師匠と弟子
登山から三日後。
前の戦いの疲労が完全には抜けきっていない状態で無理をしたせいで、節々の痛みと疲労が抜けきらずに、完全回復まで結構時間がかかってしまった。
「はぁー、ようやく元に戻ったか」
早朝に目が覚めたので庭で刀を振っているが、日頃と変わらぬ動きができるようになっている。
日課としている素振り。漫然とただ振るのではなく、目の前に仮想の対象を思い描きそれに応じて打ち込む。
今日はモンスターより人間相手にするか。
それも今まで戦ってきた強敵の一人。王の近衛兵だった女にモテモテの男。槍の名手で当時の俺はかなり苦戦した。
意識を集中すると目の前に近衛兵の幻影が浮かび上がる。
槍の間合いは刀よりも広い。一番気をつけるのは突きだが、実は槍というのは刺されるよりもその重量による叩きつけがヤバい。
振り下ろしの一撃を受け止められるのは、バージンのような怪力自慢が頑丈な武具を装備しているときのみ。俺なんかが刀で防いだら刃が折れるか、腕の骨や関節を持っていかれる。
故に――
初撃の突きが放たれる。実際には聞こえないはずの風を切る音が耳に届く、のとほぼ同時に穂先が目の前に現れた。
速い、が避けられないほどじゃない。
左足を後方に滑らすようにして槍の一撃を躱す。通り過ぎた穂先が戻る前に、一気に前へ跳ぶ。
そのまま流れるように抜刀をして相手の腹を薙ぐ。
防御が間に合わず、あっさりと腹を斬り裂かれた近衛兵が姿を消す。
「まあ、こんなもんか」
あのときはギリギリで勝てたが、今と昔は違う。身体能力は落ちているが、技の冴え、先読み、駆け引き、そういった能力は格段に上達した。
若い頃はがむしゃらに剣を振り回し、感覚で戦うことが多かった。それでも勝てたのは才能と身体能力の高さ。それと仲間の助けがあったから。
「それを知るのが遅すぎたけどな」
独白して苦笑する。自分の間抜けさに笑うしかない。
「隠れてないで、もっとよく見える場所で見たらどうだ。見物料は取らねえよ」
庭の隅にある茂みに向けて声をかけると、髪に葉っぱをつけたシエル嬢ちゃんが頭を掻きながら出てきた。
「うっわー。やっぱ、凄いんだねライクおじいさん。さっきの素振りのキレ、惚れ惚れしちゃった」
「ふっ、恋愛対象として惚れるなよ」
「それはない」
きっぱりと断言しやがった。
まあ、孫ほど年の離れた娘に求愛されても困惑するだけだが。
「あと、おじいさんはいらねえって言ったろ。ライクで構わねえよ」
「それじゃあ、ライクさんね。……はあー、今、本気でやったら近づく前にバッサリやられておしまいよね」
それでも俺に向かって届かない距離から拳を何度も繰り出しているが、想像の中で反撃を食らったようで「うわーっ」と断末魔を上げて大袈裟に倒れている。
俺と同じようなことをしているのだろうが、楽しそうだな。
「くううっ、脳内で一発も入れられなかった」
「残念だったな」
手を差し伸べると、力強く掴んで立ち上がる。
そして、抜き手を喉元に伸ばしてきやがった。
「ったく」
掴んだままだった方の腕を軽く捻ると体勢が傾き、今度は仰向けに倒れた。
好戦的な嬢ちゃんだ。
「あーもう、全然ダメだー」
「見込みはあるぜ。真面目に鍛錬を二、三年続けたら相当な腕前になるんじゃねえか」
お世辞ではなく本音を漏らす。
すると大きく目を見開いて俺を見つめると、嬉しそうに破顔した。
寝転んだ状態から勢いよく立ち上がると、俺の前で両膝を突いて頭を下げる。
「お願いがあります!」
「断る!」
勢いに乗って即座に返答する。
「まだ、何も言ってないよ!」
「どうせ、弟子にしてくれとか言い出すんだろ」
「よくおわかりで、師匠!」
「誰が師匠だ」
この流れ何度か経験してきた。
圧倒的な力量で叩きのめすと恨むか、怯えるか、尊敬するかの三択が多い。
尊敬を選んだ者は弟子になりたがるか、勝手に「兄貴」とか呼び出す。迷惑な話だ。
「えー、師匠になろうよー。今ならピチピチでかわいい女の子がついてきますぜ?」
胸を強調するように両腕で挟み、体をくねくねさせているが……あれで誘惑しているつもりか。
胸も尻も年の割に立派だが、いかんせん若すぎる。
「ゲスい顔して言うな。あと二十年は老けてから出直してこい」
十代は対象外だ。孫ぐらい年の差がある相手に欲情するほど落ちぶれてねえよ。
「ちぇー。これでも同年代にはモテモテなんだけどな」
俺が十代なら魅力的に映っただろうな。容姿が優れているのは認めるよ。
失礼な話だが、この村では断トツで美人だ。……そういや、母親が格闘家で幼い頃からしごかれていたという話だったか。
「嬢ちゃんは格闘技を母親から教わったんだよな」
「うん、そうだよ。母さんって昔は貧弱で薄幸の美少女なんて言われていたらしいんだけど、ナンパ目的の男が寄ってきてうっとうしかったから、格闘技を覚えて物理的に追い払うことにしたんだって。素手だと相手が油断して不意打ちがやりやすいから最高だって言ってた」
「豪快な母親だな……」
シエルがこうなった理由が垣間見えた。
「で、いつから修行が始まるの!」
「断っただろうが……」
「母さんがいつも言ってたの、押してダメなら更に押して隅に追い込めって」
