第5話 世界で唯一の魔術師の俺、魔術を使う
「もう一度、問いましょうか? ……私の可愛い弟子に何をしているのです?」
路地裏に突然現れたのは、俺の恩師ことウルザラーラ師匠だった。
「ま、魔女だと……!?」
「学院都市だからって、こんなにすぐ魔女が駆けつけてくるなんて……!」
俺を襲おうとしていたお姉さんたちは、背後を振り返って顔面蒼白になっている。
「質問に答えられないなら、ここで消しますが?」
「「「ひ、ひぃ……!」」」
その冷たい声音に、俺までお姉さんたちと一緒に小さく悲鳴を上げてしまった。
師匠は表情こそ静かだが、全身から立ち上る魔力が風まで巻き起こしている。
激おこだ。
魔力は術式で制御しなければ、外界に影響を与えることはほとんどない。
にもかかわらずこれほどの強風が起きている。
単純に魔力の量が桁違いなのだ。
お姉さんたちも魔力を持っているだけに、師匠の恐ろしさはありありと伝わっているようだ。
興奮で火照っていた肌はとっくに冷えきり、恐怖で震えている。
俺にはあれだけ強気だったのに、まるで蛇に睨まれた蛙だ。
ていうか、消す?
いま師匠、消すって言った?
「(やべぇ……!)」
美女二人とニャンニャンするはずが、一転してバイオレンスな展開になってしまった。
師匠はこのお姉さんたちを消すと宣言した。
それは文字通り、血の一滴も残さずこの世から消滅させるということだ。
このままではお姉さんたちが、どえらいことになってしまう。
「(まずいまずい、どうする……!?)」
師匠は温厚でとても優しい人物だが、この怒りようは本気だ。
俺としてはお姉さんたちのお相手は吝かではなかったのだが、師匠には弟子が乱暴されているように見えたのだろう。
しかし、師匠がこんなに怒るとは予想外だ。
明らかに冷静さを欠いている。
俺たち弟子には『魔術師たるもの、常に冷静であれ』と説いている師匠らしくもない。
このまま放っておけば、お姉さんたちは死んでしまう。
何より、師匠に人殺しなんてして欲しくない。
「(なら、俺がやるしかないってことかよ……!)」
それも今すぐにだ。
一刻の猶予もない。
数秒後には、お姉さんたちは魔術の光に焼かれて影しか残らなくなってしまう。
幸いにして、お姉さんたちは師匠への恐怖で俺の存在を忘れている。
背後から不意打ちするなら、弱っちい俺でも可能だ。
「……ま、待ってくれ……!」
「あ、あたしらは別に、何も……!」
お姉さんたちは引きつった声帯で何とか弁明の声を絞り出すが、師匠の目は冷たく細められるだけだった。
「それが、末期の言葉で良いのですね?」
「「ひいぃぃぃぃぃっ!!」」
もはや、お姉さんたちは恐怖で逃げ出すこともできず、泣きながら悲鳴を上げることしか出来ない。
「では、その罪を贖っていただきます」
師匠が術式を編み、魔術を完成させる。
掲げた手のひらがお姉さんたちの方を向き、人間二人がこの世から消滅するに足る攻撃魔術が発動する──直前に俺は動いた。
「(【氷】、【風】、【地】)」
ほとんど自動的に体が動いた。
三本の指を用い、瞬時に三つの術式を編み上げる。
魔法陣を描き終えて魔力を流し込むと、なめらかに魔術は発動した。
前世を思い出したせいで、記憶も人格もあやふやになった俺だが、長年染みついた動きは忘れていなかったらしい。
今発動した魔術は全て初級魔術。
ちょっと才能のある子供なら、すぐに覚えられるような簡単な魔術だ。
他者を害するほどの威力も出せず、それ一つでは何の役にも立たない。
「(だから、組み合わせる)」
【氷】の魔術は精々が畳一枚分の地面を凍らせるだけ。
【風】の魔術は強く背中を押される程度の風しか吹けない。
【地】の魔術は拳一つ分くらい地面を盛り上げるのが限界だ。
俺のしょぼい魔力ではただでさえ弱い初級魔術が、カスみたいな威力になる。
だが、それを可能な限り早く発動させれば、連鎖が起きる。
「うわっ!?」
お姉さんたちの足下がまず凍りつき、間髪おかずに突風が背中を押す。
「なんだい!?」
とっさに片足を前に出してバランスを取ろうとするが、凍り付いて摩擦の少なくなった地面は、あっさりとお姉さんたちを転倒させた。
そして、ひっくり返った先には、少しだけ隆起した地面が拳と化して待っている。
「「ぎゃんっ!?」」
後頭部を強打すれば、魔力で肉体が強化されていようと脳が揺れるのは変わりない。
お姉さんたちは気を失って、その場にノびた。
「(二人そろってまんぐり返しの姿勢になってて草生える)」
今の連鎖は、師匠の魔術が発動した場合にも備えて、お姉さんたちを地面に伏せさせる目的もあったのだが、どうやら俺の方が早かったようだ。
「レオ……」
師匠は魔術を発動させる直前のポーズで止まっていた。
「師匠! ストップストップ! 俺、まだ何にもされてないから!」
「レオ……。ですが、この女たちは……」
「良いから、行こう行こう! これ以上いたらもっと面倒なことになるから!」
警笛を吹く音がする。
鎧を着た兵士たちが歩く足音も聞こえてきた。
おそらく俺が連れ攫われるのを見て、誰かが通報したのだろう。
目撃者の証言もあるだろうし、お姉さんたちはそれ相応の罰を受けることだろう。
俺たちが私刑をする必要はない。
デカいたんこぶが頭に出来ればもう充分だ。
俺は師匠の背中を押して、その場から急いで離れた。