たき火を囲むと昔話を語りたくなる
夜も更けてきたので馬車を道路の脇に駐めて、食事を取ることにした。
馬車の中は結構な広さがあるのだが、五人だと少し窮屈に感じるので外に机と椅子を並べていく。
「この馬車ほとんど揺れないし、収納もこんなにあるのか。馬車の中で料理も出来るし、灯りもあるし、すっげえなー」
机の設置を手伝いながらダリルイがしきりに感心している。
異世界の馬車の乗り心地と仕様に驚くのは無理もない。俺たちだって初めてコイツを目にして乗ったときは度肝を抜かれたもんだ。
「便利だろ。これをちょっと持って支えてくれ」
「お、おう。……馬車の横から屋根が出てきた⁉」
反応が面白いから、ついつい色んな機能を見せたくなる。
今は馬車の側面に備え付けられている、折りたたみ式の屋根を広げている最中だ。この水を弾く布製の屋根を広げれば、車の側面で雨や日差しを気にせずに食事やくつろぐことが可能となる。
準備が整うと料理が次々と運ばれてきた。
旅の最中は簡単な煮るか焼く程度の食事になるのが一般的なのに、俺たちの飯はかなり本格的だ。
スマイルの腕と馬車に備え付けのキッチンが飲食店並みの料理を可能にしてくれる。
「うはー。こんなごちそう、本当に食っていいのか⁉」
料理を前にして涎を拭うダリルイを見て、仲間が微笑んでいる。
「ガキは遠慮すんな。いっぱい食って、いっぱい寝ろ。それが子供の仕事だ」
「おう、いただきます!」
料理に飛びつきかねない勢いで貪っている。
今日の料理は量が多すぎるのではないかと危惧していたが、この勢いなら全部平らげてくれそうだ。
「見てるだけで胸焼けしてくんな」
「ライクは昔と比べて小食になりましたよね」
茶をちびちびと飲みながら肉を囓っていると、隣で小僧に負けない勢いで食う聖職者がいた。
こいつは「筋肉を作るには食事が基本」という方針で俺と同い年だというのにやたらと食う。それも穀物は口にしないで肉と野菜を好んで食べ、変な粉を溶かした怪しい飲み物をがぶ飲みしている。
「お前は昔に比べて大食いになったよな。あの頃はひょろひょろで、ちょい強い向かい風でも吹き飛ばされそうだったのによ」
「それは言い過ぎですよ。確かに以前は少し痩せてはいましたが、筋肉の素晴らしさに目覚めてからは、ほらこの通り」
右腕で力こぶを作ると服がミシミシと音を立て、今にも服がちぎれそうだ。
「やめろやめろ。男の服がはじけ飛んだところで誰も得しねえよ」
「そうですか……」
なんで残念そうなんだよ。
あれから俺たちは年を取って色々変わっちまったが、こいつは原形を留めてないからな。昔の知り合いに会っても気づかれなかったぐらいだ。
「ふわー、お腹いっぱいだぁ。もう動けねえ」
晩飯を掻き込んでいたダリルイの胃袋が限界に達したようで、地面に寝っ転がって腹をさすっている。
満腹ねえ。俺があれだけ食ったら確実に胃痛か腹痛になる自信がある。
消化器官も年と共に衰えるものだから、暴飲暴食はここ数年ご無沙汰だ。
「眠いなら、馬車の中で寝ろ。後ろが二段ベッドになっているから好きな方で寝ていいぞ」
「マジで! じゃあ、上で寝る!」
いきなり立ち上がると馬車へ飛び込み、ドタバタと走る音が響いてくる。
「なんだかんだいっても、ガキか」
「見たところ十代半ばのようですからね。まだまだ子供ですよ」
食後に聖書を読み始めていたバージンが目を細め、ダリルイの消えていった馬車の扉を見つめている。
小僧の勢いに圧倒されて忘れていたが食事中だったことを思い出し、自分の目の前に置かれた皿を片付けることにした。
俺以外は馬車に入り寝静まっているので、一人で見張りを続けている。
馬のダーシュも眠っているから今起きているのは俺だけだ。
