嫉妬 ③
もう少し続きます。
職員室を出てきた私たちは、学校を出て大河くんの家までの道を歩んでいた。徳永先生の、泣き笑いのような顔がどうしても忘れられない。幽霊は、元々人間だ。だから、家族がいて残された人たちのなかには、受け入れられなくて幽霊になっても戻ってきて欲しいと思っている人がいるのは知っていた。
いや、知っているつもりだった。それだけだったんだ。実際に、善霊が生前の知り合いと会っているところを目の当たりにすると、こんなに堪えるなんて思っていなかった。これから、ご両親に会いに行き、私たちは大河くんを転生させたいといえるのだろうか。
だって、転生するということは、一旦はこの世からいなくなるのだ。ご両親は、もう一度大河くんを手放す選択をしてくれるのだろうか。
「霊導は、あまりしたことないけどこういう瞬間は何度経験しても慣れないのでしょうね」
「ええ、そうですわね。でも、これが私たちの役目です。どんな理由であれ善霊たちがここに留まることはいいとは思えませんわ。転生できるうちにしたほうがいい」
「わかってます。大河は、必ず私が天へ送ってみせます」
隣で大河くんが思わずといった感じで、好きといっているのが聞こえてしまった。その瞳には、ハートマークが浮かび上がってるように見える。
「大河さん、体調は大丈夫ですの?ご家族に会いに行くのは、無敵先生と会うこと以上に疲れると思いますわ。明日にしても構いませんわよ」
『皆さんに気を遣ってもらっているところ悪いんですけど、自分は正直いってまだ実感が湧かないんです。疲れよりも驚きのが勝ってしまって、だから大丈夫です』
「そうですの。疲れたり、しんどかったりしたら直ぐに仰ってくださいね」
『ありがとうございます』
杏子先輩は、大河くんから目を離すと椿に目を向けた。
「そういえば、椿さんはどうして霊媒師になろうと思ったのかしら?」
「いきなりなんですか」
「気になっただけですわ。視霊さんも気になりますわよね?」
「嗚呼、そういえば聞いたことなかったですね」
「ちょっと、視霊まで悪乗りしないで!」
「いや、本心だよ」
『自分も気になります』
「貴方たち‥‥‥」
椿に睨まれるが、私は気にせずに椿を見つめ続けた。すると椿は諦めたように目を逸らす。
「それを貴方たちにいう必要はない」
「あら、幽霊へのリップサービスも我々の仕事のうちではありませんの?」
「‥‥‥私は、霊導の依頼は極力したくありません。霊を導くにはどうしても生前の知り合いに会わなければならない。霊に同情してしまうと自分の除霊への気持ちが、揺らいでしまうから。揺らいだ霊媒師は弱い。私からいえることはそれだけです」
「まるで答えになっていませんわね。でも、貴方が少し話してくれたお礼に、霊導の先輩からのアドバイスをして差し上げますわ」
すると、杏子先輩は柔らかな笑みを浮かべまっすぐ前を向き直り少しだけ足を早くした。私たちからは、杏子先輩の背中しか見えなくなった。まるで、自分の顔を、私たちに見せたくないみたいだった。
「貴方の判断は、賢明であり愚かな選択ですわ。霊導の依頼をどれだけ避け続けても、霊媒師を名乗る以上避けては通れない道です。貴方は、同情しないように依頼を避けるのではなく、善霊たちに触れても同情しない精神力を鍛えるべきだと私は思います」
「‥‥‥先輩の言葉として、心に留めておきます」
そんな話をしているうちに、大河くんの家にいよいよ着いたのだった。
私たちは、暫しの間緊張してインターホンを押さないでいた。そんな姿を見て、杏子先輩は、ため息を吐き椿に話しかける。
「椿さん、貴方が押してください。貴方の依頼人でしょう?」
「わかってます」
椿は、意を決したようにインターホンを押したのだった。すると、直ぐに返事が返ってくる。ノイズがかった音でも、穏やかそうな人だと想像できるような声だった。
「はい、どちら様でしょうか」
「私、東福椿と申します。霊媒師をやっているものなのですけど、町屋大河さんのことで少しお話が‥‥‥」
椿が全てを話し終える前に、勢いよく扉が開いた。危うくぶつかりそうになったが、反射で避ける。だが、扉から出て来た女性は私たちのことがまるで見えていないとばかりに、大河くんへ抱きついた。
「大河、本当に帰って来てくれたのね。嬉しい、私たちはね、貴方が戻ってくるってずっと信じていたの」
「えっと‥‥‥」
「おかえり、大河」
「あの、ごめんなさい。俺、生前の記憶がなくて、その」
