歴代と今を合わせても五人しかいないそうだ。
歴代を除けば一人らしいから、Sの壁はそれだけ高いってことなんだろうけど、どうでも良い。
このギルドは食堂も備えられていたから、サンドイッチを食べて代金を銀で払うと、おつりとして銅が大量に返ってきたから、銀は結構高価みたいだ。それを何とか袋にしまって外に行こうと席を立つと、男二人に声を掛けられた。
「姉ちゃん、結構金持ってんだな? ちょいと譲ってくれねぇ?」
「今俺たち金欠でさ~……いいだろ?」
「寄るな、カス共」
それだけ言って外へ行こうとしたら、今度は腕を掴まれた。さっさとこの場から離れたい私は、隠蔽していた魔力を少し解放した。すると今度はさっきと違い、このギルドにいる全員が私を見た。どうやらこの程度でもかなりの魔力量らしい。
腕を掴んでいた男は怯み、一緒に居た男も何も言わずに震えていた。腕を振り払い今度こそ外に出る。
同時に魔力を隠蔽。適当な店で保存食なんかを買って、街の外に出た。
少し歩いて周りに誰もいないことを確認し、試しに小さな火を出してみると、予想より大きな手の平サイズの火が出てきた。
「むぅ……抑えるのが、案外むずかしい」
気を付けないと大惨事になるかも。
その火を維持したまま鞄を漁り、貰った地図を取り出し火に翳すと、ボッと音を立てて一瞬で塵になった。
その時吹いた風が私の髪を靡かせ、塵となった地図は空高く舞った。
深く考えたってどうにもならない。
それなら、神の言っていた通り、
「ま」
気楽に行こう。