清算したい男 前編
除霊後の話
「話は、まとまったようですね」
私が椿と握手をしていると、襖の向こうから厳格そうな硬い声が聞こえてきた。襖が開き、声を発した人物が入ってくる。その人物は、白髪の歳を重ねた女性であった。背筋がピシッと伸びた女性からは何故だか圧力を感じ、こちらの背筋も思わず伸びてしまう。
「お婆さま」
椿の思わずといった声で、私は漸くこの人物の正体を知り、そして同時に私が今いる場所も理解した。頭の痛さで考えていなかったが、ここは東満星神社だ。
そしてこの人が東満星神社の宮司、東福天音。
現役時代、伝説の霊媒師と呼ばれていた天音さんは、今では東満星神社で霊媒師の師範と活躍しており、優秀な霊媒師を世に輩出している。未だにテレビで取り上げられているので、私も名前は知っていた。初めて生で見たが、流石伝説の霊媒師、凄まじい圧力だ。
「椿さん、帰ってきたのなら報告をするようにといつもいっているでしょう」
「申し訳ありません。少しバタバタしていまして、報告が遅れてしまいました」
「言い訳は結構。それに、其方は? 此処には、無闇矢鱈に他人を入れないようにといっているでしょう」
天音さんの鋭い目線が飛んできて、ビクッとする。ちょっと怖い。
そんな私を知ってか知らずか、椿がスッと立ち上がった。
「この方は、要視霊さんです。私の助手を今日から引き受けてくれることになりました」
「あら、この方が要さん」
私は、天音さんに値踏みするような目つきで、ジロジロと見つめられて居心地の悪さを感じる。
「あの、要視霊と申します。少し体調を崩して、椿さんに介抱してもらってました」
「介抱、ですか。大方、除霊に付き合って気を失ったというところでしょうか。椿さん、この方、除霊に向いていないのではなくて?」
「助手は、自分で決めていいという約束でした。私が選んだ助手を悪くいうのはやめてください」
「私は事実をいっただけです。貴方が選んだのなら、私は何もいうつもりはありません。只、悪霊に呪い殺されるなんて醜態は晒さぬように」
「承知しています」
「なら結構。椿さん例のものを持ってきてください」
「はい、失礼します」
椿はそういうと、一礼して部屋から出て行った。私はというと、天音さんと二人きりにされて気まずさから俯いてしまう。天音さんは、私の隣にゆっくりと座る。
「貴方もですよ。今回は、椿さんがいたから意識を失うだけで済みましたが、これからはもっと危険なことも起こります。自分の身くらい自分で守れるようになさい」
「は、はい」
天音さんは、それだけいうと何も言わなくなってしまい、その姿が数分前の椿と重なる。矢張り家族、少しの動作が似るのだろうか。
私が気まずさを感じた頃、漸く椿が帰ってきてほっとする。その手には、黒いお盆のようなものを持っていた。
「持ってきました」
「此方に」
椿は、天音さんの隣にお盆を置くと、自身も正座で隣に座る。私も、雰囲気に押されて布団の上に正座する。私の様子を見た天音さんが、お盆の上に置かれた物体に手を伸ばす。
それは、椿が除霊していた時に付けていた髪飾り、謎の緑色の物体が付いたものだった。
「手を出しなさい」
「こ、こうですか?」
私が、両手を差し出すと、手の上に髪飾りが置かれた。
「貴方が霊媒師、東福椿の助手になることを認める。自分の力を過信せず、世のため人のためになるように精進なさい。この髪飾りは、魔除けの効果もありますから、除霊の際は必ずつけておくように」
「わかりました」
「宜しい。では、私はこれで失礼します。椿さん、視霊さんを見送ってから、報告をしにくるように」
「わかりました」
天音さんは、来た時と同じようにさっさと部屋から出て行ってしまった。私は、どっと肩の力が抜けるのを感じて、はぁとため息を吐いた。隣からも、ため息が聞こえ、振り向くと椿が同じように肩の力を抜いていた。
「椿も、緊張することがあるんだね」
「貴方は、私のことを何だと思ってるのかしら。私だって、緊張くらいするわよ。それより、その髪飾り毎日つけていて随分と気に入っているようだけど、除霊の時は今渡したものをつけてくるようにしなさいね」
私は、自分の頭についている白い花の付いた髪留めを触りながら、これを付けれないのは残念だなぁと考えていた。
これは、柚子葉とお揃いで買い、どんなときでもこれを付けて生活していた。柚子葉も付けてくれていて、お揃いであることが当たり前だったから、除霊のときだけ付け替えるというのも違和感がありそうだ。
「そっか、これ、柚子葉とお揃いなんだ」
「なら、尚更、汚れないように除霊にはつけてこないことね。それから、クスノキの髪飾りは除霊のとき以外にも常に側に置いておくようにしなさい」
「クスノキ?」
「今渡した髪飾りについてるでしょう? クスノキの葉っぱ」
「えっ、この緑の物体?」
「何いってるの? どう見ても、クスノキの葉っぱじゃない。私の力作よ」
ふふんと得意げな顔で、言っているが、この緑色の玉みたいのは、どう頑張っても葉っぱには見えない。しかも、これ力作とか何とかいってたから、もしかしなくても椿の手作りなのだろう。
‥‥‥椿って不器用なんだなぁ。小学生に作らせた方が上手いんじゃないだろうか。
その思いは、どうやら私の顔に出ていたらしく、椿は途端に不機嫌顔になり睨みつけてくる。
「貴方、何か失礼なこと考えてるわね。いいわよ、寝首を掻かれても知らないから。気に入らないようだけど、肌身離さず持っていなさい」
「寝首を掻かれるって、霊に? 怖いこというね」
「冗談じゃないわよ。この業界で、寝ている間に殺されそうになった人は、何人もいる」
「‥‥‥寝るときは、絶対隣に置いとこ」
「そうしない。貴方、元気になったのなら、家に帰ったほうがいいわ。家族が心配してるんじゃない?」
「あっ、そうだった。何もいわないで、出てきちゃったんだ!今何時?」
「もう、二十一時なるわよ」
「えっ!? もうそんな時間!」
私は、鞄の中の携帯電話を取り出すと、慌てて時間を確認する。椿の言った通り、二十一時を少し過ぎたところだった。母親からの膨大な量の着信履歴が、心配をかけたことを物語っていた。
「ごめん!椿、帰らないと」
「そうした方がいいわ。一人で帰れるわよね?」
「うん! 布団、貸してくれてありがとうね! また明日、学校でね」
私は、引っ掴むように鞄を持ち上げると襖を開け廊下を怒涛の速さで走ったのだった。
家に帰り、助手のこと、除霊のことを話すと親にこっ酷く叱られてしまった。それから、遅くなるときは連絡するようにと約束を取り付けられた。
もう少し遅かったら警察に捜索願いを出すところだったらしい。
私は、この話を聞いて次からは絶対に連絡を忘れないようにしようと、強く決意したのであった。
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