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老いた英雄は栄光の道を逆走する  作者: 昼熊
二章

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30/49

邪神と少女

「ライク師匠、あのオバさん、なんであんなに不機嫌な顔しているの?」


 早朝の鍛錬で一方的に叩きのめされ、両手両足を広げ地べたに寝転んでいる少女――シエルが眉根を寄せてぼやく。

 その視線は俺を素通りして背後にある上空に伸び、怒りの形相で懸命に足掻いている邪神デリフィスを捉えていた。


「オバさんって、お前な……。邪神が怖くねえのか?」

「うーん、そりゃ初めて見たときはギャン泣きしてたけど、お母さんに毎日見せられてたら慣れた」

「普通は一回見たらびびって、二度と見ないようにするんだけどな」


 前々から思っていたが、こいつの母親の教育方針はどうなってんだ。

 ちらりと背後に目をやると、今日も必死にもがいている邪神がいる。

 まったく動いていないように見えるが、実はほんの僅かだが毎日少しずつ前に進んでいることを知る者は少ない。


「邪神がキレてんのは諸説あるんだが、一般的には世界の境界に挟まって完全復活できないことに苛立っている、って言われているな」

「上半身しか見えないもんね。じゃあ、下半身はどこにあるの?」

「異世界だな」


 疑問に対して即答する。


「異世界って、あの異物とかが流れてきた世界?」

「そうだ。そもそも、邪神は異世界に飛ばされて封印されていた」


 あっさりと話しているが、この事実を知っているのは世界中でも一握りの人物のみ。目の前のシエルは事の重要性をちっともわかってないようで、小首を傾げて唸っている。


「邪神の封印が解けたのって……師匠たち五英雄――白銀の翼の仕業だって噂されていたけど、本当はゼノス王がやらかしたんだよね?」


 旅に同行することを認めた際に、俺たちの旅の目的と正体をすべて明かしている。

 十年前に活躍した五英雄と呼ばれていた存在が俺たちで、ゼノス王を倒すために旅を続けていることも。


「まあな。騙されていたとはいえ加担していた事実は覆らねえがな。だが、俺たちが都合のいい嘘を吐いているだけかもしんねえぞ。本当は邪神を復活させた極悪人の集団だとしたらどうするよ?」


