元英雄VS元王
「あのニヤけ面に弾丸ぶち込んだる」
俺の右横に並ぶスマイルが銃を手に取り弾を込める。
「ゼノス王、貴方はこの世界にいてはいけない」
バージンが目を閉じ祈りを捧げているのは、あいつに対してじゃない。野望に巻き込まれ蹂躙された人々への祈りだ。
「楽に死ねると思わぬことじゃな」
いつもの緩んだ顔からは想像できない鋭い目つきで、力のある言葉を吐くリトル。
俺と同じように仲間にも強い想いがある。譲れない、譲ってはいけない、信念が。
「意気込みだけは評価しよう。だが、その老いさらばえた姿でどうするというのだ?」
「わしは若返っておるぞ?」
「当時より身体能力上がってますが?」
挑発するゼノス王に対し、くるりと回転して若さをアピールするリトルと、ポージングをして筋肉を見せびらかすバージン。
顎に手を当ててじっと見つめていたゼノス王だったが、疲れたように頭を左右に振る。
「そこの人外は別としてだ」
「かわいさが人を超えてしまったのかのぅ」
「いやー、筋肉をそこまで褒めていただけるとは」
照れている仲間二人は取りあえず放っておこう。今、相手にすると話が進まねえ。
「クライとハーフドワーフは、まともに年を重ねたようだな。魔力と肉体の衰えが手に取るようにわかるぞ」
今、明らかに侮蔑を込めた目でスマイルを見た。名前すら呼ばないとは……相変わらず種族差別を平然とやりやがる。
「俺の名前は覚えていてくれたようだな」
あの日捨てた名を久々に呼ばれた。あまりにも久しぶりすぎて、一瞬誰のことか戸惑ったぐらいだ。
「やはり老いた体は醜い。はち切れんばかりだった筋肉が削られ、水分の抜けた枝のような手足。間抜けで滑稽ではあったが昔の貴様らの方がまだ見られたぞ」
「男に見つめられても嬉しくねえよ」
「あんたも、あんとき四十ぐらいだったくせによう言うわ」
言い返す俺たちの側で「私は(わしは)違うけど」みたいな顔してんじゃねえぞ、バージン、リトル。
「あちらの世界で人生を終えればいいものを、なぜ戻って――」
「おいおい。てめえは、俺たちとお喋りをしにきたのか?」
相手の言葉を遮り、刀の柄に手を置く。
昔話をやりたいんじゃねえ。こいつを殺りたいんだ。
「人生の終止符を少しでも先延ばしにしてやろうという余の慈悲がわからんとは」
「世界一、優しさが似合わねえ男のくせに何言ってんだ」
「あんたが似合うのは、やらしさぐらいやんか」
「いやらしさ、では?」
小馬鹿にする俺たちを睨む目つきが鋭さを増す。
煽りに弱いのは変わらないみたいだな。
「望み通り死なせてやろう。余が自ら手を下すことを光栄に思うがいい」
「思うか、ボケが」
全身に魔力を巡らせながら足に多く集める。
ゼノス王までの距離は大股で十歩ぐらいか。それなら――
足の裏で魔力を爆発させ、それを推進力として斜め前方に跳ぶ。
昔よりも魔力操作が巧みになり、それに加え老いて軽くなった体は昔よりも加速力と跳躍力を増している。
異物の建物で偉そうに語るゼノス王の懐に一瞬で飛び込むと、相手の無防備な腹を薙いだ。
……はずなんだが。なんだこの感触は。
斬り裂いた手応えを一切感じず、かといって堅いものに触れたような衝撃もない。
刃はコートに触れる直前で止まっている。刀との間には何もない空間があるようにしか見えないが、微かに淀んだなにかが映っていた。
黒い霧のようであり煙のようでもある、何かが。
「中々によい一撃であったが。何人たりとも余を傷つけることは叶わぬ」
首筋と背中に悪寒が走り、慌てて飛び退き距離を取る。
ゼノス王は両手をコートのポケットに突っ込み、立っているだけ。構えも取らず隙だらけな姿を晒している。
だというのに未だに俺の本能が警鐘を鳴らし続けていた。
「ほう、老いても勘の鋭さだけは衰えぬか。よくぞ見切った」
「何のこと……だ」
ミシリと何かが軋む音がしたかと思えば、異物の建造物に亀裂が広がる。
俺たちの目の前で建造物が音を立てて崩れていく。
瓦礫の山と化した異物の上に佇むのはゼノス王。
自然に崩壊した、なんて寝ぼけたことを言う気はない。犯人は誰かなんて愚問だ。しかし、ゼノス王は一歩も動いてなかった。それは間違いない。
となると――
「あの全身を覆う薄らとした煙みたいのがからくりか」
「生命と闇の波動を感じます。あれはおそらく……人の魂を闇の力に変換したものでしょう」
専門家であるバージンの考察に頷くしかない。
