アカネとラムネ~初めての殺意~
「あ、見てみて、テイル。Bランクに上がれる」
アルカンの主人として認められてから、早一ヶ月。仕事を続けて居る内にいつの間にかBランクになれるまでになっていた。
テイルは、アルカンの空間に無事入ることが出来た。私が心を開いていれば誰でも入ることが出来るみたい。ついでにアルカンの人の姿を見たくて、魔力を注ぎながら寝たけど、驚くほどに美人だった。
腰まで伸びた蒼い髪と私と同じ黒の瞳。
背は私よりも二~三㎝高い位で、服はワンピース。バランスの良い体をしてた。スレンダーだねって言ったら怒られた。
気にしてるんだね。分かるよ、私もだから。
神殿のことについても聞いたけど、アルカンは何も分からないらしい。
バルハイトさん……長いから、バルさんでいっか。と別れてからは、自身も良く分かっていないようで、気付いたらあの部屋に居たみたいだ。
意思疎通が出来るなら、その辺の説明をしていても可笑しく無いと思うけど……分からないことは仕方無い、アルカンの力について整理しよう。
最初青かったのに私が触れた瞬間七色になったのは、魔力を一つに限定していなかったからとのこと。
私が火の魔力を使いながら触れれば赤に、水なら青に、風なら翠と言った具合に、使う魔力によって変わる。会った時に青かったのは、気分だったらしい。
色が変わると、攻撃の方法もそれに合わせて変わる。
赤なら炎を纏い敵を焼き、青なら水を発生させ敵を飲み込み、翠なら風を放ち敵を断つ。
上手く使いこなすことが出来れば、複数の魔力を纏った攻撃を放つことが出来る。今の私だと、精々三つ同時が限界だけど、大いに助かってる。
テイルも居てくれるから、それに赤で合わせると合体技にも出来る。見つけたのは偶然だけど、今はそれも含めて練習中。
その過程で、いつの間にかBランクに上がれるようになった。
「これで、報酬が格段に上がるね? 順調に貯めていけば、来年くらいには家が買えるかも知れないよ?」
「ほんと? うれしい」
「ね~。そうする為にも、これからも頑張ろ~」
「がんばる~」
あぁ、可愛い。
テイルは、この一ヶ月も、あまり大きくなってない。ほんの数ミリ程度だ。
どうしてだろう? テイルは、会った時には五十~六十㎝位だったけど、それから三ヶ月くらいで大分成長した。抱っこが出来なくなって落ち込んだのは、今でも鮮明に覚えている。あの時は本当に残念だった。
少しずれたけど、今では殆ど大きくならない。依然、三m位のまま。
テイルはこのままで良いのかな? この先大きな敵と戦うことになった時、やられちゃうんじゃ……ううん、そうならない為に私がテイルを守る。その為にも、もっと強くならないと。
アルカンにも恥じないように。
ちなみに今居る場所は、ラムネちゃんの部屋です。
今は帰ってくるのを待っている状態。
お呼ばれした訳だけど、何をして待っていれば良いのか分からなくて、何となくギルドカートを鞄から取り出して見て、さっきの話になる。
――約一時間前。
起きてから取りあえず外に出て、
「さて、どこか行こうか?」
今日の予定を決めようと思って、聞いたけど、
「どこに?」
「…………どこか?」
どこも浮かばない。
「あかね」
テイルに呆れられた。
「ん?」
落ち込んでると、スカートを弱々しく引っ張られた。
「こ、こんにちわ」
視線を下げたそこには、頬を朱く染めたラムネちゃんがいた。恥ずかしがり屋なのは生まれつきかも知れない。
「こんにちは。久しぶりだね、どうしたの?」
「え、えと……アカネに、会いたく、て……それ、で」
「わざわざ探してくれたの?」
たっぷり間を空けて、
「うん」
小さく頷いた。
「そうなんだ。ありがとう。ほら、おいで?」
