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老いた英雄は栄光の道を逆走する  作者: 昼熊
二章

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勝利とは

「正々堂々、か。いいだろう。微かに残る騎士の魂に誓い勝負いたそう」


 俺の発言に触発されたらしく、槍を握る二本の腕を残して他の腕は体内に収納される。


「あんた、律儀だな」

「身は化け物になってしまったが、人の心を忘れられぬようだ」


 言葉を交わしつつも、互いの間合いが徐々に詰まっていく。

 リーチの差で考えるなら槍が圧倒的に有利。

 身体能力も相手の方が格段に上。技で負けるつもりは毛頭ないが、この状態での戦力差を数値で表せるとしたら負けている自信がある。

 それは相手も重々承知しているようで、その表情には不安が見当たらない。絶対的な自信が表れている。


「お主ほどの実力者であれば力量の差は理解できているはず。だが、その目に迷いはないのだな。死の恐怖を微塵も感じぬ」

「はっ、死が恐怖だ? ありえねえな。この年になれば死が身近にある。いつぽっくりいってもおかしくねえ。怖いのは死ぬことじゃねえ、後悔が残ることだ」


 あと一歩踏み込めば槍の間合いに侵入する。だが、あえてその境界線を自ら超える!

 半歩踏み出した瞬間、元近衛兵が踏み込みと同時に雷光のような一撃を放つ。

 その動きは見えていた。だが「避けろ」と脳の命令に体が反応するまでの時間。衰えにより僅かばかり遅れてしまう。

 体が反応するより先に頭が避けられないと判断した。


「普通なら、な」


 槍の穂先は俺の頬をかすめ、赤い線を残す。

 驚愕に多眼を見開き驚く近衛兵。即座に切り替え、迫る俺に対して槍を引き戻そうとするが――防御が間に合わない。

 明らかに鈍くなった動きの隙をつき、俺は刀を一閃した。


「奥の手です、か。お見事、です」


 胴体から離れ地面に落ちていく中で、元近衛兵は称賛の言葉を残して息絶える。

 どうやって倒したかなんて語るほどでもない。『空水魔法』を周囲に発生させて相手の動きを鈍らせただけだ。

 あいつは老いた今の俺を見て「この前は昔と変わらぬ顔をしていたというのに」と言った。あのとき、勝敗は既に決していたのだ。

 若返った姿しか知らない、ということはそれまでの戦いを知らないということになる。それを理解した上であえて戦闘中に一度も『空水魔法』を使わず、最後の最後で発動させた。


 相手の脳裏にあった奥の手は秘術による若返り。そう誘導するように、わざと若返った方法を伝えておいたのだから。

 故に若返ることなく攻撃を仕掛けた時点で、相手にほんのわずかだが動揺が発生して隙が生じた。

 更に体が鈍くなるとなれば、この結末は必然となる。

 最大の敗因は情報を部下と共有しなかったゼノス王の怠慢だ。連絡の必要性を理解できたか、近衛兵よ。


「はあーっ。駆け引きなんて面倒なもんは無視して、力押しで勝てた時代が懐かしいぜ」

「なーに、黄昏れてんの。似合わへんって」

「肉と肉のせめぎ合いを期待していたのでガッカリです」

「お前ら、勝ったんだから褒めろよ」


 どんな駆け引きがあったのかも理解しているはずなのに、いつもと変わらない仲間。

 労いも称賛もない、この空気感が今は心地いい。


「っと、和んでいる場合じゃねえな。あいつらは――大丈夫か」


 指揮系統である元近衛兵を失った異形の兵士たちは統率力をなくし、豚人族に各個撃破されている。とはいえ残党が残ってはいる。俺たちも掃討戦に乱入するとしますか。





 異形の兵士を片付けたのちに勝利の余韻を味わっていると一面が暗くなる。上空から吹き付ける風に見上げると、双頭黒竜が恨めしそうにじっと俺たちを見つめていた。


「「「「あっ」」」」


 重なる俺たちの声。

 出番まで近くで待機させておいたボルフガルフのことをすっかり忘れてた。

 