「あの老人に授けた骨の武装は、この魂魄装の下位邪法でしかない。本来は見栄えの悪い骨などにせず、このように魂を粒子として操るものだ。威力、強度はあのようなものとは比べものにならぬぞ」
ゲクリスの骨の鎧ですら面倒だったのに、あれよりも上なのかよ。面倒臭え。
「ふむ、更に絶望を与えてやろう。あやつは数百人程度の死者の魂を利用したに過ぎぬが、余はどれほどの魂を操っているのか……知っておろう?」
その言葉の意味を瞬時に理解してしまう。
ゲクリスは近隣の村人を殺して何百もの魂を集めた。
一方、ゼノス王は百――万もの国民を殺した。
「不老不死、百万の魂を操る力。さて、翼を失った貴様らはどうやって余と戦うというのだね?」
冷静に考えを巡らせようとするが、冷静になればなるほど頭をよぎるのは絶望の文字。
「現在の実力は把握しておる。あの程度の力で抗えるとでも言うのか?」
圧倒的な強者の言葉。傲慢な物言いだが、それは事実。
ヤツの言葉が本当なら、抗えない力の差があるってことだ。
だが、それでも……。
「足掻いてみせるっ!」
「あっ、自力で立ち直ってもうた。まだうじうじつまらんこと言ってたら、張り倒したろうと思っ取ったのに」
俺の背後で肩をぐるぐる回してビンタの練習をするのやめろ、スマイル。
「やらないで負けを認めるなんてらしくないですからね」
バージンが両手の鎖をゆっくりと外し、その先端に白と黒の鉄球を装着している。
「しかし、不思議じゃのぅ。なぜにそんなにも悲観的になっておる」
一人だけ緊張感のないリトルが首を傾げて、しかめ面をしていた。
さすがにこの状況を理解していない、というのはないと思いたいが、緊張感が微塵も感じられない。
「悲観的にもなるだろ。相手は邪神に不老不死を与えられて、邪法で百万もの魂を操れるんだぞ。普通は絶望する場面だろうが」
「その前提が間違っておる。のう、ゼノス王」
リトルがピンクの杖で自分の肩をトントンと叩きながら、目を細めじっと見つめる先には少し驚いた顔のゼノス王がいた。
「講釈を垂れてみよ」
「ふむ。まず、不老不死ではあるまい。あやつは邪神の復活を叶える褒美に不老不死を願った。じゃというのに、ほれアレを見よ」
杖の指す方向には苦悶の表情で、忌々しげに大地を睥睨する邪神の姿がある。
「邪神の復活は未完成で叶っておらぬ。故に不老不死も不完全である、と考えるのが妥当じゃろうて」
「そうか……。次元の狭間から上半身が出ているだけで、下半身は異世界にある。これでは復活したとは言い難い」
まだ復活は成立していない、というのにゼノス王の願いを叶える。邪神がそんな優しい存在だとは思えないよな。
横目でゼノス王の顔を確認すると、興味深げに俺たちを見ていた。話の邪魔をする気はないようで、聞き役に徹している。
「更に百万の魂を操れる、とほざいたようじゃが、邪神の復活に生け贄の魂のほとんどを消費したのではないか? 本当に操れる魂の数はそこまで多くあるまい?」
その問いに対するゼノス王の反応は無言。
すーっと感情の消えた顔で、何を考えているか伝わってこない。
肯定でも否定をするわけでもなく、ただそこにいる。
相手の出方をうかがっていると、ゼノス王はポケットに入れていた手を初めて外に出す。そして、ゆっくりと尊大に手を叩く。
「幼子になっても頭の冴えは変わらぬようだな。エルフの魔法使いよ」
リトルは称賛されて満更でもない顔をしているが、日頃のぼーっと飯を食っている姿をあいつに見せてやりたい。
「確かに、魂の多くを邪神に捧げた。故にそこまで多くの魂は操れぬ。この体も不老不死としては不完全なのを認めよう。しかしだ、それがどうした? それでも万単位の魂を余は取り込んでいる。圧倒的な力の差に違いはあるまい」
悔しいがその通りだ。攻撃を加えた際に感じた力量。
肌で感じた相手の強さは尋常ではなかった。
「違いはありまくりだろ。百万が万になったってことは百分の一の強さってことだ。なんとかなりそうな気がするじゃねえか」
「そやね。百分の一まで能力を削った! って考えたら余裕で勝てそうやん」
「勝率が一割どころか一分しかなかったというのに、十割になったようなものです」
「おっ、いいこと言うじゃねえか」
どう考えても計算がおかしいが、今は少しでも気分を盛り上げるために便乗しておく。
なんだかんだ言っても俺たちに逃げる、という選択肢はないんだ。腹を括って対峙するしかない。
修羅場なんて数えられないぐらい潜ってきただろう。悩むな、ためらうな。
やることは単純明快。この刃をあいつの胸に突き刺す、それだけだ!




