檸檬寧度
遠くで夏鳥が鳴いている。
猛暑の中、そんな絞り出すような声で鳴いて、枯れてしまわれないのだろうか。
なぜ、あんなに悠々しく、それも軽々と空を飛べるのだろうか。
つくづく疑問に思う。
いやでも、と。
何も考えず、何も事を成さず、ただ自然と生まれた渦の中で雑念に揉まれている私よりかは、あの鳥のほうがまだマシで、自由な事に違いない。
雑学など、文字通り雑な物だ。
世の大抵の人間は、二つ返事で終わらせるほど、これに興味はない。
これに興味を示し、快く談笑してくれるような者は、よっぽど頭の切れる努力家か、はたまた世界を飛び級で生きる天才か、もしくは私のような成の偏屈者である。
そう、例えば。
苫東は煮たら甘くなるだとか
クエン酸には疲労回復効果があるとか
辛さを表す単位はスコヴィルであるとか
そんなものは初夏の風と同等で向かう人はほとんど全く反応という反応を見せない。
そういうものだ。
つまらない。
ただそれだけのことだと私が言うと、彼は葡萄模様の柄のコーヒーカップを棚から取り出した。
「そうですねえ」
と呑気な彼の声は、所謂その辺の人間と同じなのだと思ったが、それは違うようだった。
「じゃあ私も雑学を一つ。熱い紅茶にはね、朝採れの檸檬がよく合うんですよ」
そう言って彼は出来上がった紅茶をカップに注ぐ。
心地よい温気と仄かに香る柑橘とブラックジンジャーの匂いに、少しだけ心が落ち着いた気がした。
「辛酸を舐めるって言うじゃないですか。じゃあ、舐めてやりましょうよ。」
カタン、という音とともに、コースターの上に置かれた紅茶の湯気が立つ。
そうだな、と微かに笑いながら、私はそれを一口、飲んだ。