彼女は何も視たくない ②
いよいよ、今日から本格的に授業が始まる。最初の授業は、担任の担当科目が振り分けられているらしく私たちは生物だった。正直、初日の一限目に生物なのは勘弁してほしい。まだ始まってもいないのに眠気が襲ってくる。
しかし、そんな私の思いは届かず無常にも、授業開始時刻になってしまった。
「それでは、今日は高校生活初めての授業ということで私の得意分野であり、皆んなにとっても馴染み深い霊感について話していきますね。今日は、お試し授業みたいなものだから肩の力を落として聞いてくれれば良いですよ」
霊感か‥‥‥春風先生、初日の時も力を入れてるって言ってたなあ。余程好きなのだろう。
「霊感にレベルがあることは、皆さん知っていますよね。でも、今日は基礎ですから其処からやっていきましょうね。それでは‥‥‥要さん、どのようにレベル分けされているか答えてください」
突然当てられて、慌てて席を立つと、私にクラスメイトの視線が一気に集まり緊張する。あんまり聞いてなかったのが、バレたのかなあ。
えっと、霊感のレベルって言ってたっけ?
「‥‥‥一級霊感、ニ級霊感、三級霊感、それから無霊感に分けられます」
「はい、その通り。眠いかもしれないけど、授業はしっかり聞くようにね」
「すみません」
クラスから少し笑いが起きる。着席すると、隣の男の子に災難だったなと慰められてしまった。恥ずかしすぎる。
「要さんが、言った通り霊感は四種類に分けられています。三級霊感は、霊の声のみ聞くことができ、ニ級霊感は、声も聞け姿も視える。更に一級霊感は、それに加えて悪霊か善霊かを見分ける力があります。そして、無霊感は、全く霊を視ることが出来ません。気配を感じることもありません。近頃では、無霊感の割合は年々少なくなっており今では2%程じゃないかといわれてます。また、霊感のレベルが高いほど霊媒師に向いているとされています‥‥‥悪霊を見抜く力は除霊に適していますからね。これは、基本中の基本ですから皆さん知っていると思いますが、基本だからこそ覚えておくようにしてくださいね。それでは教科書の九十五ページを開いてください」
春風先生の言った通りに教科書を開くと、其処には、容姿端麗で藤色の髪を片側に流した中性的な顔立ちをした幽霊の写真が載っていた。男の子は、アイドルのようにキラキラした笑顔で写真に映っていた。
「最後に、学園に暮している幽霊を紹介して終わりにしましょう。この子は、トイレの華道くんと呼ばれていて、この写真は、毎年一年生を集めて開いている歓迎会の様子です。最初の授業に毎年紹介するようにしているんです‥‥‥そういえば、今日の放課後に多目的室で、歓迎会を開くそうですよ。興味がある人は行ってみてね」
そう締め括ると授業終了のチャイムが鳴る。春風先生は、教科書を閉じると、今日は終わりと言い教室を出て行った。
学生の休息、十分休みの始まりである。私は、肩を叩かれ後ろを振り向くと眼鏡をかけた秋乃がいた。どうやら、目が悪いらしく、授業のときだけ眼鏡をかけているそうだ。
「ねぇねぇ〜、トイレの華道くんのところ行かな〜い?」
「えっ、秋乃そういうの興味あるんだ」
「実は、大ファンなんだよねぇ〜」
「私は初めて聞いたけど、学校で有名なんだね」
「学校だけじゃないよ〜、華道くんっていったら〜話題の動画投稿サイトで〜ファン数ニ〇〇万人越えの〜超有名人じゃ〜ん」
「へぇ〜、そうだったんだ。どんな動画?」
「歌ってみた動画だよ〜、甘い声で〜思わず聞き入っちゃう〜。毎年、開催している〜一年生歓迎ライブは〜この学校の〜目玉イベントの〜ひとつだよ〜。彼目当てで〜学校に入った子も〜少なくないと思うよ〜?」
「私、歌ってみた動画はあんまり見ないから知らなかったよ。そっかあ、なら見に行ってみようかなあ。う〜ん」
「もしかして〜、あんまり乗り気じゃない〜?」
「いやぁ、そういう訳ではないんだけど‥‥‥柚子葉にも聞いてみるよ」
「そうして〜」
直ぐに柚子葉にも聞いてみると、視霊ちゃんが行くならと了解してくれた。
「やった〜、決定だね〜」
「でもね、秋乃ちゃん、私三級霊感だから正直、華道くんの姿が視えないんだよね。さっきの教科書の写真もわからなかったし」
「そうだったんだ〜私、そんなこと全然考えてなくて〜ごめんね〜。もしかして、視霊も視えないのかな〜?」
「ううん、私は違うよ。視えるから大丈夫」
「そっか〜、さっきちょっと迷ってたみたいだったからぁ〜、そういう理由なのかと思ってたけど〜よかったよ〜。柚子葉〜、声だけは聞こえるから楽しめると思うよ〜」
「そ、そうだね。視霊ちゃんも行くっていうし、私も行ってみようかな」
