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都会と田舎の価値観

 少年たちはコソコソ話を終えると、意を決したように彼方へと向き直った。


「……おい。なんで『神隠し』なんて調べてるんだ?」


 リーダー格の少年――かっちゃんと呼ばれていた少年が、低い声で尋ねた。 その瞳は、単なる好奇心ではなく、もっと根本的な「理由」を探るような光を帯びている。


「え? だから、さっきも言った通り自由研究のテーマで……」


「ちげーよ! そっちの理由じゃねぇ!」


 彼方の言葉は、鋭い一喝に遮られた。


「???」


「はぁ……」


 少年は苛立ったように、重い溜息をこぼす。


「建前はいいんだよ。俺が聞いてんのは、なんでお前がそんな……『神隠し』なんていう不気味なもんを知りたがってるのか、ってことだ」


 彼方は内心で舌打ちしそうになるのを堪え、頭を抱えるフリをした。 本当は自分も消えたいからだ、などと正直に話せば、それこそ変人扱いされて騒ぎになるだろう。 ならば、いつもの手を使うしかない。


 彼方は顔を上げ、屈託のない完璧な笑みを浮かべた。


「好奇心だよ! なぜ人が消えるのか、どうして見つからないのか。そういう不可解な謎…オカルトを、俺は知りたいんだ」


 澱みなく紡がれる嘘。 爽やかな笑顔とセットで繰り出されるこの常套句は、大抵の大人を納得させ、あるいは「変わった子だ」と呆れさせて黙らせる魔法の言葉だ。


 だが。 目の前にいるのは、理屈で動く大人ではなく、本能で生きる少年たちだった。


「はぁ……そうかよ……」


 少年は拍子抜けしたように肩の力を抜く。 彼方の嘘が通じたか――そう思った瞬間だった。


「でもな」


 少年はニカッと歯を見せて笑うと、とんでもない提案を口にした。


「その神隠しを調べる前に、俺らと遊んでいけよ」


「……えっ? は??」


 彼方の思考が停止した。 予想外の展開に、目が点になる。 驚いたのは彼方だけではない。勝彦の背後にいた少年たちもまた、信じられないものを見る目でリーダーを凝視していた。


「はぁぁぁぁぁぁ!???」 「マ、マジかよかっちゃん!??」


 絶叫がシンクロする。 さっきまで「ヤバい奴だ」と警戒していた相手を、なぜ遊びに誘うのか。 彼方も全く同じ気持ちだった。 見知らぬ、しかも地元のコミュニティが出来上がっている少年たちと遊ぶなど、気を使うだけで疲れるし、何よりつまらない。


(面倒くさいな……どうやって断るか……)


 彼方は瞬時に脳内で言い訳の検索を始める。 「宿題が」「体調が」「用事が」――どれが一番角が立たないか。


 だが、勝彦という嵐は、彼方に思考する時間すら与えなかった。


「ほら、行くぞ!」


「うわっ!?」


 彼方の背中に、ドンと強い衝撃が走る。 勝彦が強引に背中を押し始めたのだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺は調査が……!」


「うるせぇ! 調査なんて後でいいだろ!」


 彼方の抵抗など聞く素振りも見せず、勝彦はグイグイと彼方を押して歩き出す。 その手のひらから伝わる体温は、彼方にとって火傷しそうなほどに熱かった。


「お前、彼方って言ったよな」


 背中を押しながら、勝彦が尋ねてくる。


「あ、ああ……そうだけど……」


「俺は勝彦(かつひこ)だ! これで名前も知ったし、もう赤の他人じゃねぇだろ? よろしくな!」


 振り返った勝彦の顔には、真夏の太陽よりも眩しい、一点の曇りもない笑顔が輝いていた。 それは拒絶も、遠慮も、陰鬱な空気も、すべてを焼き払う圧倒的な「陽」の力。


「よろしく……って、くそっ、離せよー!!」


 彼方の悲鳴は、蝉時雨の中へと虚しく吸い込まれていく。 こうして、死にたがりの少年は、生に溢れる少年たちによって、夏休みの喧騒の中へと強制連行されていく。


 〜*〜*〜*〜


「勝彦! だから俺は用事が……」


 彼方は口先だけで抵抗を試みるが、勝彦はどこ吹く風だ。 楽しげに口笛を鳴らし、彼方の抗議など最初から聞こえていないかのように振る舞っている。 その背中を押す手のひらの熱さと、有無を言わせぬ圧力。


(はぁ……。こりゃダメだ。しょうがない、少し付き合うか……)


