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第十二話 割れない防御壁



「制圧、完了」


小さく声を出して言う。

今日の討伐命令は、オーガの軍勢の制圧。攻撃力も高い上、武器を使うことからも分かるよう知恵もある。防御壁まで張ることから、いつもよりは多少、帯同してきた王国騎士団も数が多かった。


そして、今回のオーガの軍勢の出現ではっきりしたが、ここ最近の魔獣の発生率は異常である。

発生率もだが、普段は群生地でないところにまで魔獣が発生しているのだ。――スタンピードが起きている。

確か、最後に起きたのはもう半世紀以上前だったはずだ。その当時も王国騎士軍、私たちのような討伐隊、義勇軍といった国総出の制圧となったと文献で見た。


今回の討伐のオーダーでも、「数体を生け捕りにすること」とわざわざ指定があった。おそらくその数体は研究にかけられることになる。スタンピードを起こしている手掛かりの。


ふっと息をついて、オークに近づく。

今回の作戦では、エルネスティが火力で攻めてから、私が一気に捕縛魔法をするものだった。

オークはもう気を失う寸前だと言うのに、私を射殺さんばかりに見ている。周りの兵士に、危ないからと声が掛かるが、オークに捕縛魔法を施した私が一番彼らがもう何もできないことをわかっている。

光の輪で捕縛したオークの目を、覗き込むように見る。……やはり、目が通常より濁っている気がした。


けほ、と思わず咳き込んだ息を隠すよう、体を丸めて腕で口元を覆う。

そうすると、じっとこちらを見ている目があることに気がついた。

振り返ると、視線を送っていた騎士たちが慌てて目を離す。


「……あの?」

「っああ! いや! 不躾にすみません!」

「いやちょっと、……その!」


何故か首をブンブンと振りながら慌てたように後退りをする面々に首を傾げる。

その顔はほんのりと赤い。


「……その、猫みたいだなーなんて、思いまして……」

「オークが大柄な分、少し……子猫みたいというか……」


言いづらそうに咳払いしながら言う面々に、思わず変な顔をしてしまう。植物みたいと言われたことはあるが、猫みたいとは初めて言われた。嬉しいのか、嫌なのかよくわからない。

ただ、その私の微妙そうな顔を見て、更にどこからか「ネコチャン……」と呟かれた。


猫ちゃん……?

思わず自身の耳を触る。当たり前だが、それは人間の耳だ。……猫?

思わず首を傾げると、何人かが呻きながら胸を抑え始めた。

本当に何?


私が少し体を引いたタイミングを見計らったよう、ぐっと首を引かれる。そのままぽすりと背中が――エルネスティの胸元に当たった。

エルネスティを見上げようとするが、その前に舌打ちとともに目を塞がれる。そして、その間に「ひっ!」「出たぞ!」「あまりに触れ合いタイムが短すぎる!」など悲鳴混じった声が聞こえた。