話がまとった時、椿さんがドンと机を手で叩くようにして立ち上がった。私の二席後ろの席なので、音が近くから聞こえてびっくりする。椿さんは不機嫌そうに私を睨みつけると、教室を出て行ってしまった。騒がしかったクラスメイトたちも一気に静まり返る。少しすると、先ほど以上に賑やかになった。きっと皆んな椿さんの話をしているのだろう。
何か気に触るようなことをしてしまっただろうか。
「びっくりしたね〜、なんか視霊を〜睨んでなかった〜?」
「やっぱりそうだよね。なんか、しちゃったかなぁ」
「で、でも、視霊ちゃんは椿ちゃんと何も話していないし、気にすることないと思う」
「だといいけど」
柚子葉の言う通り、その後椿さんは何も話してくることもなく、無事に放課後になった。その頃になると、私も睨まれたことすら忘れていて、3人で約束していた華道くんのことしか頭になかった。
歓迎会の会場である多目的室に行くと、既に大勢の女の子達がいた。どうやら、華道くんは秋乃の言った通り有名らしい。私達は、後ろの方に座り華道くんがくるのを待った。
大歓声の中始まった歓迎会を、私は立ったまま、只真っ直ぐ華道くんの顔だけを視るようにして過ごしたのだった。
◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉
事件が起きたのは、それから数日経った頃であった。
「要視霊、貴方に話がある」
普段よりも更に目を吊り上げながら、私を睨みつけていた。私はというと、お昼休みに秋乃と柚子葉と一緒にお弁当を食べていた。驚きの余り、食べていた卵焼きを落としてしまった。
というのも、入学してから椿さんは、頑なに他人と話すことなく授業が終わると、一番に教室からいなくなっていた。声を聞いたのは、自己紹介以来である。
「視霊〜、もったいな〜い」
「あっ、やっちゃった!」
クラスの視線が集まる中、落としてしまった卵焼きを拾い上げる。机の上だからまだ食べられるだろうか。
「お弁当は後にして」
「ええっと、話があるなら今ここで聞くけど‥‥‥」
「二人で話したいの。時間は取らせないから」
椿さんは、何か伝えたいことがあるらしく、私の右腕を強い力で掴んできた。その必死さを無下にすることもできず、仕方なく席を立つ。
「少し椿さんと話してくるね。ご飯先食べてていいから」
「いってらっしゃ〜い」
「き、気をつけてね視霊ちゃん」
二人に見送られつつ、連れてこられた場所は学校の屋上である。屋上には、誰も居らず私達二人だけだ。私は、元々屋上という場所が好きではないので、ソワソワとしてしまう。
「こんな所に連れてきて、どういうつもりかな?」
「彼処で話していたら、困るのは貴方よ」
「どういう意味?」
「貴方、幽霊が怖いのでしょう」
「い、いきなり何を言って‥‥‥」
そういいながらも、私は明らかな動揺の色を見せてしまった。
図星だからだ。
私は、小さい頃に幽霊に誘拐されそうになって以来、幽霊が怖くて仕方ないのだ。でも、そんな事を周りにいえば、絶対に変人扱いされる。だから、柚子葉にすら話したことはない。その情報をどうして、椿さんは知っている!?
「誤魔化しても無駄よ。幽霊を恐れていることは、貴方が一番わかっているはず。貴方は、自分が思っているより顔に出やすい。秋乃とかいう女に、トイレの華道を見に行こうと誘われていたとき一瞬断ろうとしたでしょ。でも、断る理由が思いつかず誘われるままに行ってしまった」
「それだけで、怖がっていたとは限らないでしょう。初めて会う幽霊に緊張するのは、普通のことだよ」
「他にもあるわ。貴方は、どんな相手に対しても真っ直ぐ目を見て話す。今も、歩く時もそう。それは、足を見ない様にするためよ。霊の特徴は足がないこと。足さえ見なければ、霊と認識しにくい」
「違う!」
「違くない。今だって、ここに来て、顔を顰めたのは屋上には飛び降り自殺した霊が多いからよ」
もう何も言えなかった。
だって、全部その通りだから。でも、認めたくなかった。今まで一度だって、幽霊を恐れている事を悟られたことはなかった。それくらい私は周囲に馴染んでいた。
椿さんは、私を最初に睨みつけたときから怪しんで、観察していたんだ!
「‥‥‥私が、幽霊を怖がっているとして、それがなんだというの?皆んなに言いふらすって、脅すつもり?」
「違う、私はそんなくだらないことしない。私は、貴方に助手になって欲しいだけ」
「えっ?」
「貴方の幽霊嫌いを買って、貴方を私の助手に任命するわ」
自信満々に彼女が言い放った言葉を、このときの私は何一つ理解できなかった。
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