老いと強さ
迫り来る槍使いと、銃の引き金に指を添えた男。その後ろで杖を構え詠唱をしている女魔法使い。魔法が面倒だな。
「頼むぜ」
周囲に見えないソレが広がっていくのを肌で感じる。
虚空を右手で掴むと、くにゃりとしたなんともいえない感触がする。手首を利かせて、目に見えないソレを投げつけるように軽く振る。
「光り輝く雷光……ごぼっ⁉」
驚いた表情の女魔法使いが杖を投げ捨て、首元を押さえてもがいているのを確認する。あれは、もう放っておいていい。
「じじい、しゃしゃり出てきて、よそ見してんじゃねえぞ!」
「取ったっ!」
ハンターギルド内で同僚を襲う意味を考えていない無謀な若者が、勝ち誇った顔で得物を突き出してくる。
小さく息を吐き対象を一睨みすると、剣の柄に手を添えた。
「取ってねえよ」
目前まで迫っていた槍の穂先と、弾丸の動きが……ゆっくりと流れていく。
「な、なんだ⁉ か、体がっ!」
状況が掴めず慌てふためく槍使いを無視して、更に腰を屈め前のめりの型になると、腰に携帯している少し湾曲している片刃の剣――刀を抜く。
横薙ぎされた一閃は右肩を貫くように進む弾丸を刀で弾き、続けざまに槍の穂先の後ろを斬り落とし、そのまま相手の首筋にみね打ちを叩き込む。
そして、刀は鞘へと戻した。
「えっ、動きが見えなかった……」
ダリルイには捉えられない速度の抜刀と一撃だったようで、大口を開けて間抜けな顔を晒している。
そんな小僧よりも面白い顔をしているのは、残された銃使いの男だ。
眼球がこぼれ落ちそうなぐらい見開かれた目に、今にも顎が外れそうな限界まで開けられた口。その表情のまま辺りを見回し、戦闘不能になった仲間を見てくずおれる。
大男は振り回されて失神。女魔法使いは首を押さえて白目を剥き、槍使いは気絶。そりゃ、こういう反応になって当然だ
「で、どうするよ。続けるか?」
「わ、悪かった! あんたらが、こんなに強いとは知らなかったんだ。すまねえ、許してくれ!」
額を床に付けて大袈裟に謝罪する男の肩に手を添えて、笑いかけてやる。
「おう、許してやる。あやまちを素直に謝れるのは偉いぞ。意地やらプライドやらが邪魔をして、謝れない輩が結構いるからな。特に若いうちは」
相手の動きから傷つける気はあっても、殺す気まではなかったのが攻撃の軌道から容易に予測できた。だからこそ、俺も殺さずにこの程度で済ませてやった。
クソ生意気な若者の鼻っ柱を、早い内にへし折ってやるのは年寄りの役目だ。
こいつらはギルド内で暴れたことで職員からも目を付けられた。しばらくは大人しくするだろう。
「あと、そこで気を失っている女に言っておけ。この服装は羽織と袴っていう異物を模したオシャレだってな」
「ダサいって言われたのを、何気に気にしていたのですね」
バージンが優しい目でこっちを見ている。同情すんな。
さーて、本題から逸れちまったが当初の目的を果たすか。
ハンターたちに背を向け少年に向き直り、口元に笑みを浮かべる。
「仕事の話、詳しく聞かせてくれるか?」
まだ呆けているダリルイに声をかけると、ピンッと背筋を伸ばしてこくこくと何度も頷いていた。
仲間の待つテーブルに移動してダリルイを椅子に座らせると、借りてきた猫のように大人しくなっている。
さっきまでの威勢のよさはどこにいきやがった。まるで別人だな。
「そんなに縮こまらんでええんやで。もっとリラックスしいや」
「わしのアメちゃん食べるかぁ?」
緊張感が欠片もない二人に話しかけられ、少しだけ緊張が和らいだのか深呼吸を繰り返している。
「まずは、俺たちの自己紹介からか。このチームのリーダーをやっている、ライクだ。一応剣士だぜ」
他に説明することもないので、隣に座るバージンへ目で促す。
「私はバージンと申します。見ての通り鳳凰教の神官をやっています」
自分の首筋と左胸を指差し、赤い糸で縫われている絵をアピールする。
そこには鳳凰の刺繍があり、あれがあいつの宗教のシンボルらしい。確か生命の神セルフィスが愛でている、復活と再生を司る神の鳥とか言っていたな。
「あのさ、一つ質問してもいいか……ですか?」
言い直したのは、さっきの戦いぶりを見たからか。ただの老人の集まりじゃないのは理解してもらえたようだ。
「はい、構いませんよ。あと、無理して丁寧な話し方をしないで大丈夫ですから。自然体でお願いします」
「わかりまし……わかったよ。ええとさ、うちの村にも鳳凰教の教会があって神官がいるんだけどさ。なんであんた、バ……バージンさんは服が灰色なんだ? それに鳳凰のシンボルが逆さだよな?」
おっと、それに気づいたのか。
確かにこいつの宗派の服は白を基調として縁取りは、炎の赤。そしてシンボルは天に向かって飛び立つ姿をした鳳凰と呼ばれる火の鳥。
だというのに、服は灰色、鳳凰は地面に落ちるかのように下を向いている。
「ああ、それですか。本来は白色だったのですが旅をしている間に汚れてしまい、その状態で新調をお願いしたのですが、服屋が勘違いをして色を灰色にしたのですよ。この鳳凰も間違えて逆に縫われまして。作り直してもらうべきなのでしょうが、そのときは急ぎの用がありまして。でまあ、そのまま、うやむやになって今に至ります。信仰心に変わりはありませんからね」
微笑みを絶やさず説明するバージン。
