リミッター ②
私は、ここに来たときから思っていた疑問を投げかけた。話に夢中で忘れかけていたが、二人の関係が全く予想できない。
「櫻子さんは、この学校の卒業生でね。私は、彼女が属していた演劇部の顧問だったのよ」
「在学中の頃から、春風先生にはよく相談にのってもらっていた」
「へぇ〜、そうだったんですか」
「春風先生の判断は正しいと思いますが、一応警察にも相談するべきだと思います」
「貴方たちと調査して、犯人が人間なら相談する」
「悠長ですね。ですが、幽霊が関わっている可能性があるとしたら私たちの領分。依頼としてお受けしましょう」
「ありがとう。頼りにしているよ」
「要さん、東福さんよろしくね」
春風先生と櫻子さんが揃って頭を下げる。椿はその二人を見ているのかいないのか、顎に手を当てて何かを考える素振りをした。
「犯人を特定するには、誘き出す必要があるわね」
ボソッと話していた椿が、私の方を見つめてきた。
「なんか、嫌な予感がするんだけど」
「貴方、男装しなさい」
「はぁ!? なんで?」
「この犯人は、櫻子さんの熱愛報道に可成り怒っているわ。現に手紙の束にも熱愛報道の件に関することが、全体の七割を占めている。そんな犯人が、櫻子さんと男が歩いている姿を直接見たらどうなるかしらね」
「でも、でも、犯人が必ず見るとは限らないじゃん」
「櫻子さんは、初めにストーカーと言っていたでしょう。普段から視線を感じるのよね?」
「嗚呼、その通りだ。家が特定されているらしくて外へ出た途端に視線を感じる。それも毎日。その手紙もポストに直接入っていたしな」
「それでよく警察に相談しませんでしたね。早急に対処しないと、命の危険すらありますよ。明日は丁度土曜ですし、調査は明日からにしましょう」
「ってことは、私は‥‥‥」
「委員長に話を通しておくから化粧して貰いなさい。服は、私が用意するわ。櫻子さん、貴方の家の住所を教えてくれませんか?」
椿の言葉に、櫻子さんはメモ帳を取り出して困惑したように住所を書き差し出す。
「私のマンションの住所だ。だが、要さんを囮にして危険はないのか?」
「私が、後ろに控えていますから大丈夫ですよ。体術は一通り習っていますので」
「犯人を撃退するということか‥‥‥それでは東福さんも危ないのではないか?」
「櫻子さん、私は自分にできない事は申しません。貴方は私たちの心配はなさらず、迎えに行くまで家で待機していればいいです。私を信じてください」
「‥‥‥わかった。貴方たちを信じよう。だが、危険ならすぐに逃げてくれ」
こうして終わった打ち合わせで、私はもう二度としないだろうと思っていた男装をすることが確定してしまったのだった。
◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉
土曜日、私は現役人気アイドルの隣を男装で歩くという謎状況に陥っている。勿論、櫻子さんはバレないように変装しているが、これでもストーカーの犯人にはわかるとのことだ。櫻子さんは、早朝に近所を散歩する趣味があるらしく、私はそれに同行させてもらっている。
シークレットシューズを履き、普段よりも十センチほど上がった視界で周りを見渡す。隣から、ふふっという笑い声が聞こえた。
「そんなに警戒しなくとも、後ろには東福さんがいるのだろう。我々は、恋人らしく堂々と振る舞えばいい」
「あ、ごめんなさい。私、緊張してて」
「気にするな。それにしても、本当に男装が似合うな。迎えに来てくれたとき、何処の美人が来たのかと一瞬誰か分からなかった」
「それ、褒められてます?」
私は、頭に着けている短髪の鬘を触りながらいった。拗ねたような口調になってしまい、余計に恥ずかしい。
