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老いた英雄は栄光の道を逆走する  作者: 昼熊
一章

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戦い方は人それぞれ

「うごっ⁉」


 頭を激しく打ち付けた衝撃で目が覚めた。

 脳天をさすりながら寝床から上半身を伸ばし、下を覗き見る。

 俺のいる場所は馬車の上部に備え付けられている寝床だ。御者席の上に位置するので上半身をぶら下げた状態になり、視界が逆さまになっている。


「すみません、起こしてしまいましたか」


 昨日ぐっすり眠ったバージンが今日は御者担当で、いつもの笑顔を顔に貼り付けたまま、申し訳なさそうに頭を下げた。


「急停止したみたいだが、何かあったのか?」

「モンスターが道を塞いでいるようでして。ちょっと、どけてきますね」


 逆さ状態のまま進路方向に視線を移すと、道路を遮るように何かが寝転んでいる。

 巨大な牛のように見えるが、距離がありすぎてハッキリとはわからない。

 寝床から下りると、スマイルはまだ眠っているようだが他の連中は全員起きていた。


「じいさん、何かあったのか?」

「モンスターがいるみてえだな。心配すんな、とっとと片付けてやるよ」


 あたふたしているダリルイの頭をポンポンと軽く叩き、御者席にいるバージンの隣に身を乗り出す。


「ありゃ、牛頭鬼か」

「そのようですね。優雅にお昼寝中のようですが」


 道路に寝そべっているのは角の生えた牛の頭に人間の体をしたモンスター、牛頭鬼。

 身長は三メートルを超える巨体で体は筋骨隆々。隣の筋肉バカよりも肥大した筋肉の塊だ。


「筋肉は大きくすればよい、というわけではないのです。無駄をそぎ落としたうえで筋肉を磨き鋼の肉体を手に入れる。はああああぁぁぁっ、彼はわかってませんね。あれではただの無駄筋ですよ」


