到着、夢の門!(1/1)
間もなく列車は荒れ地を抜け、暗かった空にも日が差すようになりました。外に広がる光景も、段々と穏やかなものへ変わっていきます。
「悪夢の国との国境から遠ざかったんすよ」
ルカが言いました。
「これでもう危険な生き物に襲われる心配はないっす!」
列車が長い長い坂を登っていきます。ルカがヤマトに、座席にしっかりと座っておくように言いました。
「この後で、急な下り坂が来るんすよ。油断してたら席から転がっちゃうっす」
「ジェットコースターみたいだね」
ヤマトは絶叫マシンがあまり好きではないのですが、速度を落としてもらうように車掌さんにお願いするわけにもいきません。車内の時計は6時を指しています。後30分以内にヤマトは夢の門を潜って、現実の世界に帰らなければならないのです。
列車が上り坂の一番高いところに到着しました。これから来る急激な下り坂に備えて、ヤマトは体に力を込めます。
けれど、いつまで経っても衝撃は訪れません。それだけではなく、列車は止まってしまいました。せっかく気合いを入れていたヤマトは拍子抜けしてしまいます。
「お客様にお知らせいたします。緊急事態が発生いたしました」
すっかりお馴染みになった、悪い知らせを届ける車内アナウンスが流れてきます。
「ムーマの妨害により、当列車は走行不能となりました。繰り返します。ムーマの妨害により……」
「走行不能!?」
今までどんな攻撃を受けても気丈に走り続けていたドリーム・エクスプレスが動けなくなったことに、ヤマトは驚きます。
機関室から出てきた車掌さんに何があったのか尋ねる前に、ヤマトは列車の外に出て状況を確かめました。
「キヒヒ! 人間! お前は絶対に帰さないからな!」
ムーマたちが線路の上に寝そべっています。ルカが「げっ」と顔をしかめました。
「そんなところにいたら危ないっすよ! ひかれても知らないっすから!」
「キヒヒ! やれるもんならやってみろ!」
ムーマたちがあっかんべえをします。ルカは頬を膨らませました。
「車掌さん、あんなこと言ってるっすよ! あっちがその気なら、オイラたちが遠慮してやる必要なんかないっす!」
「ルカ様、ドリーム・エクスプレスのモットーは『安心安全』でございます。たとえムーマといえど、ひくわけにはまいりません。それに、あちらをご覧ください」
車掌さんが寝転がるムーマの後ろを指差します。別のムーマたちが線路に魔法を放っている最中でした。
攻撃を受けた線路は爆発し、木っ端みじんになってしまいます。
「あそこを通ったら……」
「間違いなく重大な事故が起きるでしょうね」
車掌さんは、そんなことは考えたくないとでも言いたげでした。
「キヒヒ! 今、6時8分!」
「お前が起きるまで、後どれくらい?」
ムーマたちが楽しそうに尋ねてきます。ヤマトは何も聞かなかったふりをして、車掌さんに「夢の門ってここから遠いんですか?」と質問しました。
「この坂を下りてすぐのところにあります」
車掌さんは線路のはるか先を指差しました。下り坂は長く、おまけに辺りにはムーマがうようよしているので、息の続く限り走っても後22分で着けるかは分かりません。
「汽車がダメなら……他の乗り物!」
ヤマトはルカに言いました。
「何か出して! ムーマたちが追いつけないくらい速いやつを!」
「分かったっす!」
ルカが車両からカートを引いてきました。
けれど、ルカがカートにかかった布を取った途端に、ムーマたちは「そうはいかないぞ!」と言って、魔法を放ちます。
ムーマたちの攻撃により、二段あったカートの上段が吹き飛んでしまいました。ルカがまっ青になります。
「オイラの商売道具が!」
「キヒヒヒ! これでもうカートの魔法は使えなくなっちまったぞ!」
ムーマたちがじりじりと迫ってきます。
「今、6時14分!」
「人間、俺たちと一緒に悪夢の国へ行こうぜ?」
「悪夢の国は楽しいぞ~。女王様は飛び切りの美人だし、毒沼での水泳大会もヒキガエルのコンサートも最高だぜ~?」
「い、嫌だ!」
ヤマトは後ずさります。
(悪夢の国へ連れて行かれたら、女王に食べられちゃう! 何とかしないと……)
けれど、列車は走れず、魔法のカートも使えません。走って行こうにも、門は遠すぎます。
「もう諦めろよ、人間。線路がないと汽車は走れないんだぜ? お前だって、一人じゃ夢の国からは出られないんだよ」
諦めろと言われて、ヤマトの心の気弱な部分がヒリヒリと痛み出します。けれど、ヤマトはその痛みを押さえつけました。
(さっきムーマに連れ去られそうになったときだって、僕は勇気を出せたじゃないか。だったら、今回だってできるはず!)