 



「こたびの活躍見事であった。その年齢でその実力、かなりの達人と見える。好きな褒美を取らせよう! なんでも申してみるがいい!」


 すべてが終わった戦場に呑気に現れたのは、この城塞都市の領主と、汚れ一つない鎧を着込んだ護衛たち。

 白に金の縁を施した無駄に金のかかっている馬車で乗り付けた、たるんだ頬と腹の男が領主らしい。安全になったのを見計らってのご登場か。

 脂汗の浮かぶ顔に満面の笑みを貼り付けて、開口一番何を言うのかと思えば、さっきの言葉だ。


「そりゃ気前のいい話だ。なら、そうだな……」


 このまま俺が交渉しようかと思ったが、遮るように俺の前に立ったのはスマイル。


「あんたは口の利き方がなってないから黙っといて」

「へいへい」


 地位のある人間の神経を逆なでするのには自信ありだが、こういう話し合いは弁の立つスマイルかバージンに任せた方がうまくいく。

 大人しく、引っ込むとしますか。

 俺が口を挟むとややこしくなるだけなので、その場から離れるとのんびりお菓子を食っているリトルとシエルに近づく。


「師匠、おつー」

「アメちゃん食べるかえ?」

「甘いもんは……まあ、労働後ならいいか」


 差し出された黒いあめ玉を口に放り込む。

 甘い物は好きじゃないんだが、疲れたときはこの甘ったるさも悪くない。


「リトル、魔力の方はいけるのか?」

「うむ。結界で消耗した魔力は半分程度かのう」

「……そうかい」


 相変わらず馬鹿げた魔力量をしている。本来なら優秀な魔法使いを数十人集めてギリギリ維持できる規模の結界だ。

 それをたった一人で余裕を持ってやれる、魔法使いとしての実力は桁外れ。そんな魔法使いが呑気に菓子を貪り食っている姿は、ただのお菓子好きの幼女にしか見えない。


「まあ、これにて一件落着ってとこか」


 領主との交渉に聞き耳を立てていたのだが、どうやら『豚人族の住む一帯は不可侵とし互いに害を与えない』という協定が結べるようだ。

 領主としては渋々といった感じのようだが、異形の兵士との戦いを城壁の上から見物していた兵士や住民が多く、住民感情を優先して政治的判断をしたといったところか。


「丸く収まるなら、なんでもいいか」


 結果が重要であって行程なんてどうでもいい。


「そういや、豚人族の連中はどうした?」


 隣でお菓子を貪っている弟子に問いかける。


「えっとね、もう帰ったよ。あとは任せるってさ」


 リスのように頬に菓子をため込んだ状態でしゃべるな。口を開く度に拡散される菓子の破片を人差し指ですべて跳ね返す。


「きゃっ、やめてよー師匠! 汚いじゃん」

「お前がな」


 一仕事終えると、どっと疲れが押し寄せてきた。

 どんな戦いでも余力はある程度残しておくべき。ハンターの心構えとして当たり前のことだ。しかし、相手が強敵となれば全力を尽くすしかない。負けるのはもってのほかだからな。

