月姉
side:荊。
「あの、凌子さんですか?」
結南学園 高等部二年生。卯佐美 凌子さん。
同じ学園の先輩に声をかけるのは緊張する。しかも美人なお姉さんだ。
「あぁ、Kの……」
私の事は伝わり済み。
ホッとして封筒を渡す。
「ちょっと待っててね。」
凌子さんは受け取った封筒を開け、すぐに閉めた。
中身を見たのは一瞬。
「ふ~ん、Kがねぇ。ふふ、興味深い。いいわ……これから、よろしく!」
出された手。
理解が追い付かず、咄嗟に手を取るが。訳が分からない。
「今は、この中身をあなたに見せられないけれど。いつか必ず見せるから、待っていて。」
信頼のような約束。
「はい。」
返事をした私に、優しい微笑み。
「あなたにはKの助手として、私の仕事も手伝って欲しいの。情報をKに持っていってもらうわ。」
……あぁ、そうなんだ。
「よろしくお願いします!」
私は、どれほどメグに守られていたのか。全く知らなかった。
後に封筒の中を見ても信じなかった。私はメグの心を傷つける……深く。
凌子さんと別れ、人の気配がなくなった目立たない場所。
静かに姿を現す女性。
「月姉。どうして冬北高校では、近くにいてくれないの?」
私の保護者。5年前に月と呼ばれているのだと自己紹介を受け。
私と一緒に海外に行き、共に住み。様々な事を教えてくれた。母親のような存在。
年は20歳ぐらいだから、月姉と呼んでいる。
……謎が多い。けれどそれは私も同じ。
月姉も、私と同じ存在なんだろうか……
「冬北には、彼女がいるでしょう?細心の注意が必要。それに役員級の人には、同じように影がいる。優秀な人材。私の存在から、荊に害が及ばないように……分かってくれるよね?」
そうだ。私が冬北に入るときは細心の注意を払う。私は存在してはいけないモノ。
メグが優しいから。勘違いしちゃダメ。その優しさは私にではなく……本体が受けるべきものだ。
「最近……」
月姉は途中で口を閉ざす。
そして私を優しく抱きしめて。
「いつも必ず、あなたのそばにいる。毎日、私の姿が見えなくても……。いい?荊、少し距離をとるのは身を護るため。信じてね。」
月姉は少し悲しそうだ。
私に言えない何か、きっと背負っている。
「……うん、分かってる。大好きだよ……月姉。」
いつかは離れる時が来るのだろう。
また私は独り……
「荊、出逢った人を信じてあげて。それが、きっと……あなたを自由にする。」
いつもと違う雰囲気の月姉。
……出逢った人って、メグの事……?信じる?信頼はしているけど、自由とは……
私には無理な実現不可能な言葉。
【カーンカーン……】始業の合図。
「さ、行きなさい。たとえ外国で、すでに学んだ知識でも。時間を無駄にしないで。」
「うん。私にとって普通の生活は特別だから。」
…………うまくいっていると思ったのに。
油断した。
「荊!」
失敗をした。悔やんでも遅い。
不注意だった。しかも凌子さんを巻き込んでしまう。
私は入る部屋を間違えて、捜査対象の校長に見つかった。
見張りの数人の男子生徒に捕まり、私を助けようとした凌子さんも捕らえられてしまう。
閉じ込められた暗い部屋。
「ごめんなさい。ごめん……な……さい。」
涙が次々に流れる。
「泣かないの。まだ、私たちが誰か特定されていないから。」
捕まったすぐに警報が鳴り、ここに閉じ込められた。
裏の任務に、慎重さが求められる。失敗すれば最悪、命も落とす。
警報は止まり、静かに時間が過ぎていた。
不安な私と違って、凌子さんは冷静だった。
「……来た!」
私には分からない何かの音に反応する。
【バンッ】
勢いよくドアが開いて、入ってきたのは校長。
「ちっ。来い!人質に……」
どれだけ焦っているのか。
真っすぐ私に走り寄り、強引に連れて行こうと手を出した。
その瞬間。校長の背後から、一瞬の影がかかり。回し蹴り。
誰かの足が、校長を呆気なく蹴り倒す。
「大丈夫?」
月姉の声。
いつの間にか隣に居て、私の縄は解け。
【ファンファン……】
外には数台のパトカーの音。
パッと電気が点く。
回し蹴りの位置に居たのはメグだった。
メグは私に近づいて抱きしめる。強く、痛いほど。
私なのかメグなのか、震えていた。
部屋から校長が連行されて出ていく。
入れ替わり入ってきたのは、長い前髪が目元を隠した男性。
「……の……野茨……?」
メグに抱きしめられたままの私。
月姉は微笑む。
野茨……?
そう呼んだ人は、信じられないものを見ているように動かない。
【パンッ】
手を鳴らす音に視線が集まる。
「さ、話は後。撤収よ!」
凌子さんは冷静な口調。
全員で外に出る。
何が起きているのか分からず。胸騒ぎがする。
自分の失敗も頭にあるけれど、それ以上に自分のこれからを左右しそうで。落ち着かない。
裏の役員なのに、凌子さんはパトカーに近づき。一人の男性に声をかける。
すると面前で、その男性が凌子さんに抱きついた。
「……離して、大丈夫だから!」
冷静な凌子さんは、彼のお腹に膝蹴り。心配してくれた男性に、素っ気なく。
それに対して、大人だからなのか男性は一切気にすることもない。
「じゃ、後はこっちで片付ける。凌子、何もなくて良かったよ。」
優しい微笑み。
凌子さんが後ろ姿を見せると、一気に空気が張り詰めて。
私は慌てて目を逸らした。
戸惑う様子もなく、静かに佇む月姉。
メグもどこかに報告していたのか、遅れてやってきて。
「移動しようか。」
一番動揺しているのは、野茨と呼んだ人だった。
でも行動は機敏。
校舎近くの倉庫。
地下は会議室になっている。8畳ぐらいの広さに机とイス。
「月、俺と荊は席を外そうか?」
「いいえ、荊にも関係があるから。それに、これからあなたにも必要な知識。K、あなたも知っておくべきよ。」
あぁ、思った通り私の存在が関係している事。メグの好きな人も。
きっと月姉は…………




