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第7話 世界で唯一の魔術師の俺、師匠と手を繋ぐ

「さぁ、レオ」


「はい?」


 師匠に手を差し伸べられるが、その意味が分からない。


「手を繋ぎましょう」


「手を」


 なぜ?


「さっきのような女たちがまたレオンハルトを攫いに現れるかも知れません」


「なるほど」


「それにこの時間から大通りは混雑します。はぐれてしまっては大変です」


「確かに」


「故に、手を繋ぎましょう」


 完璧な理論だ。

 手を繋ぐに足る正当な理由である。


 師匠は俺の質問に、いつも分かりやすく答えてくれる。


 しかし、手汗でぐっしょりと湿った俺の手で師匠に触って良いものだろうか。


 師匠と手を握ると思った瞬間から、緊張で手がぐっしょぐしょだ。


 自分の手と、師匠の手を見比べていると、師匠が悲しそうな顔をしていた。


「私と手を繋ぐのは、嫌ですか……?」


 肩を落としてしゅーんってなっている。


「ち、ちち、違いますよ! 俺も師匠と手を繋ぎたいと思ってたところです!」


 俺は慌てて上着で手汗をぬぐうと、師匠の手を取った。


 師匠の手はひんやりしていて、指紋を感じないほどすべすべしている。


 一生なで回したい。


 師匠は俺の手汗を気にした様子もなく、手を握った途端に表情が柔らかくなった。


「行きましょうか」


「そ、そっすね」


 手を握ったまま俺たちは歩き出す。


 気恥ずかしいし、通行人がこっちを見てくるが、注目されるのは今更だ。

 師匠は気にしている様子はないし、堂々としていよう。


 横目で師匠の方を盗み見ると、すごく嬉しそうだ。

 何がそんなに楽しいのか、鼻歌まで歌いそうな雰囲気が出ている。


 師匠は表情の変化に乏しいタイプだが、そこそこ感情が表に出やすいことを思い出した。


「(まぁ、その変化に気づけるのは俺や姉弟子くらいだろうけど)」


 師匠のことをよく知らない人が見たら、凄まじい美人だがどこか人形じみた冷たい女性だと思うかもしれない。


 俺から見ると、顔は怖いけど人なつっこいハスキー犬みたいな感じで可愛いんだが。


 いかんいかん、偉大なる師匠になんて感想を付けるんだ。

 不敬だぞ。


 しかし、師匠の見た目は千年も生きているとは思えないほど若々しい。


 こうして手を繋いで歩いていると、デートを楽しむ若者にしか見えないだろう。


「(で、デートだとう……!?)」


 なんJ民には難度が高すぎる。


 変に意識すると、また手汗が出始めた。

 このままでは師匠の手をぐしょぐしょにしてしまう。


 落ち着け俺。

 これはかーちゃんの手。

 これはかーちゃんの手。


「ふふっ、レオ。こちらばかり見ていないで、ちゃんと前を見て歩かないと転んでしまいますよ」


 いつの間にか俺は師匠を凝視してしまっていたらしい。

 視線に気づいた師匠がおかしそうに微笑んでいる。


「(無理ぃ! この人を母親として見るのはもう無理ぃ!)」


 師匠は可愛い。

 宇宙一可愛い。


 俺は開いた右手で顔を覆って天を仰いだ。


 そして当たり前のようにつまづいた。


「もう、レオ。だから言ったではないですか」


「さ、さーせん……」


 こけそうになったところを、師匠が手を引いて助けてくれた。


 社交ダンスの決めポーズみたいな姿勢になってしまったが、注意してくる師匠が可愛すぎて俺の目が灼ける。


 あと、通行人の視線が突き刺さって痛い。

 大人しく帰ろう。


 しばらく歩いていると、師匠の工房が見えてきた。


「相変わらず立派な屋敷だなぁ……」


 俺は馬鹿面を晒して白い大きなお屋敷を見上げた。


 師匠の工房は大豪邸だ。


 師匠の身分を考えれば当然だが、このクソデカい屋敷に俺たち三人しか住んでいない。


 人が住まない屋敷はすぐに傷むと言うが、師匠が魔術で保護しているので、新築同様だ。


 俺はここで十年暮らしていたんだなぁ。


「まぁ、レオ。おうちを出てまだそんなに経っていないのに、もう懐かしく感じているのですか?」


「あ、いや、あはは……」


 前世の記憶のせいで、この屋敷を見るのは50年ぶりの感覚なのだ。


 しみじみしてしまうのも当然だが、師匠に怪しまれてしまうのは良くない。


 俺は笑って誤魔化した。


 師匠もクスクスと笑って応えてくれる。


「レオ、お帰りなさい」


「ただいまです、師匠」


