醜い
基地の廊下を駆ける俺とスマイル。
夜も更けているが廊下には明るい光が灯っているので、走るのに不安はない。
「この天井にぶら下がってるのんって、電気とかいうので動いてるはずやんね?」
「そうだな。俺たちの馬車と同じ仕組みだろ」
「うちらの馬車は天井のソーラーパネルと走行充電システムとかで電気溜めてるって話やけど、ここのはどうしてんの?」
小首を傾げて考え込みながら走っているが、そんなに気になるかね。
「屋上に発電システムとかがあるんじゃねえか。馬車の屋根にあるなんとかパネルのデカいやつとかがよ」
「あー、なるほど。納得やわ」
なんて、どうでもいい会話をしながら辺りを探っていると、少し離れた場所に二つの気配を感じ取った。
大きく淀んだ気が一つに、小さな気が一つ。
建物から少し離れた基地の敷地内。壁際付近で動きが止まっている。
あの高い塀を越えられないで困っている、といったところか。
「見つけたぞ」
「もう見つけたんか。なら、とっとと行くで
二階の窓から飛び降りると、続いてスマイルがスカートを翻して着地する。
「もしかして、下着見た?」
ジト目で睨んでくるが、平然と感想を口にした。
「もろに見えた。その色とデザインはねえだろ」
地味な色合いの毛糸で編まれた大きめの下着。色気もへったくれもねえな。
「この年になったら実用性重視に決まってるやん! 寝る前は、お腹冷やさへんのうにするのが一番大事なんやで」
「なんで若干キレてんだよ」
今も時折、若者のような反応をするスマイル。
下着を見られて照れる間柄でも年でもないだろ。と言い返したかったが、反論が百倍になって返ってくるのが目に見えているので口を噤む。
まあ、そうやって少し頬が赤い横顔は嫌いじゃないけどな。見慣れた顔のはずなのに少し見惚れてしまう。……俺も人のことは言えねえか。
「あの角を曲がって少し進んだ先に二つの気配がある」
「それが商人と子供なんやね」
「おそらくな」
建造物の端まで移動すると、足を止めそっと顔を覗かせ向こう側を覗く。
基地を囲む高い壁を蹴りつけている商人と、縄で手を縛られた少女がいる。何か悪態を吐いているようだが、この距離だと聞き取ることができない。
「縛られてはいるが、暴行の形跡はないか」
「無事で良かったわー。もし、ちょっとでも危害を加えていたら明日を迎えられへんかったけどね」
目に暗い光を宿して含み笑いをするスマイル。
命拾いをしたようだな奴隷商人。ちなみにこの場にいるのがバージンだったら、縄で縛っている時点でアウトだったぞ。運がよくて半殺しだ。
「で、どないすんの?」
「怒りで注意力散漫だからな。さっと近づいて叩きのめして終わりだろ」
あれだけ隙だらけなら背後に忍び寄るのも余裕だ。
念のために空水魔法発動しておけば、子供を傷つけられることもない。
スマイルを手で制すと、音と気配を殺して地面を滑るように進む。
怯えている少女と目が合い叫びそうになっていたので、自分の口に指を当てて「黙ってくれ」とジェスチャーで伝え片目を閉じると、小さく頷いて自分の口を押さえた。
いい子だ。
まだ壁を蹴り続けている奴隷商人の背後に立ったのだが、これっぽっちも気づいていない。
「くそっ! 無駄に高い壁を作りやがって! そもそも、あのじじいハンターが言うことを聞けば、自らこんな苦労を背負い込まずにすんだというのに!」
大声で悪態を吐き、駄々っ子のように壁を叩いている。
こいつ、逃亡中なのを完全に忘れているだろ。
深夜に大声で叫べば辺りに響くのは当然で「おい、こっちの方から声がしなかったか⁉」と話す豚人族の声が遠くの方から近づいてくる。
俺が手を貸さなくても簡単に捕まっていたに違いない。
「しまった、聞かれたか! くそっ、どこかに隠れ……か……うおおおおおっ⁉」
ようやく後ろに立つ俺の存在に気づくと、驚きのあまり腰を抜かしている。
おまけに手にしていた銃も落としやがった。とりあえず、蹴り飛ばしておくか。
「深夜に抜き身の刀を手にした男が無言で睨み付けているだけで驚くなんて情けねえ」
「ビビるに決まってんだろ!」
唾をまき散らしながら、震える指先を突きつけてくる。
脅かすつもりでやったが、ここまでいいリアクションをされるとは。
「また、声がしたぞ! こっちだ!」
豚人族の声がかなり近くなってきている。ここを見つけるのも時間の問題だ。
「しかし、馬鹿な真似をしたもんだ。自分だけなら逃げられたってのによ」
「うちの商品を持って出て何が悪い! こいつらはわしが金を払って買い取ったものだぞ!」
怒鳴り声を浴びせられた少女が泣きそうな顔になったので、肩に手を置いて引き寄せると後に隠してやった。
いつの間にか側に来ていたスマイルが少女を抱いてハンカチで涙を拭くと、安心したのか目を閉じてじっとしている。
ガキの面倒は任せておけば大丈夫か。
「商品ねえ。どうせ、違法に汚い手段でも使って買い取ったんだろ?」
「どんな手段であろうと、こいつの両親が借金をして子供を売り払った事実は曲がらん! 責めるならわしではなく親であろう!」