両手を広げて言うと、相変わらず頬を朱く染めたまま遠慮がちに、ぽすと腕の中に収まった。その体を抱き上げて目を合わせると、少しの間見てくれたけど、
「っ!!」
ぼんと音を立てて、顔を伏せてしまった。
……可愛いっ! 何かテイルみたい。テイルはもう抱っこ出来ない大きさになっちゃったから、本当にこの感覚が懐かしい。
「あかね」
「ん、何? テイル?」
「わたしも」
少し不機嫌そうに言ってくるテイルも可愛い。
「うん。ほら、ギュ~」
ラムネちゃんを片腕に抱いて、片腕をテイルの首に回す。
「あかね、くるしいよ」
そう言ってはいるけど、声は嬉しそうだった。暫くその場で抱き合って居ると、不意にラムネちゃんが口を開いた。
「あ、アカネ、これから、家に」
「ん?」
「い、家に、その……来て、くれる?」
「行く。超行く。速攻行く」
「あかね……」
いや、ラムネちゃんが可愛くてつい。
「あ、ありがとう……!」
あぁ、可愛い。
と言う訳で城に来て、部屋に通されてから約三十分。
「ラムネちゃん、どうしたのかな?」
「わからない」
ずっと待ってるけど来ないんだよね。心配になってきた。
「探しに行こうかな……魔力を探せば見つけられるかも」
立ち上がると同時にノック音が聞こえて、見ていると、ラムネちゃんが入ってきた。自分の部屋なのに……もしかして間違えた?
「どうしたの? ノックなんかして?」
「……緊張、しちゃって」
「ふふ。ここはラムネちゃんの部屋だよ? 緊張なんてする必要無いでしょ?」
「あ、かねが、いる、から」
言いながら私達の元まで来たラムネちゃんは、再び座った私の膝の上にちょこんと座って、背中を預けてきた。頭を撫でると、擦り寄せて来る。
それから、どうして私を探していたのかを聞いた。家に呼びたいだけなら、三十分留守にする理由もない。
前にも言ったけど、ラムネちゃんはこの国の魔王を務めている。
まだまだ子供なのに、魔王が務まると言うことは、それだけの力を持っているから。
それでも、子供だから狙われることも多い。ラムネちゃんはこれまでの短い人生の中で、そんな汚い者達を見てきた。
だから、基本、始めて会う人には警戒心を抱くみたいだけど、私は何もしなかった。最初はそのことに警戒したらしい。
油断させて命を狙っているんじゃないのかって。でも私は、魔王の存在は知っていたけど、それがラムネちゃんだなんて知らなかった。
知っていたとしても、こんなに可愛い娘を狙う訳がない。
順序は逆だけど、何故、ラムネちゃんが魔王を務めているのかと言うと、先代の魔王が急な病に侵され命を落としてしまったから。
腕の良い治癒魔術師に看てもらったけど、結局手の打ちようが見つからないまま。……力があるのも事実だけど、幼いラムネちゃんが王位に就くと言うことは、そうせざるを得ない状況に置かれたからだった。
私は、ラムネちゃんを抱き締めた。
「っ……あ、アカネ?」
「私には、これくらいしか出来ないの」
この小さな体に、一体どれだけの鎖が巻き付いているのか。
ただの人間でしかない私には、想像なんて出来る訳もないし、こんなことが、何かの助けになる訳でもない。
それでも、抱き締めずにはいられなかった。
「あかね」
「ありがと、アカネ。嬉しい。だから、もう少し、このまま」
「うん」
テイルが見守ってくれている中、小さな魔王の温もりは、鎧越しでも確かに感じた。
「あ、あの、また、来て、くれる?」
「もちろん。ラムネちゃんも何かあったら、いつでも来てね? 当分は、あの宿にいるから」
「……うん!」
「それじゃ、またね? ラムネちゃん」
「またね」
ラムネちゃんに玄関まで見送って貰い、宿に戻る。
「ねぇ、テイル。ラムネちゃんを狙う奴らが居たら、そいつら――――殺すから」
「……うん」
黒い感情が、胸の中に渦を巻く。
生まれて初めて抱いた殺意は――どこまでも静かだった。