「母親に物申したいから、連れてこい」
「残念。母さんは私より強い男を探しに行くって、二年前ぐらいに旅に出たよ」
……何者なんだよ、お前の母親は。
「父親は?」
「知らなーい。最高の血と能力だけもらった、って笑いながら言ってた」
……本当に何者なんだ。
文句を言う保護者がいないことに頭を抱える。
「で、これからはライク師匠の旅に同行するね。じゃあ、取りあえずの修行内容は?」
「お前の頭の中はどうなってんだ。断ったよな、俺は」
「あれでしょ。嫌よ嫌よも好きのうちってやつ」
「違えよ。あと女が言うことでもねえっての」
こいつのギラついた目と人の話を聞かない態度。一番厄介な、人の話を聞かないくせに自分の意見だけは押し通すやつだ。
なんとか説得を試みたいが。
「ここだけの話にしてくれよ。俺たちにはとある目的があるんだよ。それを果たすためにかなり危険なことに首を突っ込んでんだ。それこそ、いつ死ぬかわからない。俺たちは老い先短い身だ。この命を懸けることに憂いはない。だが、お前さんは若く未熟。俺たちと一緒にいれば、その先に待つのは確実な死だ」
「そ、そんな……」
俺の告白が衝撃的だったのか、うつむき肩をふるわせている。
キツい物言いだが、ここで折れて結果死なせてしまうよりはいい。
「辛い修行になるがついてくる覚悟はあるか? とのことですか!」
「違う!」
こいつ脳内で自分に都合のいいように変換してやがる。
あーもう、面倒臭い嬢ちゃんだ。こうなったら最後の手段――
「弟子なら、バージンが募集していたぞ。あいつは鎖も使うが基本素手と怪力でどうにかする戦闘術だから、学ぶことが多いんじゃないか?」
仲間に押しつける!
あいつは面倒見もいいし弁も立つ。うまい具合になんとかやるだろう。俺は信じているぜ、仲間を。
「あーっ、確かにあの割れた腹筋と盛り上がる大胸筋は見事だもんね! 体の鍛え方は参考になりそう。私もあんな感じでムッキムキになれるかな!」
「な、なれるんじゃねえか」
あんな筋肉だるまになったら幼馴染みの小僧は悲しむだろうけどな。
俺の返事に納得したのか、踵を返してダリルイの家に突っ込んでいった。早朝から叩き起こされる仲間たちを憐れに思い、手を合わせて頭を下げておく。
「すまん。我が身が一番かわいいんだ」
のんびりと道路の上を進む一行。
馬のダーシュに頼んで、いつもよりゆっくり走ってもらっている。
目的地は俺たちが拠点にしている町だ。そこにダリルイを連れて行き住める場所と仕事を一緒に探してやる予定……なんだが。
「うっひょー。この馬車すっごく立派ね! お馬さんもご立派だし! 馬車の中なんて私の家より立派だよ。このソファーもふっかふかで気持ちいいー。あーっ、台所が! うわっうわっ、水も出るよ!」
はしゃぐこいつも一緒なのは誤算だった。
あの日、仲間に押しつけ……説得を託したのだが、筋肉の教えに共感したシエルを筋肉バカが仮弟子にしやがった。
バージン曰く、
「しばらく辛い修行をさせてみるので、そこできっとあきらめますよ」
とのことだったが……不安しかねえ。
ダリルイを送るついでに修行を課しているのだが、今のところ難なくこなしている。
無茶はさせないのがバージンの方針らしいが、その基準が常人なら血反吐を吐いて白目を剥くレベルだ。
だというのに平然どころか楽しそうなんだよな、嬢ちゃんは。
「バージン師匠! 馬車に乗っては足腰の鍛錬にならないから、下りて併走するね!」
返事も待たずに走る馬車から飛び降り、回転受け身をしてすくっと立ち上がった。
そして速度を落としているとはいえ、平然とダーシュに併走している。
「早朝に手合わせを一時間。モンスター討伐一時間。近くの川で水泳一時間。をやったあとにあの元気。若さですかね?」
「そんなもんで片付けられてたまるか。頼むから、目的を忘れないでくれよ」
御者席の隣で感心しているバージンに釘を刺す。
意識を集中してシエル嬢ちゃんを凝視する。体運びだけではなく、体を循環する魔力の流れにまで目を通す。
身体能力の高さも尋常ではないが、魔力の通し方が絶妙だな。それに魔力量がかなり多い。属性魔法は精霊に好かれるかどうかという素質が必要なので、魔力があろうがなかろうが使えない者が多い。
だが、属性魔法は使えなくとも魔力は存在する。そして、その魔力を体に流すことで強化することが可能になる。
体中に走る神経に魔力を流すことで身体能力は数倍に跳ね上がるのだが、魔力操作は思っている以上に難解なのだ。
「教え方がうまかったのもあるだろうが、これは才能だな」
生まれるのが十年早ければ、白銀の翼の一員になれたかもしれない逸材なのは確かだ。
このまま鍛えたら、俺たちと肩を並べる戦力になる日も近いかもしれない。それこそ、欠けている五人目を補充できる。
だけど、それは無理な話だ。
「俺たちの尻拭いを他人にさせるわけにもいかねえよな」
ぼそりと呟き、流れる景色に目を向けようと右に視線を向けると、至近距離にシエルの顔があった。
俺の真横で併走していたのか。
「えっ、介護の話? 大丈夫だよ。うちのひいじいちゃんの下の世話は私がやってたから!」
……いい子なんだが。




