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老いた英雄は栄光の道を逆走する  作者: 昼熊
二章

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33/49

君の名は

 さっきまでは青々と草が茂っている平原を突っ切る道路を走っていたのだが、今はそこから逸れて脇道を進んでいる。

 周りの景色も様変わりして視界の大半を砂利と岩が占めていた。植物なんてどこにもなく殺風景で、眺めているだけで気が滅入りそうだ。


「道路付近で襲われて、こっち側に連れ去られたって話だよな?」


 視線は前から逸らさずに話しかける。


「ふああああぁぁ。あー、うーん、そうらしいで。捕まって運ばれる途中で逃げたハンターが嘘言ってなかったら、やけど」


 助手席に座っているスマイルがあくびをかみ殺しながら、目元をこすっている。「一人でおるのは寂しいやろ?」とか言いながら隣に陣取っていたくせに寝ていやがったな。


「今回の案件って十年前に逃がした豚人族とかいうオチあらへんよね?」

「さあな。憶測で物を言うのもあれだが、可能性はあるんじゃないか」


 王にはすべて討伐したと伝えたが、実際は……逃がしている。理由は――子どもだったから。

 自給自足していた豚人族はすべて子どもで親は人間に殺され、残った子どもたちで小さな集落を築き暮らしていた。

 初めは討伐する気満々だったが、モンスターとはいえ怯える子どもに手を掛ける気にはなれず、この場所から立ち去れば見逃すと提案して向こうも承諾したのだが。


「あのときの子どもが大人になり人間に復讐を開始。って考えるのが妥当だろうな」


 当時は目まぐるしく日々が過ぎていたうえに、三十年前の記憶となるので曖昧だが、大人しく頭のよい子どもだった、と微かに覚えている。


「話し合いで解決できればええんやけど、そう甘くはないのが世の中やから」


 そう言いながらも表情は悲しげだ。

 依頼人の言葉を真に受けず、モンスターだからと色眼鏡で見ず、相手と状況から冷静に判断して正しい決断を下す。今ならそれができるはず。


「同じ轍は踏まねえさ」


 それはスマイルに向けてというより、自分に言い聞かせた言葉だった。


「ライク師匠、進路方向になんかいるよ!」


 大声と共に、にゅっと目の前に逆さまのシエルの頭が飛び出してきた。

 また馬車の上に登って見張り役を買って出ていたのだが、言われるまでもなく既にその気配は感じ取っている。

 目を細めて遠くを見つめる。数は六体。

 徐々に近づくにつれその姿がハッキリしてきた。

 背は俺よりも高いがバージンより少し低いぐらいで、体つきは引き締まって筋肉質。全員がゆったりしたサイズのコートとズボンを着込んでいる。足下は頑丈そうなブーツ。

 三体は大きな盾を構えているが、前に立つ残りの三体は見たところ武器を携帯しているようには見えない。背中かコートの内側に隠しているのか?


「ダーシュ足を止めてくれるか」


 指示に従い馬車が停車する。

 俺が御者席から降りると続けて馬車から仲間、屋根からシエルが飛び降りて後ろに並ぶ。

 あいつらとの距離は大股で十歩程度。ここまで距離が縮まれば衰えた視力でもハッキリ見える。

 こいつら豚人族……なんだが、違和感しかない。

 特徴でもあるだらしなく腹の出た脂肪に包まれた体はどこにもなく、袖ををまくってむき出しになっている腕には、贅肉の欠片も残っていないように見えた。

 更に言うなら顔だ。鼻と耳は豚の特徴を残しているが、それ以外がすらっとしていて顔の作りも悪くない。だからこそ、鼻と耳とのミスマッチ感が半端ないが。


「わっ、イケ豚人族! 鼻と耳がもったいない!」


 俺も含めた全員が思っていたであろうことを口にしたのはシエルだ。


「この先は通行禁止だ。……って、老人と女子供か。今なら見逃してやるから、とっとと引き返しな」

「ほう」


 思わず感嘆の声が漏れてしまう。それぐらいモンスターとは思えない流暢な喋りをしていた。

 そもそも頭が動物の形をしているモンスターや亜人は声帯が人間とはかなり異なるので、人の言葉を覚えても人のように話すのは難しい。だというのに訛りも感じられない心地のよい声の響きをしている。