ヤマトは大きく息を吸い込みました。
(ここは夢の国だ。夢の中でなら、いつもは悪いことばかり考えてつい弱気になってしまう僕だって、勇敢になれる!)
ヤマトはもう一度、「嫌だ!」と言いました。
「僕は諦めたりしない! 誰がお前たちなんかと行くもんか!」
ヤマトは壊されたルカのカートに目を留めます。頭の中に浮かんできたのは、ムーマの背中から飛び降りたときと同じくらい危ない作戦でした。
けれど、ヤマトはためらいません。ルカに「これ、借りるよ!」と言って、カートを押します。そして、下り坂に入る直前に、吹き飛ばされずに残っていた下段のカゴの中に飛び込みました。
ヤマトを乗せて、カートは下り坂をぐんぐんと進んでいきます。道端に落ちている石ころや生えている植物にぶつからないように、ヤマトは体を右に左にと移動させながら無我夢中でカートを操縦しました。
「は、速い!」
「感心してる場合か! 追いかけるぞ!」
ムーマたちがヤマトに追いつこうと必死で翼をはためかせます。ヤマトは彼らに捕まらないように、体の位置を何度も変えながらカートを蛇行させました。
「今、6時19分!」
「絶対に逃がさないからな!」
ムーマがもう少しでカートに触れそうになります。けれど、ムーマはヤマトを捕まえ損ね、その代わりに「ぎゃあっ!」と悲鳴を上げて地面に倒れました。その背中には、何か光るものがついています。
「ナイスショット!」
遠くからはしゃいだ声が聞こえます。汽車の屋根に登ったルカと車掌さんが、照明弾をこちらに放っているところでした。
「お客様を無事に目的地まで送り届けるのが、ドリーム・エクスプレスの車掌である私の勤めでございます。車外での迷惑行為はお控えくださいませ、ムーマ様」
車掌さんの放った弾が直撃し、ムーマが地面に崩れ落ちます。思わぬ援護射撃にヤマトの心は浮き立ち、ムーマたちは慌てふためきました。
「おい! あれは夜中に活動するためのものじゃなかったのか!?」
「夢の国では、ああいう使い方もするみたいだね!」
ヤマトは強気に言い返しました。ルカと車掌さんのお陰で、追いかけてくるムーマの数はどんどん減っていきます。
けれど、ムーマの方に気を取られていたヤマトは、カートの操作を疎かにしてしまいました。進行方向に大きな岩があったのに気付かなかったのです。
もろに岩にぶつかったヤマトは、カートから投げ出されてしまいました。地面を転がったヤマトから少し離れたところに、夢の国から出るための門が、扉を開いた状態で建っています。
「今、6時28分!」
「待て、人間!」
ヤマトは飛びかかってくるムーマをよけ、走り出しました。起床時間まで、後1分、30秒、15秒……。
ヤマトが夢の門に足を踏み入れた瞬間、辺りは白い光に包まれました。
ジリリリリ、とどこか遠くで目覚まし時計のベルの音がします。
それと一緒に聞こえてきたのは「おはよう」という朝の挨拶でした。
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「ヤマト、今朝は中々起きられなかったみたいだな」
ヤマトがキッチンへ行くと、お父さんが新聞から目を上げます。ヤマトを起こしてくれたお母さんが「昨日、夜更かしでもしたの?」と言いました。
「そういうわけじゃないけど……。夢、見てたんだ」
「夢? どんなの?」
「うーん……。覚えてない」
ヤマトは席に着きました。焼きたてのトーストをかじります。
「でも、楽しい夢だった気がするよ」
「それはよかったな」
「今夜、また続きが見られるといいわね」
「うん、僕もそう思うよ!」
ヤマトは笑顔で答えました。
その願いはきっと叶うはずです。
起きている間は覚えていなくても、夢の世界はいつでも皆を待っているのです。今夜もまた、ヤマトは夢の国に旅立つことになるでしょう。
夢と現実とを繋ぐ汽車。汽笛を上げながら皆をワクワクする冒険へと誘ってくれる、ドリーム・エクスプレスに乗って――。