 門を通って中庭を抜けて、屋敷に入ったところで師匠は手を離し、俺にお帰りを言ってくれた。


 この言葉を聞くのもこれが最後だと思うと心苦しい。


 これから師匠に、魔女学院の試験に落ちたことを報告して、屋敷から出て行かなければならない。


 これは前世を思い出す前から、このレオンハルトが決めていた覚悟だ。


「お茶を入れてきますから、座っていて下さい」


「あ、俺も手伝いますよ」


「良いのですよ。今日は疲れたでしょう。くつろいでいて下さい」


 暖炉のある談話室に通され、師匠は魔女帽を帽子掛けにかけて外套を脱ぐ。


 俺もコートを脱がせてもらってから、ふかふかのソファに座った。


 師匠は銀製のティーポットに茶葉を入れ、魔術で湯を直接生成してポットにそそぐ。


 師匠は魔術をみだりに使ってはいけません、などと言うタイプではない。


 むしろ日常から魔術を使って、平時から訓練することを推奨している。


 なのでウルザラーラ家では、部屋の掃除から庭の手入れまで、基本的に魔術でこなすことが多い。


 実際、こんな大きい屋敷に三人で住んでいたら、家事を手作業でやれなんて言ってられない。


 楽できるところは楽して、魔術で時短だ。


 俺も得意な魔術は攻撃系統の魔術ではなく、生活魔術と呼ばれる類いのものが多い。


 と言っても、俺が使える魔術なんて初級のしょぼいやつだけなんだが。


「(あー、閃いた。魔術で家事代行とかいけそうな気がする)」


 魔術師になれなかったら普通に働く方向で考えていたけど、初級魔術を使って金を稼ぐ方法は結構ありそうな気がする。


 ちょっと指針が見えてきたかな。


「どうぞ、召し上がれ」


「いただきます」


 琥珀色のお茶が注がれたカップが俺の前のローテーブルに置かれる。


 普通に美味しい紅茶だ。

 茶葉を発酵させて、安定して生産輸送する技術があるってことだな。


 この世界、割と文明レベル高いよな。


 魔術の発達によるものなのか、街も汚物まみれなんてことはなかったし、街灯らしきものも設置されてあった。


 いよいよ、現代知識チートは諦めた方が良さそうだ。

 なんJ民は無力である。


 しばし二人で無言のままお茶を楽しみ、師匠がカップを置いたタイミングで、俺の方から切り出した。


「師匠、すみません。あんなに指導してもらったのに、試験に落ちました」


「…………。そう、ですか……」


 師匠はがっかりしたと言うより、俺のことを思って悲しんでいるようだった。


 記憶を取り戻す前の俺は、魔術師になるためだけにこの十年を費やしていた。


 魔力が他の男よりあると言っても、その量は微々たるもの。


 中級以上の魔術を発動するにはまるで足りず、初級魔術を発動しても、元々の魔力が低すぎて大した威力も出ない。


 それを補う工夫を師匠と共に考え、知識だけは誰にも負けないよう猛勉強し続けてきた。


 魔力はなくとも、術式への理解度は誰よりも高いと思っていた。


 それがすべて今日一日で無駄になったのだ。


 そのことは指導してくれた師匠がよく分かっているだろう。


「レオ……」


 師匠は自分の席を立って俺の隣に座ると、優しく抱きしめてくれた。


「つらかったですね……」


「いや、俺は……」


 つらくないと言えば嘘になるが、思い詰めるほどではない。


 前世を思い出したせいで失格になったようなものだが、前世の記憶のおかげで視野狭窄にならないで済んでいる。


 魔術師になって師匠たちに恩を返すという目的は果たせなかったが、他にも道はあると思えるのは前世の記憶があるからだ。


「あなたはとても頑張りました。その努力が無駄になることはありません。そのことは忘れないで下さい」


「はい。……それで、今後のことなんですけど」


「今後、とは何のことですか?」


「魔術師になれなかった以上、師匠の弟子を名乗るわけにもいかないので──」


 俺はこの屋敷を出て、一人で生きていくことを師匠に伝えた。


 師匠は表情をなくした顔で、俺の語る内容を聞いていた。


「ということなんですけど、どうでしょう。すぐに職が見つからないかもしれないので、少しの間だけ身を置かせて欲しいんですが……」


「駄目です」


 師匠はきっぱりと俺に言った。


 だよな。

 試験に落ちておいて、まだ厄介になろうなんて考えが甘すぎる。


 俺は席を立って、深く頭を下げる。


「すみませんでした師匠。今すぐ荷物をまとめて出て行きます」


「駄目です」


 え? どっち?


