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老いた英雄は栄光の道を逆走する  作者: 昼熊
二章

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死闘

 刀を腰だめに構え、柄に指を這わす。

 元近衛兵には四人がかりで襲うと宣言したが、実際は三人だ。リトルはこの戦いでは使い物にならない。

 いつも通りの何も考えていない面を晒しているが、実は町を覆う巨大な結界を維持することで手一杯。なので、戦闘に参加するのは不可能と考えるべきだ。

 となると、俺、バージン、スマイルの三人でやるしかない。相手も三人の近衛兵が融合した状態。これなら文句もあるまい。


「リトルは控えておいてくれ。シエル、町の方は頼んだぞ」

「うん! そっちの戦いに手を出すのは無理っぽいから任せて! あっ、見事にっ、守ってっ、みせーましょう!」


 大袈裟な身振り手振りで見得を切っている。

 弟子は相手の実力を見極められるのに無謀なところがあるんだよな。本当にヤバいときは無茶をしないから引き際は心得ている。その点は助かるのだが。

 後方の憂いが消えたところで、元近衛兵を正面に見据える。

 わざと隙を晒していたのだが仕掛けてこなかったのか。俺の誘いを読んだのか、それとも騎士道がわずかでも残っていたのか。


「バージン、スマイル、いつもの調子で頼むぜ」

「承知しました」

「この灼熱の脳細胞に任せとき!」


 その設定をまだ引っ張るのかよ。


「おう、頼りにしてるぜ」


 必要以上の言葉は必要ないと簡潔に返すと、二人は同時にニカッと笑い親指を立てる。


「仲間というのはいいものだ。それでは、こちらもやってみるか。お前らもよろしく頼む」


 元近衛兵が俺たちの真似をして、両肩に貼り付いている顔面に話しかけている。

 二つの顔が訝しげに眉根を寄せると、ニヤリと笑った。……血の涙を垂れ流したままなので怖いだけだが。

 両者の準備が整ったところで、ジリジリとすり足で間合いを詰めていく。

 スマイルはその場から動かず銃の撃鉄を上げた。バージンは腕に巻いていた二種の鎖をほどいている。

 敵の実力は未知数。消耗していたとはいえ、若返った俺の一撃を防いだ実績があるので油断は禁物。『再起流転』を発動して一気に勝負を付ける手もあるが、あれは奥の手であり容易に使うべきじゃない。反動がでかすぎるしな。

 それにあの魔法の要はリトルだ。今の結界を維持している状態で無茶はさせられない。


 間合いまであと三歩まで迫ったところで、先に向こうが仕掛けてきた。

 刀と槍ではリーチが違う。当然の展開だ。

 突き出された穂先を居合いで弾いた瞬間に刀身が吸い込まれそうになるが、柄を握る手に力を込め懸命に引き留めた。

 回転させながら突くことで刀が巻き込まれそうになったのか。これは弾くより避けるべきだ。

 突きが何度も繰り出されるが余裕を持って躱していく。本来、紙一重で避けた方が体力の消耗を抑えられ、反撃にも転じやすいのだが威力が尋常ではない。

 人を超えた怪力で回り突き出される槍は小さな竜巻と化し、近くのモノをなんでも吸い込む勢い。袴に擦りでもしたら、こちらの足が止められてしまう。


「遠慮しないで仕掛けていいぞ?」

「お前、そんな嫌みったらしい性格してなかったよな。もっと無口だったろ」


 何度か城で顔を合わせたことがあったが「はい、ええ、そうですね」ぐらいの単語しか聞いた覚えたない。


「そうだったか……? 右肩の女は同僚がドン引きするぐらいお喋りでな。絶対に相談事をしてはいけない相手という認識だった。左肩の男は口が少々悪かったのでみなが嫌い、距離を置いていた。そんなこいつらの影響だろう」