 今こうやって何気なくバカ弟子と会話しているが、限界ギリギリだったりする。体力は残りわずかで脚が重く体もダルい。

 一度座ると脚に根が張ったかのように、しばらくは動けなくなってしまう。なので、腰から鞘ごと抜いた刀を杖代わりにして平然を装う。


「さっさと馬車に乗って帰――クソが」


 肌が粟立ち、全身が総毛立つ。


「えっ、なんでいきなり罵倒されたの⁉」


 忌々しく吐き捨てた俺を目の当たりにして、シエルがショックを受けているが対応してやる余裕はない。

 まず上空を見上げ、何もないのを確認してから素早く周囲を探る。

 見える範囲に怪しい人影はない。さっき、一瞬だけ感じた強烈な殺気は消え失せている。

 気のせい……で済むなら超したことはないが、あんな濃密な殺気は勘違いで済まされない。


「師匠、眉間にシワが寄ってますよ? ほら、こうやってほぐしたらシワが取れますから」


 指で自分の額をぐりぐりしているシエルは放っておくとして、リトルは俺の様子を見ていち早く察してくれたようだ。目を閉じ杖を握りしめ、魔法で辺りを探っている。


「なんかあるん?」

「珍しく真剣な顔ですね」


 軽い調子で話しかけてきたのはスマイルとバージン。

 言葉とは裏腹に表情は真剣で警戒は怠っていない。言葉を交わすことなく一瞬で現状を理解できるのは長年の付き合いがあってこそ。

 熟練ハンターチームの強みだ。


「話し合いは終わったのか?」

「円満に終わったで。領主も帰ったし」


 確かに遠ざかる馬車が見える。町を防衛していた兵士たちも一旦、城壁の中へ戻っている。今、ここにいるのは俺たち『白銀の翼』とシエルのみ。


「で、なんなん。まだ敵が潜んでるん?」

「一瞬だが、ヤバい殺気をぶつけられた」


 戦闘後。疲れも溜まり油断している状況で仕掛けるのは常套手段。だというのに、あれからまったく動きがない。

 視線を感じた先は上空だった。しかし、空にはぽつぽつと雲が浮かんでいるだけだ。

 周囲に人影も怪しい気配もない。


「だが、引いたみたいだな」

「その殺気の主はやっぱ、ゼノス王なん?」

「おそらくな。自ら手を下さずに呑気に見物でもしていたんだろうよ」

「それで負けた腹いせに睨み付けたのですか。王ならば正々堂々と姿を見せて、筋肉アピールをすればいいものを」


 バージンの呟きに対し「あいにく、余は頭脳派なのでな」ツッコミが上空から降ってきた。

 俺たちが同時に見上げた先にいるのは、バックの青空に映える純白のコートを着込んだゼノス王。

 上空から睥睨し、鼻で笑う。


「しつこく邪魔をするか、元英雄よ。手駒を壊されてしまうと、余が自ら動かなければならぬ。面倒なことだ」


 元近衛兵が倒されたことに何の感慨もないのか。


「あんたの嫌がる顔が大好物なんだよ」


 切っ先を突きつけると、露骨に顔を歪めた。


「へいへい、ビビってんのー」

「わざわざ浮かんで出現するところが演出過多ちゃうん。あれやで、きっと『よーし、目立って登場するには空からがいいよね! あっ、太陽をバックにした方が映えるかも!』とか考えて予行練習したんとちゃうん?」


 大声で挑発するシエルと、わざわざゼノス王の声真似をして大袈裟な身振り手振りで煽るスマイル。


「そんな貧弱な体で注目を浴びようというのが浅はかすぎます。いいですか、目立ちたいのであればまず体を鍛えなさい」


 いつの間にか上半身をむき出しにしたバージンが、ポーズを取りながら己の肉体を見せつけている。


「……貴様らは、やはり耳障りで目障りな存在のようだ」

「えー、反論するならちゃんとしてよー。ほら、もう一回チャンス上げるから」

「王様なんやから、気の利いた返しの一つか二つぐらいやれるんやろ?」


 強烈な殺気を込めた視線をぶつけられても、女性陣二人の口が閉じることはない。


「もういい、失せろ」


 怒りに顔を歪ませていたゼノス王だったが、大きく息を吐くと冷めた視線を注ぎながら右手をすくい上げるように天へ突き出した。

 途端、地面から光があふれ出し――


「いかん、皆、そこを離れるんじゃ!」


 リトルの焦る叫びが閃光の中に響いた。

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