文化祭の織姫 ②
文化祭を楽しむ二人。
その教室は、様々な絵画が所狭しと飾られている。普段から部員たちが、一生懸命活動している証のように、絵の具の匂いが充満している。美術室だから、当たり前なといえば当たり前なのだが、やっぱりここまでレベルの高い絵画が並べられていると圧倒される。その中で、三メートル位の大きいパレットに黒のみで描かれた絵画が目に入る。タイトルは、悪霊というらしい。その下の名前を見て、椿の背中を叩く。
「椿、これ大河くんの作品だってよ」
「これが‥‥‥へぇ、見た目よりも大胆な絵を描くのね。悪霊ってこんな感じなの?」
「こんな感じの雰囲気だと思うよ」
「そう、私、幽霊を視たのは初めてだわ」
惚けたような声を出した椿は、ある意味で感動しているような目をしていた。二人で暫く見ていると、椿さん! という嬉しそうな声が後ろから聞こえてきた。振り向かなくてもわかる、大河くんだ。大河くんは、鞄からスケッチブックを出すと、何かを書いて此方に向けてきた。
『来てくれて、ありがとうございます!』
「大河、お疲れ様」
「大河くん、この絵凄いね」
「あれ、その声もしかして視霊さんっすか!?」
「何いってるの? 何処から見ても私でしょうが」
「いや、いや、すっごい美形が一緒だったから誰かと思ったっすよ。よかったぁ、視霊さんで‥‥‥ライバルかと思ったっす!」
「今日の視霊ちゃんは、一段と華やかだね。でも、僕はどんな視霊ちゃんも美しいと思うよ」
「さっきから気になってたけど、なんで華道くんが一緒にいるの?」
文化祭の日でも、華道くんワールド全開のようだ。私は、華道くんの方を視るとため息を吐いた。
「嗚呼、そんな冷めた目で見つめないでくれ視霊ちゃん、ドキドキしてしまうよ。大河くんとは、そこで偶々会ってね。幽霊同士、交流を深めていたところさ」
「あら、華道も一緒だったの。視霊、次の所へ行きましょう」
『待ってください。俺の絵見ていってください』
「もう、見たわよ。貴方、凄く魅力的な絵を描くのね。正直、感動したわ」
椿の珍しい笑顔に、大河くんは顔を真っ赤に染める。
『褒めてもらって感無量です! 今回の作品は、墨だけで描いた自信作です』
「なるほど、大河くんは椿ちゃんのこういうところが好きなんだね」
「華道さん、そんなはっきり言われると恥ずかしいっす!」
「恋は人を美しくするね。素晴らしいことだ」
「あれ、大河くん、椿のこと華道くんに話したんだ」
「嗚呼、馴れ初めも聞かせてもらったよ。これもまた素晴らしかった」
「私ですらまだ聞いてないのに! ねぇ、椿にはいわないからさ、私にも聞かせてよ」
「視霊、貴方の声は聞こえてるわよ」
私は、椿の言葉を無視すると大河くんに内緒話を聞くように近寄る。私だって、色恋沙汰の類は気になるし、それが親しい人の話なら尚更だ。
「大河くん、君の素晴らしい話を聞かせてあげてくれ」
「で、でも、恥ずかしいっす」
「そこをなんとか」
「僕ももう一度聴きたいな」
「‥‥‥椿さんには、絶対に話さないでくださいっすね」
「約束する!」
そんな私の返答に、椿は何かを察したのか不服そうにして、大河くんはモジモジしながら話し出した。
「俺が椿さんと出会ったのは、公衆トイレなんっす」
「うん?」
「俺、そのときこっちに戻ってきたばっかりで意識が朦朧としてて、ぼっーとしながら公衆トイレに何となく入ったっす。そしたら、鍵閉め忘れてたみたいで、椿さんが入ってきて」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って、大河くん女子トイレに入ってたの?」
私の声だけ聞こえた椿が、ゴミを見るような目で大河くんのいる方向を睨んだ。
「誤解っす! 男女兼用トイレっす!」
「あっ、そっか。よかったぁ」