 彼方は溜息と共に観念した。 抵抗するだけ無駄だと悟ったのだ。


「で? 俺はそこの後ろ二人の名前を知らないんだけど」


 彼方が呟くと、勝彦はようやく足を止めた。


「おおっと! そうだったな! 悪い悪い!」


 勝彦は彼方を押すのを止め、バシッと勢いよく背後の二人を紹介し始める。


「こいつが博之(ひろゆき)


 勝彦が指差したのは、左後ろにいた少しか弱そうな少年だ。 線の細い体躯に、少し度数の高そうな眼鏡。いかにも気弱そうな彼は、彼方と目が合うとビクリと肩を震わせた。


「う、うっす……」


 明らかに萎縮している。 「神隠しを調べる東京の高校生」という彼方のレッテルに怯えているのか、それとも単に人見知りなのか。


「で、こっちが三英(みつひで)な!」


 博之とは打って変わり、横幅のあるふくよかな少年、三英を指さす。 彼は人の良さそうな丸顔に汗を浮かべ、ペコリと頭を下げた。


「ど、ど、どうも……」


 二人とも、勝彦とは似ても似つかない慎重な性格のようだ。 なぜこの三人がつるんでいるのか不思議に思うほどの凸凹トリオである。


「……勝彦、確かに自己紹介は大切だけどよ、俺が言いたいのは……」


 彼方が不服を漏らそうとした、その時だ。 グイッ。 再び、強い力が彼方の背中を押し始めた。


「おい! もう観念したって!」


「あれ? そうなのか? お前が不満そうな顔してたから、まだ押しが足りねぇのかと思ってよ!」


「理屈がおかしいだろ!」


 悪びれもなく答える勝彦に、彼方はツッコミを入れる。 だが、その口元には微かな苦笑が浮かんでいた。


 この理不尽な強引さ。 だが、もしこの「邪魔」が入らなければ、彼方は間違いなく、吸い寄せられるようにあの神社の巫女――雫の元へと戻っていただろう。


「……で? 具体的に何するんだよ?」


 彼方が呆れたように尋ねる。 連れてこられたのは、結局さっきの駄菓子屋の前だった。


「まずは、駄菓子を嗜もうぜ! お金は気にすんなよ? こいつが出すから」


 勝彦は満面の笑顔で、親指でビシッと三英を指した。 なんという理不尽。


「かっちゃん……そりゃあ、あんまりだよ〜……」


 三英が情けない声を上げて抗議する。 どうやら、このグループの財布係は彼で固定されているらしい。


「うるせぇっ! 自分の分は自分で買うから、三英はこいつに何かしら奢ってやってくれよ。歓迎会だ歓迎会!」


「えー……かっちゃんならともかく、今日会ったばかりの人に……?」


 三英は唇を尖らせて不満げだ。


(そりゃそうだろ……。俺だって初対面の人に奢れなんて言われたら断るって)


 彼方は心の中で三英に深く同調した。 リュックの中には二十万円近くが入っている。小学生や中学生ならともかく、高校生の自分が初対面の少年にたかる趣味はない。


「はぁ……いいって。俺、お金持ってるから、自分の分くらい買えるよ」


 彼方が辞退を申し出ると、勝彦は「なんだよ水臭せぇな」と鼻を鳴らし、次の瞬間、信じられないことを口にした。


「しょうがねぇなぁ! じゃあ、俺が奢ってやるよ!」


 一瞬、時が止まった。 蝉の声だけがジリジリと響く。


 そして──。


「「えええええええええぇぇ!!???」」


 博之と三英の絶叫が、完璧なハモりで空に響き渡った。 まるで幽霊でも見たかのような、あるいは天変地異の前触れを感じ取ったかのような驚愕ぶりだ。


「なんだよ?? その反応は」


 勝彦が不服そうに眉を寄せる。


「か、か、か、か、かっちゃんが……他人に奢るなんて!!???」


 博之が明らかに動揺し、眼鏡をずり落としながらわなわなと震えている。


「明日は嵐が来るのか!? いや、槍が降るぞ!!」


 三英がここぞとばかりに追撃を加えた。 どうやら勝彦という男が財布の紐を緩めるのは、この村の歴史が覆るほどの異常事態らしい。


「てめぇら……! 俺をなんだと思ってんだよ!!」


「ひぃぃっ! 事実だろ!!」 「逃げろ博之!!」


 顔を真っ赤にした勝彦が、二人を追いかけ回し始めた。 砂煙を上げて逃げ惑う博之と三英、それを怒号と共に追う勝彦。 狭い駄菓子屋の軒先で繰り広げられる、あまりにも子供じみたドタバタ劇。


(…………)


 彼方はその様子を、呆れたように見つめていた。 あまりにもくだらない。


 けれど。 彼方の口元には、自身さえ気が付かないほどの、微かな笑みが浮かんでいた。


 それは、彼がこの村に来て初めて浮かべた、演技ではない「本物」の表情だった。

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