 悪党をイメージして口元を歪めるが、そんな俺を冷めた目で見ているシエル。


「ないない。これを見て極悪人に見えたら目の病気だよ」


 苦笑して指を差す方向には俺の仲間たちがいた。


「筋肉は一日にしてならず! 鍛える部位を意識して、時に厳しい父の如く容赦なく責め立て鼓舞し、時に慈愛あふれる母のように優しく労る!」


 訳のわからないことを熱弁しているのは、筋肉聖職者バージン。

 日課である逆立ち腕立て伏せをこなしながら、今日も無駄に元気だ。いつも背負っている盾は鍛錬中はそっと隣に置いているのだが、汚れないように敷物を間に挟んでいる。


「もうちょい、ゆっくりしてくれんかのぅ」


 アメをなめながら文句を口にしているのは、なぜか鍛錬中のバージンの足裏に座り上下に揺れている幼女――リトル。


「なるほど、ゆっくりと筋肉を鳴動させることにより、いつもとは違った筋肉を育てるべきだと!」


 言葉の意味をはき違えているバージンに対し「うん」とだけ答えた。会話が面倒になりやがったな。


「あいつ、あんな目つきだったな。忘れてたぜ」


 逆立ち腕立て伏せをやっているので、うっとうしい前髪が下りて珍しく目が見えている。

 体の割につぶらな瞳をしていて、それが嫌で目元を隠しているのだったか。


「もうちょいしたら朝ご飯やで。あと、汗臭い連中は体ちゃんと拭きやー」


 エプロン姿の薬師スマイルが、馬車の窓から顔を覗かせて声を張り上げている。

 いつもと変わらない旅の光景。目的がなければ、のどかに見える旅なんだけどな……。


「うっし、鍛錬はここまでにすっか。服の汚れ軽く落として汗拭いとけよ」

「うほおおおっ、飯だ飯だー!」


 シエルは勢いよく立ち上がり土埃を払い落とすと「お水よろ!」とリトルに頼む。

 小さく頷き人差し指をぐるりと回すと、何もない上空から大量の水が流れ落ちずぶ濡れになっている。

 いや、加減しろよ。


「うっひょー、気持ちいいー」


 袖のない服一枚という薄着なので下着が透けて見えるが、まったく気にもしていないようで呑気に喜んでいる。

 俺が若けりゃ軽く興奮しただろうが、この年になると風邪を引かないか心配になるだけでエロい発想には繋がらない。


「やだっ、じろじろ見て。エッチー」


 わざとらしく身をよじって、腕で胸を隠している。


「圧倒的に成熟した色気が足りねえよ。二十年後に期待だな」


 子どもの水浴びを見守っているのと同じ感覚だ。


「二十年後って、ライク師匠もう立たないじゃん」

「そのように下品なことを口にしてはいけませんよ」


 俺より先にツッコミを入れたのはバージンだった。清純を尊ぶ宗派の信者だけあって、こういう言動は聞き逃さない。


「バージン師匠は頭固いなー。女だからって考えは時代遅れだよ」

「いえ、男性の発言であっても私は許しませんが?」

「…………あ、うん。なんか、すみません」


 ほんとブレないなこいつは。

 見かねたリトルが火と風の魔法を組み合わせて、ずぶ濡れの服を乾燥させている。

 シエルが増えてからというもの日常の騒がしさが増したが、こんな毎日も悪くないと思う自分がいる。仲間も同じようなことを考えてそうだが。


「ライク師匠、早く来ないと全部食べちゃいますよ!」

「ああ、わかった。今行く」


 大きく手を振る弟子に促され、食卓へと足を運んだ。





「ひひょうー! じゃふぃんっへ もひょは女神なんふぇふふぇほへ」

「呑み込んでから話せ」


 食事中に大声で質問するんじゃねえ。汚いだろうが。

 一応、咎めたことで黙ったが、好奇心で輝いた瞳が俺を捉えて放さない。


「はあー。邪神が元は女神だったかどうかって質問か」

「……ライク、今の聞き取れたんや」


 どうでもいいことでスマイルが感心している。


「邪神と善神については俺よりも詳しいヤツに任せた方がいいか」


 そう言って目配せすると、綺麗な布で熱心に盾を磨いていたバージンが手を止めた。


「ああ、私ですか。邪神デリフィスと善神セルフィスは双子の神でして」

「ぶふああぁ! えっ、双子だったの⁉」


 意外で驚くのは勝手だが、口の中の食いもんをまき散らかすな。

 咄嗟に空水魔法ですべて防ぎ、手で仰ぐようにして空水に波を起こし全部返してやった。


「うわっ、やめて! 口から出たのが戻ってくるうううっ!」

「お話を続けますよ。二神はとても仲の良い双子だったのですが仲違いをしたようで」

「仲違いの理由は不明なん?」


 お茶を飲みながら聞き役に徹していたスマイルが口を挟む。


「諸説ありますが知る術がありませんので。それで、デリフィス神はモンスターを率いてセルフィス神に襲いかかったのですよ。人や亜人と協力して迎え撃った結果、勝利を収めたのは……セルフィス神陣営でした」

「そこの話は有名だよな。俺も昔、教会の神父に聞かされたぜ」

「教会で語る定番のお話ですからね。生命を司るセルフィス神は自らの髪から生み出した、相手の力を徐々に奪い消滅させる聖なる鎖でデリフィス神を封じ、異界へ封印した。だが、デリフィス神は最後の足掻きとばかりに時を操る力を使い、自らの時を止めて鎖の効力を届かないようにしたのです」

