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第十三話 過剰討伐

討伐から戻るなり、騎士団の詰所はやけに賑やかだった。

今日は騎士団の他にも、私たちと同じ立場であるフリーの討伐隊が帯同していたからだ。同じクエストを何個かこなした面々もいて、彼らは同じ立場な分、気安い。

言い換えれば、討伐隊の中では最年少となる私たちに畏る態度を取るのは騎士団のみだ。もちろん、だからといってあまりに舐められていると感じれば、エルネスティが牙を剥くのだが。

フリーの討伐隊というのは、まさに体育会系というか、単純明快である。年功序列と力の順列の中にあるのだ。


「おいライゼン、今日は一言も喋らねえのか?」

「本当に声出ねえんだな。いやー、慣れると静かで助かるわ」


軽口を叩く声に、エルネスティは不機嫌そうに眉を寄せる。

喉を指で叩いてから、わざとらしく肩をすくめる仕草だけで返すのが、いかにも彼らしい。


ジョブは拳士と銃士だ。

私たちとジョブが被らない分、一緒になることもとくに多い。私たちより歳は十以上上だと思うが、同じアタッカーであるエルネスティよりも、むしろ盾役の私相手に対しての方が畏まった態度を取ってくれる人たちだ。

普段はエルネスティに絡む人々はそっと隠れるように黙っているのだけど、話題が話題なだけ気まずい。エルネスティが声を出せない、つまりそれは私が制限魔法をかけ、解いていないという証拠だから。

しかも経緯が経緯だけに私からも説明がしづらい……。

自身の面白みもない髪の先をいじりながら、そっと声を出す。


「……ほどほどにしてあげて」


そう言うと、彼らは一瞬気まずそうな顔をしてから、揃って頭を掻いた。

彼らはずいぶん大きな体をわざわざ少し折り曲げながら、私に目を合わせる。


「悪い悪い。いやでもさ、防御の魔女殿が管理してると思うと、ちょっと安心感あるっていうか」

「声出ない間、余計な挑発もしないしな!」


散々な言われように、エルネスティは明らかに不満そうだ。

私の背後にぴたりと立ち、無言で腕を組む圧が強い。指文字の魔法で敬意を全部書いて、ことの顛末を説明し始めそうなくらいには。

それは困る。恥ずかし過ぎる。

エルネスティに下手なことをされないよう、目を逸らしながらも口を動かす。


「……本人は不本意だから、あまり弄らないであげて」

「お、おう。了解」

「……防御の魔女殿がそこまで口出すのも珍しい、な?」


なんとも微妙な空気になりながらも、そうして場が解散しかけた、その時だった。


「ダール様、次の任務ですが――」


差し出された任務書を受け取って、思わず視線を落とす。

私のみの単独討伐。しかも、連続。


最近、これが増えている。


エルネスティが任務書を覗き込もうとして、内容を察したらしく、ぴたりと動きを止めた。

そのまま私を見る視線が、明確に冷える。


「……大丈夫よ」


何か考えるより先にそう言ってしまったのは、癖みたいなものだった。

苦笑して、肩をすくめる。


「軽い任務ばかりだし」

 

エルネスティは納得していない顔で、私の腕を掴む。ぎゅっと、強い。痛い。


怒っている。

誰に、というより――状況に。


「私、防御役だもの。これくらい普通」


小さくそう付け足すと、彼の指が一瞬だけ強くなる。

それから、はあ、と分かりやすく溜息をついた。

……分かりやすい。言葉なんか、なくっても。


防御役だけを求められる討伐命令は今までもあった。ほとんどが現地調査のためと、国内外の危ないところへの結界を張るため。

今回は現地調査と――さっきの生け捕りの討伐命令からも伺えるよう、おそらく王家の目が向いている。スタンピードを恐れて。

だから火力が強すぎて殲滅させかねないエルネスティは置いていかれる。あとは――私一人の方が、何か確かめやすいものがある、とかか。


エルネスティがぎろりと考え込む私を睨んだ。

声が出ない分、感情が全部顔に出ている。ちょっと可笑しくて、思わず笑ってしまった。


「そんな顔しないで。ちゃんと帰ってくるから」


ぽん、と彼の胸を軽く叩く。

するとエルネスティは、不満そうに私の額を指で弾いた。……地味に痛い。



▽▲


エルネスティ抜きでの討伐命令は一週間も駆り出された。

そろそろ帰らないといよいよエルネスティが機嫌が悪くなる。ああでも、きっとデリックも噛んでいるなら、エルネスティにはエルネスティで違う討伐命令をそろそろ当てていそうだな。