馬車は頑丈なのでモンスターの襲撃に遭っても簡単に壊されはしないが、油断は禁物。誰か一人は見張りを担当する決まりになっている。
ぼーっと突っ立っているのも暇なので、腰の刀を抜き軽く振るう。
抜刀の速度は昔と比べものにならないぐらい速くなった。筋力は衰え、ありとあらゆる身体能力が落ちているというのに、剣筋は鋭さを増した。
腕力ではなく連動させた全身の流れで、刀を振るう。
これを昔から出来ていれば、もっと活躍出来ただろうに。
足下の石を蹴り上げ、刀を横に一閃。
宙で石が真っ二つに割れる。
更に、斜め下から切り上げ、続けて振り下ろす。
石が均等に分割され、地面に落ちる。
昔なら上段からの振りおろしで、石もろとも地面を粉砕する、という荒っぽい戦い方しかできなかった。
「技の冴えだけは、老いたのも悪くないと思える唯一の利点か」
体力の消耗を減らすために動きは最小限。対象まで最短の距離をなぞる。
無駄を省き、削り、研磨した結果が今。
若い頃の自分が、この動きをあの時やれていたら……未来は変わっていただろうか。
「お年寄りはもう寝る時間やで?」
茶化す声に振り返ると、馬車にもたれかかりこちらを眺めているスマイルがいた。
「そういうお前は眠らなくていいのか?」
「うちは移動中にぐっすりやったから。あんたこそ運転して疲れたんとちゃうん?」
「舵を握っていただけだからな。楽なもんだ」
ダーシュの手綱と舵は繋がっているが、俺が操ることは滅多にない。あいつは言葉を理解しているから舵取りの必要がなかったりする。
非常事態の時は舵で方向を指示するときもあるが、いつもは全部任せていた。
「老骨に寒さは染みるやろ。ちょっと温めんと」
俺が鍛錬ついでに割っておいた薪を円形に並べると、スマイルは手を向ける。
すると、手のひらから飛び出した火の玉が薪に着弾、引火。
「火の魔法ってのは便利だよな」
「まあ、そうやね。薬の配合や調理にも使えるし。うちは特に火の精霊と相性がええから」
この世界の魔法は精霊と契約することで使用が可能となる。
契約に必要なのは二つあって、精霊へ供給する魔力、そして――色だ。
火の精霊と契約するのであれば体の色を捧げ、精霊の好む色へと変化する。弱い精霊ならば爪一枚程度でいいのだが、強力な精霊となると髪や目の色を捧げなければならない。
スマイルの燃えるような赤い髪と瞳は火の精霊と契約した証だ。
「赤色ってカッコイイよな」
「そう? うちはあんたの空色の髪、好きやけど」
俺の髪色は澄み渡った空のように青い。
肩まで伸びた髪を無造作に後ろに縛っているが、本当はバッサリ切りたい。だが、スマイルとリトルが「もったいない」と止めてくる。
「昔やったらこんなやり取りしたら、お互いに少しは照れたりしていたんやけどな」
「互いにこんな年だ。いちいち照れてたら気持ち悪いだろ」
「そういうのが若さの秘訣かも知れへんで。知らんけど」
「語尾に知らんけど付けたら、なんでも誤魔化せると思うなよ」
たわいもない会話を交わしているだけだが、こんな時間は嫌いじゃない。
向こうもそう思ったようで、湯を沸かして茶を入れると俺にカップを手渡してきた。
どうやら、今夜は長くなりそうだ。
たき火を囲み夜が明けるまで、二人で昔話に花を咲かせた。
「そろそろ、たたき起こすか」
「この年で徹夜は結構こたえるわー。よっこらしょっと」
二人で椅子から腰を浮かすと、大きく伸びをする。
腰が少し痛むので、あとで湿布をもらうとしよう。
「あっ、ちょい待って。アレの処理しとかんと」
スマイルが指を鳴らすと、無数の死体が業火に包まれ炭と化した。
深夜に何度か襲ってきた十数匹はいるモンスターの死体を火葬すると、仲間とダリルイを起こしに馬車へと入っていった。