 当時を思い出して呟く元近衛兵の独白を聞いて、両肩の顔が驚愕に眼球のない目を見開いている。口を開いて何か話しているようだが声は聞こえない。


「文句を言われてもな、ただの事実だ。唾と血をまき散らそうが抗議は受け付けぬ」


 謝るどころか煽る元近衛兵へ、両肩の顔が更に激しく抗議を続けているようだ。


「お前さんら、意外にも仲いいみたいな」

「どこがだ」


 本体と一緒に両肩の顔も俺を睨み付ける。

 息がぴったりじゃねえか。


「両肩がさっさと片付けて話し合いをしようと急かして困る。悪いが早めに終わらせるとしよう」


 腰を極端に落とし、片足を後方へと伸ばす独特な構えを取る元近衛兵。

 槍を投擲するかのように限界まで右手を後ろへと伸ばし、腰がちぎれそうなぐらい上半身を捻っている。

 防御を完全に無視した一撃を放つつもりか。


「そんな隙だらけな姿さらして放置するわけないやん」

「ごもっとも」


 ここぞとばかりにスマイルが銃弾の雨を降らし、バージンが鎖を薙ぎ払う、が敵に到達することはない。

 銃弾は小さな盾で防がれ、鎖は表面を滑らすようにしていなされる。

 本体のポーズは変わらない、援軍がきたわけでもない。だというのに届かなかった理由は。


「そんなギミック隠していたのかよ」

「三人が合体していると評したのはそちらではないか。その通り、我々は三人の融合体だ」


 とぼけた口調の元近衛兵の言葉を肯定するように、肩口から新たに生えてきた二本の腕が二枚の盾を振っている。

 その腕は槍を持つ腕より少し太く短い。融合したもう一人の近衛兵の腕とみて間違いない。

 合計四本の腕か。三人分ならあと二本生えてくるのか?


「こうやって守りは任せられるから、攻撃に集中できてありがたい」


 珍しく褒めると左肩の男性顔が嬉しそうに微笑んだ。


「人数差にちょい引け目があったが、これで遠慮なくやれるぜ」

「容赦なくしばこうとしていたくせに……」

「神は見ていますよ?」


 元近衛兵が言うならまだ納得できるが、なんで仲間に責められるんだ。お前らも躊躇してねえよな⁉ なんであっち側なんだよ!


「お主らと戦っていると緊張感が薄れるのだが」

「それは俺も同じだ」


 張り詰めていた空気が緩んでいるのを肌で感じるが、だからといってそれが戦況を左右することはない。

 必要であれば談笑しながら相手の首を即座にはねられる。そういう生き方をしてきたのだから。


「人殺しの最中だというのに、これほどまでに和んだのは久しぶりだ……」


 戦場には似つかわしくない笑顔は少し寂しげに見える。


「職場環境が悪いんじゃねえか。どうだ、いっそのこと転職してみるってのは」

「ふ、ふはははは、お主は。あはははははっ!」


 提案がよほど面白かったのか腹を抱え涙を流し笑い続ける元近衛兵。両肩の二人も血まみれの顔で楽しそうに笑っている。


「魅力的すぎる提案だが、我々は王がいなければ生きていけない体。比喩ではなく。それに……忠誠心も残っている」


 最後の呟きが本心かどうかは判断がつかない。だが俺の目には――悔しそうに見えた。

 我ながら馬鹿な提案をしたもんだ。ゼノス王が蘇らせたならば、その体の支配権を誰が握っているかなんて問う必要すらない。


「わるかったな」

「いや、構わない。もし、この束縛から逃れられたとしても提案は受け入れられないがな。我々の手は……汚れすぎた」


 うつむき四つの手を見つめる元近衛兵。


「そうか、残念だよっ!」


 言葉と共に鋭く呼気を吐き、刀を払い、振り下ろし、切り上げる。

 二枚の盾と槍がすべての斬撃を弾く。

 想像以上に厄介だな複数の腕というのは!

