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彼女は何も視たくない ⑥

「遅いわよ」


私が、現場に着いた時の椿の一言である。


「‥‥‥そもそも、来るなんて言ってないのに、よく待ってたね」

「事実、貴方は来たじゃない」

「そうだけど‥‥‥来なかったら、どうするつもりだったの」

「いえ、貴方は絶対に来たわ。だって、貴方の人に嫌われたくないって思いは、異常だもの。私にすら、無意識に嫌われたくないと思ってるから絶対に来ると思った」


確かに、私の性格的にはそうかもしれないけど、そんな風に言われると少しムッとして、拗ねたように言葉を返す。


「そうかもしれないけど、今回は、助手に来たわけではなくて、只謝りに来たのよ。さっきは、言い過ぎた、ごめんなさい」


すると、椿さんは少し考えたような顔をした後に、口の端を若干引き上げた。それは、よく見ていないと違いに気がつかないほどの変化であった。


「私、凄く傷ついたわ。あんな風に、人にいわれたのは初めて‥‥‥本当に反省しているなら今からやる除霊、助手として手伝いなさい」

「‥‥‥貴方って、案外強かだね」

「あら、許してほしくないの?」

「はい、はい、もうここまで来たら手伝いますよ」


私は、半ばヤケになり応えた。ここに来たら、手伝わされることになるのはわかっていた。それを承知できたのだ。

もう、幽霊でもなんでもドンと来いだ!


「じゃあ、私は着替えるから」

「ちょっと、ちょっと、着替えるってここ外だよ」

「わかってるわよ」

「わかってないよ、こんなところで着替え出さないでよ‥‥‥って、それなに?」

「あら、これも知らないの?」


椿さんは、誇らしげにそれを広げると、ふふんと鼻を鳴らすようにして自分の身体に押し当てた。


「割烹着よ」

「私だって、割烹着くらいは知ってるよ。でも、それをなんで今ここで出してるの?」

「除霊のときの礼装だからよ」

「いやいやいや、いくら除霊に疎い私でも、それは嘘だってわかるよ」

「私の礼装は、これなのよ」


そして、椿さんはトレーナーに黒のチノパンの上から割烹着を身につけると、更に後ろからデッキブラシを取り出した。見た目は、完全に清掃員である。


「本当に、その格好で除霊するの?」

「そうよ、割烹着はいいわ。家事も掃除も除霊もできる。それに、デッキブラシは幽霊との物理的距離を保つことができるわ」

「それで、除霊してるのは椿さんだけだと思う」

「そんなことより、貴方こそ制服のままなんて汚れるわよ?」

「急に思いついて来ちゃったから、仕方ないでしょう」

「まあ、いいわ」


そういうと、椿さんは長いストレートの髪を後ろに束ねると、緑色の塊がついた髪飾りで髪を縛る。謎の髪飾りのおかげで、益々不恰好になる。


「さぁ、遊びはここまで、そろそろ、出てくるわよ」


椿さんが、そう話した瞬間に気配がして振り向くと、道路を渡った反対側に黒いモヤを背負った女が一人立っていた。白いワンピースを着た女は、髪の毛と俯いているせいで顔が全く見えなかった。私が見ていることに気がつくと顔を上げた。

しかし、その顔は、顔と認識できるところはなかった。口と思わしきところからは、話に聞いていた通り、内臓のようなものが飛び出しており、目や鼻はぐちゃぐちゃで認識できない。よく見れば、白いワンピースは血に汚れている。そして勿論、膝から下はなかった。

目がどこかもわからないのに、何故か此方を見つめてきていることがわかった。私が動かないでいると、女は口元をにぃと釣り上げた。


ゾッとした。


久々に幽霊をしっかりと見たせいもあるのか、金縛りにあったように動けない。怖くて、気持ち悪くて仕方ないのに、目線すら動かすことができず、隣の椿さんに伝えることもできないのがもどかしかった。

だが、流石は霊媒師といったところだうか。椿さんは、私の様子がおかしいことを察して幽霊がいることを認識したようで、にこりと好戦的な笑みを浮かべた。


「ふふっ、やっと、現れたわね。私だけのときは、全く出てこないのだから困ったものだわ」


椿は嬉しそうに話しているけど、私はそれどころではない。私が動けないうちに、霊はどんどんと近寄ってくる。震えが止まらない。ガタガタと歯を鳴らしているだけで、声が発せず今目の前にいることも椿さんに伝えることができない。

