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ねずみバーガー

作者: 索☆創

「あのハンバーガーショップではネズミの肉が使われているらしい」

 そんなうわさを小耳に挟んだのはどこだっただろうか?


 バスの待合室? それとも電車の中?

 タクシー運転手から聞いたのでは無いのは確実。

 なぜなら、タクシーなんて高級な移動手段を使ったのは、はるか昔だからだ。


 話がそれた。


「店の名前だけじゃわからネーヨ。場所どこよ?」

 でっかくなっちゃった! とばかりに自分の耳のサイズは変わりはしないが、気分はまさにそんな感じ。


 フムフム、なるほど。

 幸いにして店名どころか、住所まで判明。


 これは行ってみるしかあるまい。

 ・・・かろうじて徒歩圏内だし。




 てくてく、てくてく、てくてく、くてくて。


 やっぱり、バスか地下鉄を使えばと後悔し始めたあたりでようやく聞いた店の看板が目に入った。

 あと一息。重い足を半ば引きずるようにして入った店内は落ち着いた内装で、ハンバーガー屋よりかは、よっぽど喫茶店に近かった。


「居抜きなんですよ」

 そこそこ込み合った店内で一人テーブルを使うのも。カウンター席からさりげなく観察したつもりだったが、物珍しさが出てしまっていたようだ。

 こちらも鉄板の前に立つより、コーヒーを落とす方がお似合いな初老の紳士が、カウンター越しにメニューを渡しながら、自分の疑問を解消していった。


 ハンバーガー。

 チーズバーガー。

 照り焼きバーガー。

 ・

 ・

 ・

 スペシャルバーガー。


 項目が進むほど値段が上がるのはどこの店でも一緒だけれど。


 さて何を頼むべきか・・・。


 フィッシュやチキンは置いといて、バーガーごとにパティを変えたりはしないだろう。

 なら一番安いハンバーガーでいい、などと思うのは浅はかか。

 スペシャルバーガーのスペシャル感を強調する為の味変に、例の肉が使われている可能性もある。

 その差、ゼロ一つ。


 ここは思案の───


「すいません! ここのパティは全部一緒ですか?」

「そうです」


───しどころだった。


「ハンバーガー、一つ」

 他のお客さん、いやお客様からのアシストを受けてした注文の品は、すぐに運ばれてきた。


 チェーン店の紙包装とは違い、皿の上にはむき出しのバーガーと、わずかなポテト。

 どちらも作り置きではないと主張するかのように、まだあっつ熱。

 バンズとパティが、づれないよう、ひしゃげるほど両手で強く掴んで顔の前へ。


 まずは、見た目。

 軽くとも、念入りとも違う焦げ目はちょうどいい、なのだろう。

 濃いめの茶色に焼き上げられたパティは、見事に肉汁を閉じ込めていて、特におかしなところは無い。


 次は臭い、いや、香りか。

 鉄板の上で軽く炙られたバンズも食欲を誘うが、なんと言っても唾液を分泌させるのは、厚めの肉と香辛料から放たれる香り。


 これの原料がねずみと聞いていなければ、今頃は、がぶりついて、食いちぎって、噛み締めていたに違いない。


 じゅうじゅうと存在を強調するバーガーが「早く私を食べて!」と訴えかける。


 自分だってそうしたい。

 これの正体さえわかれば・・・。


「お客さん・・・」

「ひゃいっ!」

 いつの間に移動したのか?

 カウンターの中にいた紳士が後ろから自分の耳元に口を寄せていた。


「その様子ですと・・・例のうわさ(・・・・・)を聞きましたかな?」


 ごくり。

 喉が鳴ったのは、想像上の肉汁のせいか、追い詰められたせいか。

 店内に流れるBGMが自分以外のお客さんの喧騒を引き連れて遠ざかっていく。

 極度の緊張からか狭まる視界が、見えないはずの構図で、自分と老紳士をスポットライトのように照らして。


 ここは・・・、・・・、・・・。

 ダメだ! 何も言い訳が浮かばない!


 ぶるり。

 引き伸ばされた時間の中、冷や汗がこめかみからアゴの先端以外に、背骨を下り降り、意図せず体が震えた瞬間、自分は覚悟を決めた。


 こくり。

 とても声は出なかった。

 店の秘密を暴こうとした罪はどれほどの重みだろう。

 ふと自分が、自分自身が。

 ・・・他人からすれば、何キロかの肉の塊でしかすぎないことに気づく。


 もしや。

 この肉はねずみですらなく───


「qwrちゅpですよ」

「へ?」

「qwrちゅp。味付けは工夫してますがね」


─── 一般的な代用たんぱく質だった。


「ねずみなんて高級食材、とてもとてもこの値段では。でも黙っていてくださいね。もしかしたらねずみが食べられる、なんて夢があるではありませんか」

 そういってウインクした老紳士がカウンターに戻っていく。


 黙る理由は夢以外にもあるんだろうな。


 それなりに席の(・・・・・・・)埋まった(・・・・)ハンバーガーショップの少し冷めたバーガーは、それでもチェーン店の同じ名前の料理より美味(うま)かった。


 カランカラン。

 入った時と同じようでいて、聞こえ方がまるで違うドアベルが、扉に遮られてプツリとやんだ。

 

 失ったン十年を数えることすら止めたこの国で、本物の肉が食べられたのは、いつが最後だったのだろうか?


「あの店はねずみが・・・」

「実はあの肉はミミ・・・」

 人知れず、一人歩く、うわさ達。


「あてにならないもんだ、な」


 それでも、耳に入れば。


 足を向けねばならない。


 その痕跡を追って。また。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 使い古されたネタだからこそ 騙されました 面白かったです
[良い点] 「qwrちゅp」、こういうのもアリだと思いました。最後の方に国に対する皮肉が込められているのもスパイスになっていて良かったです。 [一言] ミミズとかコオロギが食用になる世の中が来ないと良…
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