 攻めきれない俺を予め見越したかのような、絶妙なタイミングで援護する仲間の射撃と鎖。俺の攻撃を受け止めた後なので相手の腕は塞がっている。

 が、脇腹から生えてきた二本の腕があっさりと防いだ。


「まあ、そうだとは思っていたが。はぁー」


 予期していたことなので驚きはないが、攻略が面倒になったことにため息が漏れる。


「腕六本もあったら絡まりそうやない?」

「腕ごとに別の頭で処理してるから平気なんだろ」


 スマイルのどうでもいい疑問に、思わずまともな返答をしてしまう。


「あれだけ腕があれば懸垂で広背筋を鍛えながら、同時に別の腕で上腕二頭筋や別の部位を鍛えることも可能では⁉」


 大発見した、みたいな顔で目を輝かせてんじゃねえぞバージン。

 しかし、マジでどうすっか。このまま続けても負けない自信はあるが決め手に欠ける。持久戦となると分が悪い。この老体の体力なんてしれているからな。

 となると奥の手である『再起流転』は使えない。……このままじゃ、じり貧だ。


「おーい、バージン、スマイル。なんか、現状を打破する手はねえか?」


 刀を振るう手は休めずに後方にいる仲間に大声で呼びかける。


「そうですね。ライクががむしゃらに突っ込み抱きついて動きを封じる。そこに私とスマイルが全力で攻撃をぶちかますので、もろとも食らってください」

「おっ、ナイスアイデア!」

「ナイスアイデア、じゃねえよ!」


 指を鳴らしてバージンの作戦を受け入れんな。もっと仲間を大切にしろってんだ。


「二つとも没だ。次のアイデアを今度はスマイルからだ」

「うーん、ちょっと待ってや。さっきのより面白いのってなると、ごっつむずいわ」

「大喜利じゃねえぞ! もっと真面目に考えやがれ」

「すまんが、戦闘中に大声で作戦を練るのもどうかと思うぞ。それに緊張感をもう少しだけでいいから持ってくれ。殺し合いの最中だという自覚をだな」


 槍を突き出しながら、元近衛兵は申し訳なさそうに口を挟んできた。


「ああ、すまねえな。ほら、敵さんも真面目に殺ろうって言ってるじゃねえか。緊張感持っていこうぜ」


 穂先を躱しながら刀を鞘に収め、仲間のやる気を促すようにパンパンと手を叩く。

 紙一重の距離で避けながら仲間を叱咤すると、二人も申し訳なさそうに頭を軽く下げる。――銃の乱射とぶん回す鎖はそのままに。

 軽口は叩いているが互いに攻撃の手は一切緩めていない。

 この程度のやり取りで隙が生じるほど未熟ではない、ということだ。


「お見事としか言いようがない。まさか、かすめることすら叶わぬとは」

「それはこっちも同じだ」


 本気の攻撃を技によってここまで防がれた経験はない。相手が堅すぎて攻撃が通らなかったことならあるが。


「しかし、拮抗はここまでか。もう少しでこちらの攻撃が当たりそうだ」


 相手の言葉に余裕が感じられる。

 指摘は間違っていない。こちらの手数は減り、代わりに相手の攻撃回数が増えていた。理由は至極単純で体力の消耗を抑えるために、攻撃の手を減らしているからだ。


「体力勝負となると、やはりこちらに分があるか。全盛期の体を更に強化し、体力は三人分となれば、結果は見えていた」

「そりゃ、マジで羨ましいぜ。こっちは衰える一方だってのによ」


 大きく後方へ跳び、むき出しの刀身を再び鞘に収める。

 利き足を後方へと伸ばして上半身を限界まで捻り、右肩が地面に突くぐらい前のめりになる。


「防御を捨て一撃に特化した構えか、面白い。受けて立とう」

「ありがとうよ。お前ら手を出すんじゃねえぞ」


 誘いに乗ってくれたか。好きそうだと思ったぜ、戦いの美学ってヤツをな。


「はいはい。ええ年こいてまだ格好つけるなんて、男ってのは困ったもんやわ」

「純粋な筋肉と筋肉のぶつかり合い。やはり、戦いとはこうでなくては」


 なんだかんだ言いながらも、仲間は手出しをせずに見守ってくれている。

 元近衛兵の二本の手は槍を握りしめ、更に二本の手は盾を前に突き出す。残りの手は両刃の剣を握り状況に応じて、攻めにも守りにも対応するつもりなのだろう。


「正々堂々、この一刀で決着をつけるっ!」

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