 それに動物やモンスターは生物の本能として弱いものを狙う習性がある。襲いやすい相手から仕留めるというのは理にかなっているからだ。

 だというのに俺たちが年寄りと女連れだと知って見逃そうとするとは。これは話の通じる相手とみて間違いない。ここは相手の神経を逆なでしないよう、穏便に会話してみるか。


「あんたらは――」

「師匠、師匠! あの豚人族、語尾にぶひっ、とか言わなかったよ! 醜いぐらいだるんだるんに太ってないし、偽物だよ、あれは! 読んだ本ではぶひぶひ言ってたもん!」


 相手に向かって指を指し、失礼なことを連発しているバカ弟子を見て、思わず顔を手で覆う。


「そこの女。……俺は正真正銘、豚人族だ」


 ああ、怒りで若干声が震えている。それでも、感情を抑えつけて冷静さを装っているのは立派なもんだ。


「嘘っ」


 その発言が衝撃的だったのか、よろめくように後退っている。そこから流れるように助けを求めるような目を俺に向けるな。


「間違いねえよ。あれは豚人族だ」

「そっか。ごめんなさい」


 シエルは相手……に向き直ると深々と頭を下げる。

 その態度の変化に驚かされたのか、キョトンとした顔で反応に困ってるな。


「わ、わかればいいん――」

「すっごく頑張ってダイエットしたんだね! その方法教えてよ! 豚人族でも痩せるダイエット術とか本にして売ったら大人気間違い無しだから!」


 メモ帳を片手に鼻息荒く連中に突進しようとするシエルの首根っこを掴み、後ろに投げ捨てた。

 バージンががっちり掴み、羽交い締めにしてくれている。こいつを放置していると話がわき道に逸れて迷子になっちまう。


「すまんな、うちのバカ弟子が迷惑をかけた」

「お、おう。いいってことよ」


 あっさりとこちらの謝罪を受け入れてくれた。

 酒場でくだを巻いているハンターどもより、話のわかる連中っぽいな。


「話を戻すが、引き返すわけにはいかねえんだ。俺たちの目的はあんたらだからな」

「俺たちを討伐に来たハンターか。それにしては老けすぎているようだが」


 場の空気が一瞬にして引き締まる。

 俺の発言を聞いて向こうも意識を改めたようで、目つきが鋭くなった。


「老人や女子どもをいたぶる趣味はねえ。やめておいた方が身のためだと思うぜ」

「ご忠告は感謝するが、そういうわけにもいかねえ職業でな。だが、その前に一つ話がしたくてよ。依頼ではお前さんらは商人を襲い人をさらったとあるが、相違ないか?」


 今までの対応を見る限り、そんな非道な行いをする連中だとは思えない。だが、判断材料としては弱すぎる。

 こういうときは素直に問いただすのが回りくどくなくていい。仮に嘘を吐いたとしても、態度や口調で嘘かどうかの判断ができる。


「それは……嘘じゃねえな。実際に商人を襲ってガキ共を連れて帰ったぜ。俺たちの根城にな」

「あー、見た目はそんなだけどやっぱり悪いモンスターだったんだ! 師匠、ぶっ飛ばしていいよね⁉」


 バージンに捕まった状態で脚を振り回して暴れているシエル。


「お前は本当に血の気が多いな。相手を見習ったらどうだ」

「確かに引き締まった体は立派だと思うけどさ」

「腹直筋と上腕二頭筋が見事ですね」


 筋肉フェチ共は黙ってくれ。


「なあ、黙って帰ってくれねえか?」


 疲れた表情で優しく語りかけてくる豚人族のリーダーらしき男。こちらの対応が面倒臭くなってきているようだ。……気持ちはわかるぞ。


「悪い悪い。でだ、もう一度話を戻すが商人を襲い人をさらった理由を教えてくれ」


 肩をすくめて謝罪してから問うと、一瞬だが驚いた顔をした。


「俺たちの姿を見てまともな話し合いをしようとしたヤツらなんて、お前らが初めてだ。礼儀には礼儀で応えよう。まずは名乗らせてもらう、俺はコイツらの頭をやらしてもらっている。名はオークライ。この名は俺に屈辱を与えた男の名をあえて加え、忘れずにいるためだ」


 堂々と名乗るオークの宣言を聞いて、冷や汗が噴き出た。

 オークライ。屈辱を与えた男の名。

 オー、クライ。俺の本名は――クライ。

 これで関連がない、なんてことを言えるほど面の皮は厚くない。


「あんた、何やらかしたん? まさか、豚人族との隠し子⁉ あんたならやりかねん……」

「どことなくライクの面影があるような」

「若さ故の過ちかのぅ」


 勘違いした仲間が後ろの方で騒いでいてイラッとするが、今は突っ込む心の余裕がねえ。もちろん、豚人族のメスに手を出した覚えはない!

 それに屈辱を与えたという発言。心当たりはないが、この状況からして目の前のこいつが何者なのかは想像がつく。


「ちなみに、その屈辱を与えた相手ってのは何者なんだ?」

「聞きたいか。ならば教えてやろう! ヤツは英雄などともてはやされていた人間の男で、白銀の翼と名乗る一味のリーダーをやっていた。名はクライだ!」


 はい、確定した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公は助けた……って程には傲慢には思っていない感じですが、そういう認識なのに、相手は恨んでいる……。 お互いの認識の齟齬が気になります。 次回がどうなるのか楽しみです。
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