しかしエルネスティの二回目の舌打ちをすれば、みんなの言葉が消えた。

……威圧するのはどうかと思う。そっとエルネスティの手をどけて、見上げれば彼がフンと鼻息を漏らす。


「エルネスティ……」


咎めるように彼の名を呼んでも、彼はあえて無視したままトントンと喉を叩いた。

今度は眉が、心配そうに寄せられる。

言葉はないけれど、彼の顔は案外分かりやすい。何を言いたいかがすぐに分かる。

風邪だよ、と言いかけて、これは前も使った言い訳だからもう通用しないなと開きかけた口を閉じた。

代わりにオークを指で示す。


「……そのオーク、魔力での悪溜まり起こしてる。多分それを吸ったせい」

「………」 


スフィア、と出ない声で咎められる。

目を伏せつつ逃げると、聞いていた騎士団が顔を青くしながら目を瞬かせた。


「オークが、悪溜まりを起こしてる? そんな話、聞いたこともない……」

「お、俺は感じないぞ、お前には分かるか?」

「いや、俺にも……」

「……近寄らないで」


言って、解析の魔法を展開する。

オークは下に現れた光の魔法陣に狼狽えたように暴れ出すが、元から私が施していた捕獲魔法によって動けない。


毒素のレベルは、今は高くない。

毒素の解除や封印は、本来は聖魔法の方が相性がいいが、この程度であれば私の魔法の範囲だ。

杖を翳し、小さな声で詠唱する。

あまりやらない魔法で使い慣れてはいなかったが、頭の中でイメージを強くすれば、できないことはない。


杖を握る指先がチリ……と黒ずんだので掴む力を隠すように強くした。

光の輪がキィンと小さな音を立ててオークを囲む。オークは一度、苦しそうに藻搔いたが、やがて気を失った。


「………………毒素、漏れないように封印魔法したから、大丈夫だと思う。生け捕り分は、殺してない。気絶してるだけ。死んでるのは……そもそも漏れが少ない」

「あ、ありがとうございます……!」


騎士団たちが、先程の雑談などなかったかのよう、慌てた様子でオークを囲んであれこれと慌ただしく処理を始めていく。

それに肩落としながら、ふっと息をついているとエルネスティの目が心配そうに追ってくる。


「魔獣の異常発生と、毒素の発露。……何か、因果があるのかな」


溢すように言うと、エルネスティが話を逸らすなというように目をきつくする。それに苦笑いをこぼしながら、握られた腕をそっと撫でた。


「毒素が少し、溜まっただけ。大丈夫」


目を合わせて言うと、エルネスティはじっと私を数秒見下ろして、それから詰めていた息を吐き出して私の頭を少し強い力でぐりぐりと撫でる。ちょっと痛い。

ごめんごめん、と軽く笑って逃げて、それから運び出されていくオークを見て、エルネスティを見上げた。


「オーク、固かった?」


オークの防御展開を、まず今日はエルネスティがとにかく火力で焼いた。作戦によっては、私の解析魔法で防御魔法を解くこと自体もある。だが、今回はあちらに衝撃と困惑を仕掛けるために、あえて力技を選んでいた。

魔獣の防御展開は人間の魔法とまるで異なる。

人間は詠唱や杖を使い、論理的に組み立てられた魔力展開だが、魔獣はもっと本能的だ。だからこそ、まるで人間の魔法には参考にならなかったり、逆に応用して取り入れられると思わぬ収穫になったりする。

今回のオークに関しては、物理攻撃より魔法にも強い種族だ。そのため、魔法壁は固そうだった。エルネスティの最大火力でも、一度では届かなかったほどに。


エルネスティは首を何度か振ってから、ピ、と私を指差す。

お前のが固い、とニっと笑われて、思わず胸が高鳴る。それを、誤魔化すように目を逸らす。


「エルネスティに、割れない防御壁作るのは、私も至難の技だけどね」


私とエルネスティの鍛錬は実にシンプルだ。

お互いの最大魔力を持って、私が防御し、エルネスティが攻撃する。

王族所有の競技場を貸し切っての鍛錬は、二時間の時間制限の中どちらかが降参するまで続く。勝率は五分五分だけど、お互いそれが一番いい鍛錬になるのだ。

デリックによって、いつのまにか公開演習になっていることもあって、気が付けば結構な数の人々が見学しているようになっていて、緊張することもあるけれど。緊張も練習の一環だと言い聞かせている。

たまに、女相手に全力を出すなんてとエルネスティを悪様に言う人もいるけれど、エルネスティは毅然と「バディで、スフィアの防御の固さは俺が一番知ってるんだから当たり前だろうが」なんて言ってくれるのが、私は何より嬉しいのだ。

私も当然、エルネスティの攻撃魔法を一番信頼して、そして魔法を使う時の彼が一番綺麗だと思っている。


しかし――先程僅かに黒ずんだ、指先を見つめる。今はもう、元の色に戻ってはいた。

エルネスティに気付かれてもいない。あの、毒素が這い回るような感覚。まるで、呑まれるような――。


目を一度閉じた。

エルネスティとの模擬戦の結果は、未だ五分五分。防御壁が割られないと自信を持っては到底言えない。


「割れない防御壁、ね」


硬い強いとは私も言われるけれど。

それでもまだまだ足りない。この前はキリュウの聖魔法の前に簡単に解除されたし、まだまだ穴が多いのだ。

キリュウと出会ってからは、更に自分の防御壁の解析や研究を進めている。

割れない防御壁。

それは防御役として、盾役として務める私が永遠に追い続けなくてはいけないものだ。


「死ぬ前までには完成できるといいな」


杖を強く握りしめてぽつりと言うと、エルネスティがどこか呆れたような目線で「魔法バカめ」と言った気がした。

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