「そしたら、急に椿さん目の前で脱ぎ始めて、俺ほんとに吃驚して慌てて目を閉じたんっすけど、その、あの、用を足す音だけは聞こえてきて、椿さんが出ていくまでその場を動けなくて‥‥‥それから、何故だか椿さんの姿が頭から消えなくなってもしかしたら好きになっちゃったのかもって‥‥‥」
「‥‥‥」
「何度聞いても素晴らしい! 出会いがとてもロマンチックだ。トイレが恋を引き起こすだなんて、後世に語り継ぎたいくらいだよ。僕は、大河くんの恋を全力で応援するよ」
「華道さん!」
二人が盛り上がってる中、私は椿にはこの話を絶対にしないと決意していた。
「‥‥‥椿、次のところ行こうか」
「なんか、どっと疲れた顔になったわね。まぁ、いいわ。次は何処へ行く?」
「決まっていないなら、華道部に寄っていってくれないかい」
此方の話も聞いていたらしい華道くんが、お手本のような笑顔で手を差し出していた。
華道くんに誘われて行った華道部の教室には、沢山の女の子たちで溢れかえっていた。華道くんの登場に、より一層賑やかになった女の子たちは雪崩れ込むように彼の元へとやって来る。
「この後、目の前で花を生ける生花ライブがあるって聞いて来たんですけど本当ですか?」
「嗚呼、そうだよ。丁度、今からやろうかと思っていたところさ」
「えっ、そうだったんだ」
「だから、君たちを呼んだんだよ。是非、見て行ってくれ」
すると、華道くんは部員と思われる男の子から、準備できたぞと声をかけられる。それにありがとうと返し、黒板の前に用意されている特設ステージへと歩いていく。それに伴い、目の前にいた女の子たちも道を開けている。堂々と歩いていた華道くんは、思い出したように私たちの方を振り向くと、君たちには最前列で見て行って欲しいなと言い放った。
華道くんの言葉で、観客の女の子たちは私たちを一番前へと譲ってくれた。私も椿も、貴方たちの方が先に来ていたのだから申し訳ないといっても、華道くんの希望だからと前へと押しやってくれた。
華道くんの生花ライブは見事なもので、芸術に全く詳しくない私でも見惚れるほどに洗練された動きをしていた。ひとつひとつの花の美しさを際立たせるような生け方は、私でなくとも見惚れてしまうことだろう。
ライブは、いよいよ終盤に差し掛かり最後の一本を生けると観客によく見えるように位置を整える。華道くんの手が止まったことで終わりを察した観客たちが、手を弾くように叩き始めた。私も、それに釣られるように呆然と手を叩く。生花ライブは初めて見たが、中々に面白かったし美しかった。それは、椿も同じだったようで惚けたように花を見つめている。
華道くんは、それに応えるように一礼すると、せっかく作った作品のなかから一本花を取ってしまう。そして、私の方へと歩み寄ってくるとその花を差し出してきた。
「へっ?」
「これは君に」
「でも、これ其処に生けた花でしょう? 私が貰っていいの?」
「この作品は、君にこの花を渡すことで完成するんだ。作品のことを考えるなら、貰ってくれないかい?」
いつものように笑顔だが、心なしか硬い表情をしているようにも視えた。
「‥‥‥なら、ありがとう。これ、なんの花?」
「竜胆だよ。君に似合いの花だと思ってね」
「へぇ、綺麗だね」
花を受け取った途端、若干黄色い声が聞こえてきた気がするが気のせいだろう。椿は、私が持っている花をじっと睨め付けるように見つめると溜息を吐いた。
「貴方、何でもかんでも貰うの気をつけた方がいいわよ」
「何でもかんでもって人を乞食みたいに‥‥‥」
「トイレに潜んでる優男からの贈り物なら特に」
「椿ちゃんは手厳しいね」
そんな話をしていると、外が急に騒がしくなる。きゃあ! という悲鳴を聞き、椿が廊下へと飛び出す、私は華道くんと顔を見合わせると椿を追いかけた。
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