 出て行けば良いのか良くないのか。


 師匠に問い返そうと顔を上げると、師匠が見たことのない顔で怒っていた。


「駄目です! 絶対駄目です! 出て行っちゃ駄目!」


 師匠が俺に抱きついて、いやいやと首を振った。


「ちょ、師匠……!?」


 師匠がこんなに大声を出すところを初めて聞いたかも知れない。


「なぜそんなことを言うのですか! 試験に落ちたから、魔術師になれなかったからなんだというのです!」


「いや、でも……」


「でもじゃありません! そんなこと絶対に許しません! あなたはずっとこの家の子なんです!」


 顔を上げた師匠はめっちゃ泣いていた。


 目から大粒の涙がこぼれている。


 ぼろっぼろだ。


「出て行くなんて、そんな寂しいことを言わないで下さい。ずっと一緒だと約束したじゃありませんか……」


 それは俺が師匠に拾われたときにした約束だ。


 魔物が暴れ回ったあと、瓦礫の下敷きになっていた俺を救い出してくれた師匠が言ってくれた言葉だ。


 たった今、思い出した。

 師匠はずっと覚えていてくれたのか。


「ありがとうございます、師匠。でも、俺もただ養われているだけなのは居心地が悪いんです」


「ぐすっ……。ごめんなさい。あなたの人生の邪魔をするところでしたね……」


 師匠がようやく泣き止んでくれた。


「あなたはあなたの人生を選んで良いんです。でも、この家を出ないと新しい道を探せないなんてことはありません」


 目尻に残った涙を俺が親指でぬぐうと、師匠はその手を取って頬を押してけてきた。


 うぅ、ドキドキしちゃう。


「師弟の関係がこれで終わりなんて言わないで下さい。私たちは家族でしょう?」


「……すみません、師匠。俺の方こそ自分のことばっかりでしたね」


 師匠にこんなに想われていたことが嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。


 俺が視野狭窄になっていないなんて全然嘘だった。


 師匠のことを考えれば、俺に出て行って欲しいなんて言うわけがないことくらいすぐ分かっただろうに。


「いいのです……」


 師匠はグスグスと鼻を鳴らしながら、それでも俺に抱きついたまま離れない。


 とても困った。


 感動的な空気なのでとても言い出せないが、師匠からする良い匂いと柔らかい感触で、今にもおっきしそうなんだけど。


「たっだいまー!!」


 ジェット機みたいな甲高い飛行音が聞こえてきたと思ったら、姉弟子が屋敷の扉を勢いよく開いて帰ってきた。


「師匠ー! レオー! もう帰ってきてるー!?」


「おわっ! 姉弟子!?」


「あ、あらあら」


 俺は師匠の体を慌てて引き剥がす。


「あ、いた! どうだったの! 試験! ねえねえ!」


 談話室に入ってきた姉弟子は、俺たちを見つけるとソファに飛び込んできた。


 師匠に負けず劣らずの美形が俺の瞳に映る。


 黄金のようにきらきら光る髪に、炎のように揺らめく真っ赤な瞳。

 瞳の色に合わせた派手な魔女装束が本当によく似合っている。


 ああ、姉弟子だ。

 やはり懐かしいと感じてしまう。


 ていうか、改めて見ると、師匠も姉弟子もとんでもないドエロ衣装を身に纏ってるな……。


 なんやこのエロいドレス。

 犯罪やろ。

 痴女でもここまでの格好はせんぞ。


 だが、俺の今世の記憶は言っている。

 これは魔女の正式な衣装であると……。


 服の造りも魔術的な意味がちゃんとあって、この世界じゃ別にいやらしくもなんともないデザインなのだ。


