モノの価値
side恵。
裏庭。人気のない時間帯。
野茨からの接触。
慧に存在を知られ、わだかまりがなくなったとは言えないけれど。
行動範囲が広がって、野茨も荊を守りやすくなったようで。
俺としても、情報のやり取りがスムーズで良いことなのだけれど。
慧の気持ちは、まだ穏やかではない様子。
あえて、お互いに触れず。
「由……。彼が付けたのね、いい名前だわ。荊は、私が名付けた。……名が無いなんて、どれほど悲しい存在なのかと。」
「野茨。荊は由と話をした後、何か言っていたか?」
あれから数日、会っていない。会いにいけるような状況でもなく。
ただ心配して、日々が過ぎてしまった。
「そうね、少し……落ち込んでいるかしら。」
驚くよな……俺も情報を知って、戸惑った。
由が、優香里のクローンだったなんて。
「K!荊が連れ去られた!」
野茨がいるから、慧を外していた。
気になっていたのもあって、荊の様子を見に行ってもらっていたのだ。
「どういうことだ、慧。」
「荊が!」
動転した野茨が、行き先も分からないのに背を向けた。
慌てて手を捕る。
「野茨、待て!慧からの情報を聞いて。落ち着くんだ。」
自分にも言い聞かせていた。
野茨は息を吐き、頷く。
「慧、報告を。」
慧は野茨の様子を見てから、俺に視線を向ける。
「結南で、彼女を見つけられず。役員数名に捜索を依頼したところ。『不自然に消えた』との事。内、一名から。情報屋が絡んでいるとの報告です。引き続き、調査中。ただ、学園内から出た形跡が。」
最悪の事態。
俺の管轄に居ない情報屋。学園の監視を抜け。安易な相手ではない。
「……野茨、思い当たることは?」
「嫌な予感がする。……いつか来ると覚悟していた事態。」
クローンの荊に望む危機。それなら命の保証はあるだろうか。
それでも。後を追うなら。
「……慧。墨にも協力を要請してくれ。彼には由の警護を。凌子には『警察の力も借りる』と伝えてくれ。野茨は結南に戻って、役員から詳しい情報を。緊急事態だ。瑠衣の力も借りる。今の彼女なら、情報が一番速いだろう。」
忘れていることは無いよな?
学園の庇護に、油断した。
「K……ありがとう。調べて欲しいことがある。……研究所、生命工学の……」
クローン。死亡率が異常に高い。
自然の摂理。それが当然なのだろうか。そんな中、身近にいることの奇跡。
本体は病気など短命の血筋。荊・由・事故で死んだ野茨のクローン月……3人が存在する。
同じ高い技術。世間に出ない方がおかしい。
野茨が言っていた。親族の動き。
由の環境の変化。噂の制御が出来ていない。
いつかは世間の目に触れる。存在してはいけないモノ。
価値あるモノ。下手に手は出さないはずだ。
荊……無事でいてくれ、必ず助けに行くから。
夏と由の安全を確認し。今の状況を知ってもらった。
今回、巻き込まれなかったとしても……いずれやってくる事態に備えて。
「K、今の状況は?」
凌子が冬北にやって来た。
「言っておかないといけないことがあるの。」
「大丈夫、言って。」
「荊、いなくなる前に私のところに来たの。封筒の中身を見せたわ。……少し考えるからって。」
人気の無いところに行ったのか。
「凌子、気にするな。いつかはこうなっていた。みんなの隙を狙ったんだ。誰も対応が出来ていない。頼む……警察の情報が得られるのは、凌子だけなんだ。協力してくれ。」
「うん。今、動いてもらっている。そうだ。瑠衣から伝言。情報屋に、荊の周りをうろついていた男がいる。現在、行方不明だと。」
やはり学園の情報屋が絡んでいる。
それなら、まだ由に害が及ぶ可能性も残っている。
「夏。由に、敬一の影……墨をつけている。今も近くにいるだろう。けれど、瑠衣にも危険があるから。万全とは言えない。」
「あぁ、何かあっても俺が由を守り抜く。命に換えても……」
緊張感の中。俺に出来る限り。
それにしても……クローンか。
一つの命。今まで、誰かの代わり。取るに足りないモノの扱いだった。
でも、存在価値を同じ人間が変える。
普通が、特別なんだ。
一体、彼女たちはいつ普通に生活できる?
【携帯のコール音】
画面には【隆】?
也田 隆。
俺の親友。志乃の彼……っ!!……
忘れていた。
まさか……まさか!
「はい。」
『ケイ……。ごめん、志乃が……』
「……何やってんだ!隆……」
『……もう知っているのか。すまない、連れ去られた。意識が戻ったときには……もう……。』
「隆、怪我してるのか?とにかく、病院へ……」
どうして気が回らなかったのか。
本体だから?
違う……俺のミスだ…………