 バージンは頭を激しく振り、わざとらしく大きなため息を吐いて、ブツブツと文句を垂れ流していた。

 否定はしているが、態度と言葉の端々からライバル意識が透けて見える。筋肉への異常なまでのこだわりが気持ち悪い。あと、無駄筋ってなんだ。


「何か言いたげな顔をしていますね」

「別に。で、どうすんだ。お前がやらないなら、俺が」

「いえいえ、ここは任せてください。彼に本当の筋肉を見せつけてやりますよ」


 バージンは隣に置いていた盾を背負って馬車を降りると、ためらうことなく牛頭鬼へと歩いていく。


「一人で行かせていいのかよ! 牛頭鬼ってかなり強いモンスターだったよな⁉」


 俺の背後にやって来ていたダリルイが、服を掴んで激しく揺らしてくる。


「最近、三半規管もヤバいから揺らすんじゃねえっ」

「……じいさん、まともなところって残ってるのか?」


 同情したのか、あっさりと手を離した。


「年取れば誰だってこうなんだよ。あれは、あいつに任せておけば安心だ」

「でもよ、防御はあのデカい盾があればいいだろうけど、武器持ってないぞ。まさか、あの盾で殴るのか?」


 ダリルイの言いたいことはわかる。大きな盾を背負っているだけでその手に武器は握られておらず、武器らしき物を携帯しているようには見えない。


「あいつが盾で殴るのも防御するのもあり得ねえな」

「えっ、あれ盾だよな?」


 俺の口にした言葉が理解できないようで、目をしばたかせ盾を持つバージンと俺を交互に見ている。


「盾はともかく、ちゃんと武器はある。よく見てみろ、あいつの手を」

「手? ……なんも持ってねえよ。白と黒の手袋してるだけだろ」

「それだぜ」


 遠目にはただの色違いのグローブを装着しているだけだが、あれがヤツの武器だ。

 肘まで覆っている白と黒の手袋は一見、何の変哲もない代物に見える。だが、あれの素材は布ではなく極細の鎖で編まれている。


「あんな白黒の手袋でどうすんだよ」

「見てればわかる」


 自信満々で言い放つ俺を胡散臭そうに見るんじゃねえ。

 寝転んでいた牛頭鬼は接近してくるバージンに気づくと、大あくびをして面倒そうにゆっくりと立ち上がる。

 バージンもかなりの巨体だというのに相手は更に上回っている。まるで大人と子供のような体格差だ。

 牛頭鬼は首筋をボリボリと掻きながら、足下に置いてあった巨大な鉈のような武器を手に取る。

 それを意にも介さずバージンは距離を詰めていく。


「じいさん、盾を構えろって! 危ねえぞ!」


 大声で叫び、身振り手振りも交えて危険を伝えるダリルイ。

 その声が届いたようだが声援と勘違いしたのか、バージンは振り返ると笑顔で手を振っている。


「バカ! 後ろ、後ろ!」


 慌てて指差す先にあるのは、大きな鉈を振り下ろす直前の牛頭鬼。

 脳天からかち割られる姿を想像したのか、ダリルイが視線を逸らした。

 瞬間、金属同士の激突音と衝撃波が馬車まで押し寄せてくる。

 正面を見据えたまま、隣で目をぎゅっと閉じているダリルイの肩に手を添えて、一言呟く。


「目を開けて確かめてみろ」


 その言葉に反応して、目蓋が恐る恐る開かれていく途中で……一気に限界まで見開かれる。


「えっ、えええええええええええええっ⁉」


 驚愕の視線の先にあるのは、頭の上で手を交差して巨大な鉈を受け止めているバージンの姿。

 ダリルイと同じかそれ以上に驚いていた牛頭鬼だったが、我に返ると力任せに鉈を押しつけている。

 だが、びくともしないようで限界まで膨張した筋肉がぴくぴくと震えているだけだ。

 受け止めている側のバージンは余裕の笑みを崩さず、その格好から微動だにしていない。


「やれやれ。あなたの筋肉に対する愛はその程度ですか。本当に鍛えられた筋肉はただ肥大すればよいというものではないのです。しなやかさ、見た目の美しさ、そして何よりも内に秘めた力を存分に……発揮できる実用性っ!」


 筋肉談義を終えると同時に、巨大な鉈を弾き飛ばす。

 牛頭鬼はその衝撃で上半身が大きく仰け反り、手から鉈が飛んでいった。

 相手が大きな隙を晒しているというのにバージンは攻撃を加えることなく、その正面に立つと両腕を広げ掲げる。


「さあ、筋肉で語り合いましょう」


 言葉は通じていないはずだが、そのポーズですべてを悟ったのか、牛頭鬼が鼻息荒く自分の手をバージンの手に重ねる。

 力勝負に応じたようだ。


「な、なあ、あいつら何やってんだ?」

「深く考えるな。筋肉に脳まで犯されるぞ」

「こ、怖ぇ……」


 我ながら意味不明だが理解できたようで、ダリルイが自分の体を抱いて震えている。

 その間に筋肉バカはどうしているかというと、一枚の絵画のように同じ格好のままで固まっている。


「どうしたのですか? もしかして、その筋肉って見せ筋なのですか?」

「ブフゥオオオオオオオオウ!」


 バージンの煽りに対して怒り狂い雄叫びを上げる牛頭鬼。

 ……言葉通じてないはずなんだけどなあ。あと、見せ筋ってなんだよ。


「なあ、バージンさんって本当に……人間か?」


 目の前で繰り広げられている暑苦しい戦いを信じたくないのか、質問してきた声は疲れ切っていた。

 人間の数倍は筋力があるといわれている牛頭鬼を相手に、対等どころか勝っているこの光景を信じたくない気持ちは痛いほどわかる。


「たぶんな」


 正直、俺もあいつが人間なのか自信がなくなってきている。

 悩んでいる間に戦況はどうなったかというと、バージンが少し腰を屈め「ふんっ」と気合を入れると、牛頭鬼の足が地面から離れていく。


「マジ、かよ」

「フモオオオ、フモオオオオッ⁉」


 牛頭鬼は自分が持ち上げられている現状に慌てふためき、牛の頭を激しく左右に振っている。

 さっきからミシミシと軋むような音は、筋肉の膨張する音なのか、それとも掴まれた手の骨が折れる寸前なのか。

 バージンはその手を掴んだまま体を後ろへ反らし、相手の頭を地面へと叩きつけ――埋没させた。

 地面から下半身が生えた状態でビクンビクンと痙攣している牛頭鬼が憐れだ。


「私の筋肉の方が素晴らしかった、ということで相違ないですね?」


 ダメ押しとばかりに同意を求めているが、もちろん相手が返事をすることはなかった。

 




「よく食えるなそんなもん」


 俺たちが戦利品である牛頭鬼の焼き肉を堪能していると、ダリルイがげんなりした顔でぼやいている。


「おいおい、好き嫌いはいけねえな」

「じいさん、そういう問題じゃないだろ……」


 食欲が湧かないのか、さっきから皿の上に盛られた焼き肉が減っていない。


「脂っこい物を胃が受け付けない気持ちはわかりますが」

「そういう問題でもないんだよなあ……」


 もったいねえな。脂っこい物を大量においしくいただけるのは若者の特権だというのに。


「わしが食っとる軟らかく煮たのを食うか?」

「いらない……」


 リトル用に煮込んだ角煮にも興味がないらしい。


「人の姿に近いから食べづらい気持ちはわかるわ。うちも昔は無理やったもん。でも、もったいないなー。この焼き肉のたれ、うちが一から手作りした逸品やのに」

「……やっぱ、食う」


 わかりやすいな、ダリルイ。

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