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放課後。
「多河、どうしたんだ?何か用事か。」
水泳部の部室のドアに、手をかけたところだった。
声をかけてきたのは、綾部 俊之先生。
去年の担任で水泳部の顧問。
「綾部先生。シンの荷物を、受け取りに来ました。帰りに届けます。」
「あぁ、そうだったな。しかし。他の部員も荷物を置いているし、俺が立ち会おうか。」
綾部は笑顔だけど、有無を言わせないような雰囲気。
そうだよな。何か無くなったとか、言われても困るし。
「ありがとうございます。」
綾部先生と部室に入る。
『副田 森』
まだ名札がロッカーに付いたまま。
【ガチッ】
ロッカーには鍵が掛かっている。
先生、どう見ても手ぶらだし。今は持っていないだろうな。
そもそも合鍵とかあるだろうか。
「先生、合鍵とかは?」
話しかけるが、綾部先生は考え事をしているのか返事がない。
「先生?」
「はっ……悪い。多分、職員室にあるはずだが。」
俺の声に慌てて振り返り。俺の顔をじっと見る。
無言の数秒。
取って来いって事かな?
「取ってきましょうか?」
俺は、いつでもいいんだけど。また立ち会ってもらうのも悪いし。
綾部は深刻そうな表情。
「いや、鍵の場所の記憶が曖昧だからな。俺が鍵を捜して、ロッカーの中身を後日、多河か久崎に渡すほうがいいかもしれない。」
「それでいいですよ。お願いします。」
俺の返事に安心したのか、笑顔を向けた。
生徒に気の使いすぎで、はげるぞ?
去年、担任だった時と雰囲気が違うように感じたのは気のせいか。
友達を喪った俺を、気遣うような性格でもないように思っていたが。
「じゃあ、先生。俺、帰りますね。」
「……あぁ。……」
綾部先生は何か言いたいことでもあるのか、歯切れが悪い。
シンのことを聞きたかったのかもしれない。けれど今は何も話したくなかった。
空気も読まずに方向転換して背を向ける。
鍵のかかったロッカー。シンは何を入れていたんだろう?
水泳部だし予備のタオルとかだろうか。持って帰る事とか、何も考えてなかったな。
俺は屋上に足を向け。
昨日のことが、ずっと頭の中を巡る。
アヤの髪の香りに、柔らかい手や身体。
俺の理性が、どんなに弱いか。
知らなかった自分。
知りたくなかった一面に落ち込む。
「はぁ。」
大きなため息。
「ふふっ。幸せが逃げるわよ?」
透き通る可愛い声だが、少し意地悪に聞こえる。
「アヤ?」
声のする方に目を向けると。
俺から距離を取り、少し睨んで。
ここに来たってことは、まだ嫌われてはないはず。多分。
「昨日は、ごめん。」
「そうね、キスしてくれたらいいよ?」
アヤは、唇に人差し指を当て端から端になぞる。
俺の反応を見ながら。
「冗談だろ?」
キスって……昨日の事があったのに。
俺は信じられなくて。
そんな戸惑う俺に、アヤは微笑むだけで何も答えない。
静かな時間が、とても長く感じる。
「ふふっ。冗談よ!」
心許したような、あの特集で盗撮された笑顔と同じ。
【ドク】
体の血が熱くなるような。
ある感情が俺を惑わす。
触れたい。キスしたい。
「アヤ、俺は。」
君が好きだ。この気持ちを抑えられない。
でも、君は小学生だから。
俺は言葉を飲み込んだ。
「優貴?」
距離を取っていたのに、アヤは警戒心を忘れたように近づいてくる。
昨日、俺があんなことをしたのに。
小学生だから?子どもだから、謝った俺のこと信用している?
アヤを傷つけるかもしれないのに。
「俺は、男だよ?安易に近づくな。君に手を出した俺に、キスとか言うな!」
感情的な俺に首を傾げ。
また微笑み、俺を優しく見つめる。
俺は苛立ちをぶつけるように、叫ぶ。
「アヤ、君は昨日ここで何をしていた?当てようか?それとも、君を脅して。もっと酷いことをするかもしれない。」
警告のつもりだった。
俺との距離を保ってほしくて。
でも君は俺に信じられない言葉を告げる。
「いいよ、優貴のこと好きだから。」
俺のことを好き?
思考が一瞬止まった。
「優貴、好きよ。昨日は怖かったけど。今度は優しくしてね?」
君の声が、俺の理性を奪う。
安易に流されてはいけない!
「駄目だ。君は、小学生だろ?」
自分を抑えるつもりだった。
君を傷つけるつもりは無かったのに。
「酷いのね。私は私の気持ちは、どうなるの?」
淋しそうな表情。
目に涙が溢れ、零れそうになる。
「アヤ。」
俺が弁解する前に、いつもと同様。
アヤは柵を越えた。