「ダール様! 本日もありがとうございました! おかげで負傷者ゼロです」

「……そう、お疲れ様」


帰還に向け帰りの用意をする中で、何人かが笑顔で私に声を掛ける。それに言葉少なに返しながらも、そっと人の塊から離れ、先ほどまで戦闘が行われた場を見返した。


今日の任務は、確かに軽いものだった。

魔獣の数も少なく、防御壁も問題なく展開できた。ある程度広範囲に張った防御壁は、固さ自体は弱くなるがそれでも問題ないほどの武力さがあった。


ただ――


(……増えてる)


討伐の合間、森の奥で感じる違和感。

魔力の流れが、どこか歪んでいる。先日のオークの時よりも、毒素が出ている個体の数が多い。


まだ確信はない。

けれど、世界のどこかで何かが溜まっている感覚だけが、拭えなかった。


……魔獣の動きが、逃げ場を探しているみたいに見える。毒素を吐く個体が増えているのは、偶然じゃない気もするけど……――いや、考えすぎだ。

推測を信じ込んで自らの視野を狭めてはいけない。


けほ、と零れた咳が漏れる。妙に喉の奥がひどくいがらっぽくなった。


「……っ」


何度か咳払いしても違和感が堪えきれず、手で口元を覆う。

その瞬間、指先にぬるりとした感触が残った。


――黒に近い、赤。


慌てて拳を握り締め、誰にも見られないように背を向ける。

心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。


(……大丈夫)


自分に言い聞かせる。

毒素が、少し動いただけだ。

しかし気になるのは私以外の人間に、毒素が回った様子がないこと。何故私だけが毒素の影響を受けているのか。


視線を上げると、遠くで騎士団の一向がこちらを見ていた。

ああ今日、エルネスティがいないことが幸いした。いなくて、よかった。

彼だったら私の異変に気づく。そして、何が何でも私から異変の原因について考えられる全てを聞き出そうとするだろう。

それは、よくない。

推測できることはいくつかある。けれどどれも推測の域を出ないものだ。そんなものを口にして、誰かを不安にさせたいわけじゃない。

大丈夫、まだ全然耐えられる。

だって私は防御の魔女だ、耐性は、他の人間よりもよほど高い。


考える時間は、まだある。


私は何でもない顔をして、手を振った。


――まだ、言わない。


この違和感の正体が、はっきりするまでは。

そっと洗浄魔法でその黒を掻き消して、何事もなかったように、私は表情を引き締めたのだ。


「ダール様、申し訳ありません! 討伐の後に言うのは気が引けるのですが、このあとは綻びが発見されている結界修復に」

「ええ、……都合がいいわね」

「……? いま、何か?」


首を振る。

都合がいいなんて言ったのが聞こえたら、それこそエルネスティが怒りそうな台詞だとほんの少しだけ、笑った。


エルネスティに会えない時間が少しでも伸びたことも、そして結界を張るという任務自体もちょうどいい。

討伐も重要な任務だが、結界は術者がいなくとも一度念を込めればそれだけで機能する魔法だ。結界は張れるうちにたくさん張った方がいい。


「……私より、優れた防御魔法を使える魔女はいないからね」


独り言のように漏らせば、今度は隣にいた騎士に聞こえたらしい。少し驚いたよう目を瞬かせ「ダール様がそんなに自信満々に言うなんて珍しいですね」と溢した。

自信満々というか、ただの事実なのだけど。

国内では最低でも、私以上の防御魔法使いを見たことないのだから。

そう言おうかと迷っていると、騎士が慌てたように「ああ!いや、確かに国一番の防御魔法使いはダール様で間違いないんですが!」と付け足した。


……不遜で自信満々なエルネスティに比べ、口数も少なく諌め役の私は謙虚に見えていたのかもしれない。

事実を述べるのと、慢心を溢すのは違う。そう言いかけて、やめた。代わりに違う言葉を口に出す。


「最強の攻撃魔法使いの、相棒だからね」


不遜な誰かさんの真似をすると、少しだけ勇気をもらえた気がして笑みが漏れる。そんな私に、騎士はぽかんとしていたけれど。

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