「最上級の褒め言葉のつもりだ。難しく考える必要はない。私が、美人だと思ったそれだけだ」
「あ、ありがとうございます」
流石、現役アイドル。人を喜ばせるのが上手い。
美しい微笑みに、顔が熱くなってしまう。手で顔を仰いでいると、櫻子さんがスッと目を鋭くした。どうかしたかと思っていると、櫻子さんは急激に私に近づき、自然な仕草で腕を組んできた。
「奴が来た。後ろを付けてくるようだ」
「えっ」
「視線を感じる。恋人に見えるようにしてよう」
「わ、わかりました」
櫻子さんに言われて、私も後ろへ意識を向ける。確かに、後ろから気配を隠そうとしない足音が聞こえてくる。
それでも、何も仕掛けてくることはなく数分。そのときは突然やってきた。後ろでガタガタと何か音がしたと思うと、クソビッチが! という品のない叫び声がした。
櫻子さんを庇うように、後ろを振り返ると刃物を持った男が顔を真っ赤にして怒っていた。今にも、此方に襲いかかってきそうな様子に冷や汗が出るが、それでも櫻子さんを守ることの方が重要だと判断した身体はそこから逃げる事はなかった。いよいよ男が走り寄ってきても、私の足は動くことなく櫻子さんを庇い続ける。怖いと庇う手が震え出したとき、男の前に銀髪を揺らした女の子が躍り出る、椿だ!
椿は、男のナイフを蹴り上げるとそのまま腹に一発拳を打ち込む。ゔっという鈍い呻き声とともに男がぶっ倒れる。すかさず、ナイフを遠くへと蹴り飛ばして、男の両手を後ろに縛り上げた。見事なまでの手つきだった。体術が得意だとは聞いていたが、真逆ここまでの腕前だったとは驚きだ。
「二人とも無事ね」
「あ、嗚呼、ありがとう。東福さんのお陰だよ」
「驚いた。こんなに強かったんだ」
「言ったでしょう。体術には自信があるの」
私たちが話していると、状況を理解したらしい男が櫻子さんを見て騒ぎだした。
「お前のせいで! お前のせいで、いちごちゃんは死んだんだ! センター盗みやがって! おまけに男とデートかよ。クソ女が!」
「貴方、もしかしていちごのファンの人じゃないか?」
「「ファン?」」
私と椿の声が意図せずに揃った。
「嗚呼、私たちのところによく来てくれるファンの人は顔を認知しているんだ。この人は、いちごの熱狂的なファンのひとりだ」
「‥‥‥つまり、いちごちゃんが居なくなって新たにセンターになったメロンちゃんのことが気に入らなかったってこと」
「センターは、いちごちゃんの位置だ! いちごちゃんだってきっと怒ってるはずなんだ! だから、こっちに戻ってきてんだろうが!」
「だからといって、いちごの名前を騙って犯罪行為をしていい理由にはならんだろう」
「うるせぇ!」
「視霊、警察へ連絡して。今すぐに」
「うん、わかった」
「おい、ちょっと待てよ! 俺は、何にも悪いことなんてしてない。俺はファンだぞ」
「だから何? ファンだから、客だからといって何をしてもいいなんて事はないわ。貴方、殺人未遂をしたのよ。警察に捕まるのは当たり前でしょう」
すると、男が再び暴れ出した。椿はそれを上から押さえ込むと、男の顔は地面につきぴたりとも動かなくなり、諦めたように泣き出した。仕切りに畜生とボヤいている。
椿は、それになんの反応も見せる事なく抑え続ける。大の男を身体ひとつで押さえつけるなんて、椿は中々の体力の持ち主のようだ。
そうしているうちに警察が到着し、押さえつけられた男を連れて行った。男は最後まで、嫌悪の顔で櫻子さんを睨んでいた。
「彼は、あんな人じゃなかったんだが‥‥‥いちごの死が彼を変えてしまったんだろうな」
櫻子さんがため息をつくように言うと、椿はそれを無視するようにあのと話し出す。
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