 こんなにすけすけで露出しまくっているのに、防御力も並の鎧より遙かに高い。


 エロくて性能も高いなんて、なんてお得なんだ。

 主に俺にとって。


「なんで黙ってるのよ? ははーん、さては一番を取れなかったのね? ぷぷーっ、あたしはもちろん一番だったわよ!」


「あ、アグニカ……。あなたはもう配慮のない……」


「……まさか、落ちたの? 本当に?」


「うっす……」


 俺と師匠の冴えない表情から、ようやく状況を飲み込んだ姉弟子が気まずそうにする。


「……あー、まぁ、失格になっちゃったのは仕方ないわね」


 姉弟子は自分の魔女帽子をくるくると指先で回すと、帽子掛けに放り投げる。


「落ち込んでてもしょうがないし、詳しい話は後で聞くとして、気分を変えない?」


 姉弟子の突然の提案に、師匠と俺は顔を見合わせる。


「気分ですか? 食事、はまだ少し早いですね」


「何かゲームでもするんスか?」


 娯楽アイテムってこの家にあるのかな?


「違う違う。気分をすっきりさせるには、やっぱお風呂でしょ!」


 なるほど、風呂か。

 風呂は命の洗濯とどこかの艦長も言っていた。


 今日一日色々あって疲れたのも事実だ。


 熱い風呂に浸かったらさぞ気持ちが良いだろう。


「そうですね。確かに良い案です」


「でしょ! あたしも任務で汗かいたからお風呂に入りたかったし!」


「あ、じゃあお先にどうぞ。俺は最後で良いんで」


 二人が入った残り湯を飲もうとかそんな変態的なことは考えてやいませんぜ。


「はぁ? なに言ってんのよ」


 姉弟子が苛ついた様子で俺をにらんでくる。


「(残り湯はともかく、残り香を楽しもうと思っていたのがバレていた、だと……!?)」


「あんたも一緒に入るに決まってるでしょ」


「え?」


 何言っちゃってるの、この人。


「そうですね。最近はタイミングが合わなくて入れていませんでしたし、久しぶりに三人で入りましょう」


「ええええええええっ!?」


 師匠まで賛同する。


 嘘やろ。


 俺はこの年になっても二人と風呂に入っていたと言うのか……!?


 なぜそこは覚えていないっ……!


「なに大きい声だしてるのよ? さっきから話し方も変だしさ。試験に落ちておかしくなっちゃった? お風呂で背中流してあげるから、元気出しなさいよ」


 背中を流してもらうことには大変興味はあるが、今の俺は二人の裸を見て冷静でいられる自信がない。


「いやその、風呂に入るときは誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……」


「うるさい」


「アッハイ」


 にらみ上げてくる姉弟子に、俺はビビり倒した。

 上下関係は身に染みついているらしい。


「行くわよ」


「はい……」


 姉弟子に強制連行され、俺たちは一緒に風呂に入ることになった。


(次回・非常にライトですが性的なシーンがあるので、万が一規約的にアウトだった可能性を考えて該当のシーンは他サイトで出します。こちらは前後の話が繋がるようにカットして短くしたものを投稿しますので未成年の方もご安心下さい)

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『世界で唯一の魔術師の俺、魔女学院で魔王となる』
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