【花冠】
side:凌子。
夕飯はぎこちなく。おばさんは察してなのか、詮索することもなく。
安心して家に戻ってきたけれど。
武のことを考えて。
寝ている私の頬にキスをした武は、ため息を吐いた。きっと励治が、私にキスしたことを思い出したのだろう。
この唇に……私は自分から武にキスした。武も答えてくれた。
私はずっと言葉が欲しかった。武は私が好きだと言ってくれて。嬉しい。幸せなのに…………
次の日の朝。
携帯のコール音で目覚める。
「え、新聞部が火事?……すぐ行くわ!」
簡単に身支度を済ませて、学校に向かう。
次から次に事件が増え。捜査が追いついていない。
もしかして私は励治の重荷になっているのだろうか。
そうかもしれない。安易に一緒に捜査すると言ったものの。私は。
励治が私に黙っていることの多さ。壁を感じる。それが不安を募らせた。
力のない自分に腹が立つ。
武を襲った犯人も見つからず。髪切り事件が連続し。屋上で武と同様の傷害事件。そして新聞部の火事。
警察も入って捜査をしているけれど。
学校の秩序が乱れ、生徒は混乱状態。先生は保護者からの問い合わせにも対応困難。
学園の下した決定は、役員以外の生徒は自宅待機となった。
私は警備の役員を集め、二人組みにして校舎内の見回りの区間をそれぞれに指示する。
校舎内にいる生徒が役員に絞られたとはいえ、問題の解決していない今。何を優先すべきか。
私は単独で、自分に振り分けた見回り場を順に巡り。
傷害事件のあった屋上に辿り着く。
警察の鑑識など終わったのか立ち入りの制限はない。
むしろ近づいていた文化祭を色濃く反映する数々の備品が、辺り一面に広がり。
ここで何かあったのすら、言われなければ分からないほどの日常。
準備のため、雨に対応した簡易テント。
その下に、大きな亀の形をした物がある。中には人が二人、入れるように造っているのだと聞いた。
中も確認しておこうかな。
亀に上り。
「よっと……。二人?狭いな。こんな中で、二人が何をするのかしら。」
「【花冠】の伝説だよ。」
私の独り言に、答えが返ってきた。
上から覗き込んでいたのは。
「会長……?」
ここで被害にあったのは、蒼井 秀一。
同じ苗字の生徒会長。蒼井 水樹。
「何、警戒してるの?ふふっ。今日は、食後だから安心してよ。」
軽い調子で、視線は鋭く。油断の出来ない相手。
この非常事態に、何をモグモグしたのでしょうね。
こんな狭い空間では分が悪い。私は外に出ながら。
「で?被害者とは、どういう関係なの。」
水樹は私に手を差し伸べたが、あえて取らなかった。信用できない。
亀から出て、その傍らに立ち。
気を利かせたのか、少し離れた位置にいる生徒会長の水樹。
「いとこだよ、俺の父親の姉の子ども。……まぁ、あまり話さないけどね。」
いとこ。苗字は同じ。
気になるのは。何故、ここにいるのか。犯人は一度、現場に戻ると言う。
屋上には見回りの私だけ。励治は見かけていない。荊は、この緊急事態で中等部に配属された。
Kは学校が違うし。武は役員ではない。身を守れるのは自分だけ。
相手は男。いつでも攻撃できるよう心構えをし。
「緊張されると、変な気分になるな。」
こちらの不安に対して、何がおかしいのか水樹は笑う。
どこまで本気なの?
「ウサギ、ヒントをやろうか?俺には犯人、分かるかも。」
「いい加減なことを。」
真剣な表情のまま、沈黙。
私はウサギじゃないし。笑ったかと思えば、今度は無言。どこまで。
「犯人は誰?」
「……俺。」
視線は鋭いまま。口元だけの笑み。
私は笑えない。……本気?いや、明らかに嘘だ。
「はぁ~……。疑っていたんだけど、なんだ違うのかー。紛らわしい!」
ため息を吐き。私は一気に言葉を連ねて。安堵する。
すると水樹の純粋な微笑み。
「ふっ。ウサギ、正直過ぎだろ!」
私が警戒していたように、水樹も私を試していたのかもしれない。
何となく水樹の一面が、見えたような気がする。
「あなたは、何を知っているの?」
確実に何かを知って、ここにいる。そう感じる。
本当に犯人に繋がる何か。
「あぁ。俺さ、絶対に凶器がここにあるって思うんだ。」
凶器がここにある。絶対……
もしそうなら、事件が解決するのでは。
「ウサギ、そこを退いて。……去年、ここに。」
去年?
私は亀の傍らから、数歩後ずさり。
水樹が亀の側面に手を掛け。窪みを探し当てる。
外観からは分からない、開閉の出来る収納スペース。
本当に確信があったのか、水樹は持参していた手袋をして。
奥の見えない収納部分に手を入れた。
「……あった!警察に連絡して、鑑識に回してもらおう。」
凶器が出てきた。やっと事件の解決に向かうんだ。
……去年……。【花冠】の伝説と関係のある亀。ここにも残された【花冠】のクッキー。
水樹は、本当に犯人を知っている?
見つかった凶器。亀の部品の一部だろうか。収納スペースに、凶器は隠されていた。
可能性は…………