伝えないといけないのに‥‥‥そう思っていると、小さくて高い声が耳に響いた。


「貴方、視えているでしょう」


霊の声だ。私は何も答えられない。


「貴方、とても怖がっている。もっと怖がって、もっともっともっと怖がって」


霊の声しか聞こえない。脳に直接話しかけられているような感覚に、何も考えられなくなる。

不意に浮遊感を感じた。はっと前を見ると、霊に両脇から手を入れられ向き合うように、持ち上げられていた。

なんだ、何のつもりだ。


「貴方にも、痛みを教えてあげる」


その体制のまま、車道に出て行こうとする幽霊に怖くて抵抗することができない。そんな私の足を後ろから誰かが、引っ張ってくるような気がするが、その手も離れてしまう。

こんなに怖いのに、怖すぎて身体が動かない。頭がぼーっとする。


「車、当たると痛いの」


霊は、私を抱えたまま車道の真ん中で止まる。ビーッというクラクションの音が聞こえ、後ろを向くと黒いワンボックスカーが走ってくるのが見えた。

このままじゃ死ぬ、そう思った瞬間、ぼーっとしていた頭が急に冴えると同時に椿さんの声が聞こえてくる。

椿さんは、いつの間にか私のすぐ隣にいて、私の手を引っ張っていた。それは、骨が折れるんじゃないかというほど強い力であった。


「視霊! 視霊! 核を掴んで! 場所さえ分かれば、貴方を助けられる! はやく!」

「核って‥‥‥」

「一際黒くて球体状のものよ!」

「でも、こんなの‥‥‥」


触りたくない。


「触れないと、貴方轢かれるわよ! それでもいいの」


後ろを向くと、さっきまで遠くにいた車が近くまで来ていた。このままでは、椿さんのいっていた通り本当に轢かれる!

ええい! 死ぬよりマシだ! 触るしかない!

私は決意して、真っ黒い核の部分を鷲掴んだ。


すると、私の意識は遠のく。

意識を飛ばす寸前に見たのは、デッキブラシを構えた椿さんの姿であった。





◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉


白いワンピースを着た女性が、俯きながら泣いている。悲痛な叫び声は、見ているだけで此方も悲しくなってくる程だ。

女性は、私の視線に気がつくと、涙で濡らした顔で私をじっと見つめてきた。素朴で、静かそうな女性だった。とても、悪霊になるような人には見えない。


「最初は、只あの子を見つけたと思って車の中を覗き込んだだけだったの。でも、運転手の人の怖がる顔を見たら、嬉しくなってしまった。それを繰り返していくうちに、こんな風になっちゃった‥‥‥もう、自分では止められないの。このままでは、貴方を殺してしまう。お願い、助けて、お願いだから。もう、終わらせて」


私は、突っ立ったまま女性を見つめていたが、しゃがみ込み女性を抱きしめた。霊を怖くないと初めて思った。


「大丈夫、きっとあの子が終わらせてくれる」


その瞬間、女性の後ろから光が差し込んだ。眩しくて、思わず目を瞑る。


「安らかに逝きなさい」


その愛想のない声は、聞き間違うはずもないあの子の声であった‥‥‥





◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉


次に目が覚めたときには、私は布団で眠っていて、視界には知らない天井が見えた。まだ、目覚めきっていない頭を横に傾けると、椿さんが正座で私を見下ろしていた。

何もいってこないところを見ると、眠っているようにすら見える。


「体調はどう?」

「えっと、頭が痛いかな」

「そう、無理もないわ。悪霊の核を掴んだのだもの。良くなるまで、此処で休んで行きなさい」

「そういえば、あの霊は?」

「無事に除霊できたわ。貴方のおかげよ」

「‥‥‥そっか」

「それで、貴方は幽霊じゃないわ」

「はっ?」


椿さんの唐突な話に、感慨深くなっていた頭もクエッションマークで埋まる。


「だから、貴方を幽霊だと言ったこと撤回するわ」


そういえば、屋上でそんなことを言われたような気がするが、衝撃的な出来事ですっかり忘れてしまっていた。


「もしかして、謝っている?」

「自分が、言ったことを間違っていたと認めてるだけよ」

「貴方って、本当に不器用だね」

「貴方に言われたくないわ。それで、助手の話だけど、受けてくれるわね?」

「もう、しつこいんだから‥‥‥はあ、なんかもう面倒くさくなってきた。いいよ、やってあげる。そういわないと、貴方ずっと付き纏いそうだしね。でも、これは貴方のためでも、他人のためでもない。自分のためだよ。幽霊を克服するため‥‥‥それでもいいっていうなら、引き受けるよ」


私がそういうと、椿さんは人の悪そうな笑みを浮かべた。


「そうこなくちゃ! 除霊は、自分本位にやるものよ。これから、よろしく頼むわ、視霊」

「こちらこそ、よろしく椿さん」

「椿でいいわ」


拗ねたような言い方に、私は思わず笑ってしまう。


「椿、よろしくね!」


私が手を差し出すと、椿も手を握り返してくる。


何かが変わる、そんな予感がした。

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