「‥‥‥そうなの、仕方ないわ。でも、いいの。貴方がここへ来てくれただけでいい。さあ、中へ入って。貴方たちも、どうぞ中へ」
女性──恐らく大河くんのお母さんと思われる人は──瞳を潤ませながら私たちも家の中へと招いてくれた。
「ごめんなさいね。お客さんが来るってわかっていたら、片付けていたのだけど」
「お気遣いなく。私たちの方こそ、突然お邪魔してしまって申し訳ありませんわ」
「あら、いいのよ。大河を連れて来てくれたんだもの。ありがとう」
家の中は、ダイニングテーブルとソファーが置いてあり、隣の部屋は和室になっていた。そこは、どうやら仏間になっているようで、仏壇が置いてあった。大河くんの写真も飾ってあり、彼が死んでしまったことを明確に表していた。
「今、お茶を入れるからね。そこのソファーにでも座って。大河もお茶入れるの手伝ってくれる?」
「あっ、はい」
私たちは、言われた通りにソファーへ座らせてもらった。そこで、知らずに肩の力が抜ける。横を見ると、椿もため息をついていた。
「あれだけ、お母さんが喜んでいると、なんだか話しにくいね」
「そうね。でも、しっかりと話し合いをしておかないと、後々トラブルになっても困るわ」
「ええ、その通りですわ。私たちは、お茶を飲みに来たのではありませんもの。視霊さんも、助手ならそんな不安な顔をするものではありませんわよ」
「そうですよね‥‥‥」
私が背筋を伸ばした時、台所から二人が戻って来た。
「お待たせしました。お菓子もあったから、遠慮せずに食べていってね」
「ありがとうございます」
「それで、話があるって言ってたわよね。ええっと、椿さんだったかしら」
女性は、お茶を配り終えると、そういいながら席へと座った。
「えぇ、話の前に、貴方は大河さんのお母様ということでよろしいでしょうか?」
「あら、やだ。私ったら、自己紹介もせずにごめんなさいね。大河の母の町屋巴です」
「巴さん、改めまして私は霊媒師の東福椿。助手の要視霊、それから進導杏子です」
私たちは、椿の紹介に合わせて会釈する。
「では、改めて巴さん、単刀直入に申し上げます。今回、此方に伺ったのは大河さんを転生させるために、彼の未練を探りたいと思ったからです。彼が此方に帰って来たということは、何かしらの未練があって転生できなかったということですから」
「つまり、貴方たちは霊導師ということですか?」
「そんなところです」
「なら、大河を置いて出ていってください」
巴さんは、泣きそうな声で言い放った。先程までの歓迎の色は、そこには無かった。
「私は、大河が戻って来てくれただけで満足なんです。転生を望んでいるわけではありません。このままの大河がここにいる。たとえ、転生するとしても、もう一度手放すなんて無理です。それに、転生すればもう私の息子ではなくなる! お引き取りください」
「巴さん、もう少しだけ話を聞いてください」
「話すことはありません。お引き取りください!」
巴さんが、悲鳴のような声を上げた時、玄関の方から誰かが慌てて走って来た。
「おい、どうしたんだ、大声出してっ!‥‥‥大河、お前戻って来てたのか」
そこには、一人の男性が目を見開いて立っていた。巴さんのあなたという声で、彼が大河くんのお父さんだということがわかった。
椿が、大河くんのお父さんに、大体のことを話す。彼は、椿が話している間ずっと目を閉じていた。話し合えると、ひとつ頷き椿の方を見つめた。
「俺は、大河が転生したいというなら、転生させてあげたいです」
「あなた!」
「巴、これは本人が決めるべきことだと俺は思うよ。確かに、大河は俺たちの子供だけど、俺たちが所有しているわけではない。大河には大河の意思がある。大河、お前はどうしたいんだ」
そして、全員の目線が大河くんに向く。巴さんは、祈るような目線で彼を見ていた。
「俺は‥‥‥今の姿のままでも不自由は無いし、正直このままでもいいかなって思ってたっす。でも、ある人に出会って、俺やっぱり人間としてもう一度生きたいって思って、だから、母さんごめんなさい。俺、転生したいっす!」
大河くんが、思い切り頭を下げると巴さんは、泣き崩れた。そんな、巴さんを支えるように旦那さんが支えた。
「東福さんと言いましたよね。大河をよろしくお願いします」
「わかりました。後悔はさせません。必ず、良い結果をご報告してみせます」
椿の目は、闘志に満ち溢れていた。そこには、除霊するときと同じような顔をしたひとりの霊媒師の姿があった。
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