正論っぽく聞こえなくもないが、違法な手段を使ったのであれば何を言おうが違法だ。
どんな手段を使ったか興味はあるが、訊いたところでこいつが素直に答える義理はない。言質を取れたら、それを元に証拠を集めてこいつを役人に突き出すのも可能なんだが。
「ちなみに、どんな手段使ったん?」
俺が躊躇していたことを、スマイルがあっさり訊ねやがった。
「はっ、教える義理はない!」
「そう言わずに、そこをなんとかならん? 教えてくれたら特別にぃ」
スマイルがまだ尻餅をついている奴隷商人に歩み寄ると、体をくねらせながら前屈みになり甘えた声を出している。
たぶん、当人はなまめかしい仕草をして誘惑しているつもりなのだろうが「はっ」鼻で笑われた。慣れないことをするからだ。
「顔はそれなりのようだが若さと色気が足りんな。そもそも、その中途半端に肉付きのいい体が気に食わぬ。それになんだ、その妙に気持ちの悪い動きは。田舎者の芋っぽさ丸出しではないか。わしが通っておるクラブのママは指の先まで洗練された色気たっぷりの……お、おい、その炎は、な、なんだ! お、おい、それをどうする気だ!」
言いたい放題だった奴隷商人が顔面から冷や汗を垂らしつつ、懸命に後退っていたがすぐに壁に背が当たり逃げ道がなくなった。
両手に炎を宿したスマイルが体を左右に揺らしながら、じわじわと迫っていく。
この後の結末を想像して哀れな男に手を合わせると、凄惨な現場を見せないように少女を連れてこの場から去る。
「お、おい。そこに転がっていた錆びた鉄の棒を炙ってどうする気だ! おい、何か言え! な、なあ、何か言ってくれ! 何か言ってくださいませんか! お願いですから何か言ってええええええぇぇ」
悲鳴が聞こえないように少女の耳に手を当てる。
「うふ、うふふふふふふふふふふ」
背後から熱風と背筋が凍るような笑い声が聞こえてきたが、振り返ることなく建物内へと戻った。
十分後、顔から表情が消えた奴隷商人をスマイルが引きずり戻ってきた。
豚人族に身柄を渡す際には何の抵抗もなく大人しく付いていったのだが、哀愁漂う背中に思わず同情してしまう。
体型と年齢は禁句だからな。迂闊に馬鹿にすると地獄を見るハメになる。何が怖いってスマイルが終始笑顔なことだ。満面の笑みに見えるが目が笑ってねえ。
「なあ、何やったんだ?」
「うふふ。ほんまに知りたいん?」
「……いや、いい」
首を横に九十度傾けてこっち見るな。思わず目を逸らしちまった。
奴隷商人があの状態なら何を訊いても素直に答えるだろう。豚人族には「悪事の証拠になるような情報を聞き出して欲しい」と事前に頼んで了承をもらっている。
それを町の役人とハンターギルドに提出して、正当な裁きを下せばよし。もみ消すようなら、俺たちがもう一暴れすればいい。
「ありがとうございました。少女も無事助けられたようで何よりです」
ここのボスをやっている迷彩服の男が笑顔で礼を口にする。
「乗りかかった舟だからな。それで、あの商人はどうするんだ。役人に突き出すなら、ハンターギルドに寄るついでに町まで運んでやるが?」
「そうですね、最終的にはそれがいいのでしょうが、その前に少しお仕置きをしなければなりません。この基地で我々に従わなかったことに対する罰をその身に教え込んでやらないと」
目を細め口角を吊り上げて嫌な笑いをするボスに、忠告をするべきか判断に迷う。
元々は穏便に解放する予定だったというのに、話をややこしくしたのは奴隷商人だ。自業自得とはいえ、豚人族に殺害されたとなると後々問題になる。
一応、釘だけは刺しておくか。
「殺したりはしねえよな?」
「えっ! 滅相もない! そんな恐ろしいことはしませんよ。二度と少年少女に危害を与える気がなくなるように、ぶっ通しで魔法少女ホリヒールのブルーレイを視聴し続けるだけです」
「へえー、そうなのか……えっ?」
こいつ今、さらっととんでもないことを口にしなかったか?
「ブルーレイってのは、確か異世界の記憶を保存して見ることができる円盤だよな」
「よくご存じで」
地球にいるときに映画ってのを何度か観たことがあった。
あんな薄く丸い板に映像が入っていることに、度肝を抜かれたことを今も鮮明に覚えている。あれから映画にハマったんだ。
俺は時代劇、スマイルは喜劇、バージンは純愛作品、リトルはアニメだったか。毎日、どれを観るかでもめてたな、懐かしい。
魔法少女アニメってのはリトルが熱心に観ていたあれか。
「確かそのアニメってのは、かなり長いんじゃなかったか?」
「おやおやおや、そこまで知っているのですか。毎週日曜日に放映されていた何十年も続いていた長寿番組ですからね。全部は無理だとしても、最低一週間は付き合ってもらわないと」
一週間も魔法少女のアニメを強制的に観ないといけないのか。
その話を隣で聞いていたリトルの目がキラキラと輝いていやがる。
「リトルさんもよろしければご一緒しますか?」
「うむ、是非に!」
明日にでも町へ戻るつもりだったが、一週間は滞在する必要がありそうだ。