ダリルイは首を傾げて納得した顔をしていないが、それ以上追求するつもりはないようで口を噤んだ。
「ほな、次はうちの番やな。うちの名前はスマイル、薬師やってます。腰痛から病気、大怪我まで何でも治すで~」
コートの上からでもわかる、ふくよかな胸を揺らしながら陽気に話しているのは、うちの健康担当だ。
どんなに強い人間でも老いると体のどこかが悪くなる。特にハンターなんて荒事をやっていると直ぐにガタがきちまう。
腰痛、関節痛、目のかすみ、耳鳴り、数えたらキリがない。そんな俺たちが今も現役でやれているのは、コイツの調合する薬のおかげ。
怪我はバージンの治癒魔法でも治せるが、健康だけは魔法の力が及ばない。スマイルは年寄りしかいないチームの要といっても差し支えがない存在だ。
「へえ、スマイルさんって言うんだ」
少し頬を赤らめて、ぽつりと呟く声を聞き逃さなかった。
おっと、露骨に俺たちのときと反応が違うじゃねえか。
少しふっくらとした体と豊かな胸。いつもニコニコと穏やかな雰囲気に包容力があるのは認める。実際、年下にめっぽう好かれるからな、スマイルは。
まあ、見た目はちょいと肉付きはいいが顔のつくりは悪くない。
「次はわしかのぅ。名はリトルという。まあ、なんじゃ。よろしゅうにな」
長すぎる髪を指でいじりながら、のんびりとした口調で話すリトル。
幼女にしか見えないそのギャップに馴染めないのか、ダリルイはしかめ面でじっと見つめている。
「もしかして、あんたエルフなのか?」
「そうじゃよ」
エルフとは森に住む亜人の一族。精霊に愛され、人間よりも強力で多彩な魔法を操れることができる森の民、と言われている。
他に有名な特徴としては美形で耳の先端が尖っている。あと、長寿。
数百~千年生きると言われているが、エルフは自らについて語ることがないので、今も謎多き種族だ。
「幼女に見えて実は年寄りなのか……?」
エルフについて少しは知っているようで、ブツブツと小声で考えを口にしている。
「なあ、じいさん……このチームおかしくないか? あんたとバージンさんは見た目からして五十ぐらいだろうけど、スマイルさんは三十半ばぐらいで、その子なんて十歳ぐらいにしか見えないんだけど。年がバラバラすぎるだろ」
ダリルイは一人で考え込んでいたが納得できる答えにたどり着かず、素直に質問した方が早いと判断したようだ。
「俺とバージンは五十ちょいで間違いないぜ。んでもってスマイルは俺よりもうちょい年上で、リトルは引くぐらい年上だ。おっと危ねえ」
俺が正直に教えてやるとスマイルとリトルから食器が投げつけられたが、人差し指で止めてテーブルに置く。
「女の子の年をバラすなんて最低ー!」
「女の子はいくつになっても乙女なんじゃぞ」
はっ、何が女の子だ。と反論したくなったが堪える。
もう気にするような年齢じゃないだろうに。だから女ってのは面倒臭え。
「まあ、実年齢は秘密なんやけど、うちはハーフドワーフで、リトルはエルフやから人間よりは若く見えるんよ」
「そう、なんだ」
スマイルの説明で一応は納得したようだ。
ちなみにドワーフってのは低身長でがっしりとした体つきの人間に似た種族だ。頑強で怪力。見た目に反して手先が器用なので職人になる者も多いらしい。
特に鍛冶を好むのだが個々の性格に寄るところもあって、スマイルのように他の職業で活躍するドワーフも珍しくない。
ドワーフはエルフに比べるとそこまで長生きはしないのだが、人間の四倍ぐらい寿命が長いのは正直羨ましい。
二つの種族――ドワーフとエルフは人間の体とつくりが似ているので、互いの間に子を成すことができる。つまり、ハーフドワーフってのはドワーフと人間の間に生まれた子供、ってことだ。
ちなみに異なる種族間で生まれた子供は差別の対象になったりするんだが……そんな話は今どうでもいいか。
「ちなみにあんたらのチーム名ってのはあるのか? ほら、白銀の翼みたいにさ」
「小僧はそいつらのことが好きみたいだな。さっきも、なんか言ってたろ」
俺が訊ねると、テーブルに身を乗り出して目を輝かせる。
あっ、これは触れたらヤバい話題だったか。
「当たり前だろ! この世界で一番強かった五英雄だぜ! ガキの頃に俺たちの村に来てくれたことがあってよ。邪悪なモンスターをばったばったとなぎ倒して、村を救ってくれたって、うちのじいさんがいつも話してくれるんだぜ。俺は幼かったから少ししか覚えてないんだけどさ」
熱を帯びた早口が怒濤のように押し寄せてきた。
声の熱量から本気で尊敬しているのが嫌でも伝わってくる。
「しかし、白銀の翼はよくない噂の方が有名ですよね。一国の住民を生け贄に邪神を蘇らせると欲望を叶え、世界を混沌へと導いた、と」
静かに語るバージンをキッと睨み付けるダリルイ。
大好きな人たちを侮辱されたと思ったようだ。
「それは噂だろ! 村を助けてくれたのは紛れもない事実だ! 俺はそんな根も葉もない噂なんかより、この目で見たことを信じる!」
拳を握りしめ、そう断言するダリルイを俺たちは目を細めて見つめるしか出来なかった。
「な、なんだよ、その顔は。って、白銀の翼の話よりも、あんたらのチーム名だろ」
「そうだったな。俺たちのチーム名は……くたびれた翼、だ」
「ぷっ」
堂々と名乗ってやったのに、吹き出しやがったぞ、こいつ。