「あっ、だから空で止まってるんだ。前から疑問だったの、あんなに怒っているならとっとと出てくればいいのにって」


 得心がいったようでシエルは手を叩いて大きく何度も頷いている。


「いつか自分を解放しようとする者が現れるまで、邪神デリフィスは異界で辛抱強く待ち続けたのです」

「あー、その邪神を復活させようとしたのが、ゼノス王って話なんだね」


 疑問が解決してスッキリしたのか、残っていた飯を一気に掻き込むと外に飛び出していく。


「食後の運動してくるー!」


 開けっぱなしの扉の向こうで大きく腕を振り、駆けていく後ろ姿がもう点になった。

 あの切り替えの速さと、食後にすぐ動ける胃腸の強さは羨ましい限りだ。

 




 食事が終わり、再び馬車を走らせ目的地へと移動している。

 御者席で風景を眺めながらまったりしたいところだが、隣でバタバタとうるさい。


「ところで、どこに向かっているの?」


 馬車に併走しているシエルが不意にそんなことを口にした。

 ちなみにこんな無茶な訓練を俺たちは強要していない。こいつが勝手に「鍛錬だー」と飛び降りて走っているだけ。


「もうちょい北東に進んだところにある廃城に用があってな」

「廃棄されたお城? なんで、そんなところに?」

「一昨日に立ち寄った村のハンターギルドで依頼を受けたんだよ。その城は十年以上前から放置されていたんだが、最近そこにモンスターが住み着いたらしくてな」

「おーっ、モンスター退治! ハンターっぽい仕事だね!」


 話を聞いて血が滾ったのか、走りながら拳を何度も突き出している。


「話によると住み着いたのは豚人族の集団らしいんだが、かなり厄介な連中らしい」

「それってあれでしょ。二足歩行の豚で食欲と性欲の化身だって、お母さんが言ってた。倒すときは色気を振りまいて、油断したところで不意打ちをするのが一番だって」

「そういうイメージが浸透してるみたいやけど、実はそうでもないんやで」



 御者席の後ろからにゅっと顔を出して、話に割り込んできたのはスマイルか。

 炎のように赤く長い髪が首筋に当たってくすぐったいんだが。


「実際は頭も良くて清潔好きな種族やったりするんやけどね、これが」

「へえー、意外だー」


 モンスターの犯行として一般的に広まっている噂の一部は、人間の悪行をモンスターに押しつけた、という説がある。

 実際の話、山賊の非道な行いの結果が目を覆いたくなるような光景だったために「こんなのは人間の仕業じゃない」と思い込みたい連中が勝手にねつ造した話、なんてのはよくある。


「人間もモンスターも一概には言えねえんだよ。いいヤツもいれば悪いヤツもいる。それはどの種族だって同じだ」


 とはいえ、動く死体や悪霊のように理性が存在せず、本能の赴くままに行動するモンスターもいる。そういうのには当てはまらないので注意が必要だが。


「じゃあ、今回の豚人族は?」

「行商人や近隣の村を襲って、人間を捕まえて廃城に運んでいるらしい。いい連中とは思えねえな。頭はいいようだが」


 少なくとも集団行動ができて人間を出し抜ける知能があるということだ。


「頭が回る悪党なんて一番厄介なタイプじゃん」

「そうだな」


 豚人族は力と回復に優れた種族で、ある程度の実力がないハンターは手を出さないほうが利口な相手だ。

 それに統率力が加わっているとなると確かに厄介……だったろうな、俺たちが若手の新人時代なら。


「まあ、どうにでもなるだろうよ」


 今の実力なら、その程度の集団なんて相手にならない。油断する気は毛頭ないが、そこまで注意しなくてもいいだろう。

 ――なんて呑気に構えていたことを後に後悔することになるのだが、今の俺にその事を知るよしもない。

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