登山は体にいいらしい
「今度は登山かよ」
「愚痴ってる暇があるなら、足を動かしや、足を。男なら根性見せてみい」
「そういう男女差別を助長する発言はどうかと思うぞー」
「うっさいわ」
スマイルに叱咤激励されながら刀を杖代わりにして、山を登り続けていた。
昨日は丸一日も休んだとはいえ、体調は万全と言い難い。八割方は回復したが。
隣にはリトルを肩に乗せて「いい鍛錬になりますな」とかほざいている筋肉バカもいるけど。
村の裏にある山を七合目ぐらいまで上っているが、まだ山頂は先か。
ここは昔火山で噴火も頻繁にあったそうなのだが、三百年ぐらいはおとなしい休火山だ。その存在のおかげで村には温泉が湧き、村人は山からの恩恵を受けている。
裾の方は木々が生い茂っていたが、ここら辺りまで登ると草木は一本も生えていない。ゴツゴツとした岩肌ばかりで、殺風景の極みだ。
「嬢ちゃん、本当にこんなところに飛んでいく黒竜を見たのか?」
「……はい、後ろ姿でしたけど」
ぼそぼそと小さな声で返事をするシエル。
昨日、床にたたきつけてからずっとこんな感じだ。
自分との実力差を見せつけられて落ち込んでいる、というよりは拗ねてんなあれは。
「おい、小僧。なんとか機嫌取れよ」
「嫌だよ。シエル姉が大人しくなっているときが一番ヤバいんだって」
村で待っていればいいのに、わざわざ同行しているダリルイが耳元で囁く。
やかましいのが静かになったのはいいが、俺の背中にずっと恨みがましい視線が突き刺さっている。
負けて死ぬほど悔しがるってのは悪くない。負けず嫌いの方が伸びるからな。
あの戦いは完全な不意打ちだったが、それは、そうでもしないとあの状態では苦戦を強いられたからだ。
嬢ちゃんは強い、それは間違いない。母親が格闘家で小さい頃からしごかれてきたそうだが、あの年にしたら相当な腕前。
村では負け知らずで、ある程度のモンスターなら楽勝だったというのもうなずける。
とはいえ、今の体調なら何をされようが勝てる自信はあるけどな。
「そろそろ、出てきてくれるとありがたいんだが」
視界を妨げるものがないので見通しはいい。こちら側にいないだけで山の裏側にいるのかもしれない。
「リトル、何か感じるか?」
「炎の精霊が活発じゃのぅ。あと、山をぐるっと半周したところに巨大な気配があるようじゃが」
リトルの見つめる先にあるのは山肌だけだが、こいつには山を通した先が見えているのだろう。あの目は特殊で、精霊や生命のオーラを見ることができるそうだ。
「それじゃあ、のんびり回り込むとするか」
無言で頷く仲間と、緊張で顔がこわばっているダリルイとシエル。
黒竜と対面することになるかもしれない、という事実はガキには厳しいか。
「二人とも帰っていいんだぜ? こっから先はちょい危険だからな」
「ちょいって、竜なんだよ? それも凶暴な黒竜! みんなが強いのはわかるけど、モンスター業界で最強クラスの存在相手なのわかってる⁉」
おっ、ちょっと元気が戻ってきたじゃねえか。
これが一般の反応なのはわかる。言っていることも間違いじゃない。
「んなこと言われてもな。黒竜なら何度か倒し……おっと、来たか」
不意に視界が暗くなり、影に包まれた。
太陽があった方角に顔を向けると、巨大な黒竜が翼を羽ばたかせてゆっくりと進路方向に下りてくる。
漆黒の鱗に覆われ翼の生えた巨大なトカゲ。見上げるほどの巨体だがこの大きさはまだ幼体だ。気になるのは頭が二つあること。
これは竜の中でも変異体の双頭竜。通常より強く賢い個体との噂だ。
二つの顔は同じようで少し違いがある。片方は丸顔で、もう片方は面長。一見、獰猛そうだが実は結構愛嬌のある顔をしている。目が大きくて丸いところとか。
二つ頭の黒い竜か。……予感が的中しやがった。
「ほーっ、久しぶりに見たがなかなか壮観だな」
「前々から疑問やったんやけど、頭二つあったらもめたりせえへんのかな? どっちがボケでツッコミなんやろう?」
そんなこと考えたこともなかったが、頭が二つあるともめごとも多そうだな。
「そもそも、あの二つの頭は同性なのでしょうか? 実は男女のカップルで仲むつまじい関係というのはどうでしょう。同じ体であればピュアなお付き合いしかできませんからね」
お前は竜の清純さにもこだわるのか。祈り捧げてんじゃねえぞ。
ちらっと大人しくなった二人に目をやると、大口をぱくぱくとさせて声も出ないようだ。
「お嬢ちゃん、アメ食べるかのぅ?」
その姿を見て気を遣ったのか、リトルがお気に入りのクマのカバンからアメを取り出し、二人に手渡している。
「双頭黒竜なのに、どうして、そんなに落ち着いてるのっ!」
髪を振り乱して大声を上げるシエルと、隣で何度も頷くことしかできないダリエル。
自分が怒鳴ったことに気づき、慌てて口を押さえているな。ここは年長者としてびしっと言っておくか。
「あっ、ごめんなさ」
「おい、嬢ちゃん。もうちょい、ゆっくり大きな声で話してくれや」
「……はい?」
「山頂で風が強くて声がよく聞こえねえんだよ。最近耳が遠くてな、もっとハッキリとゆっくり話してくれると助かる」
「年は取りたくないもんやわあ」
「耳と目の衰えは老化の現実を突きつけられるようで、嫌ですよね」
「ふむ。姿がぼやけているから、大きなのが黒くてにじんでいるようにしか見えないねぇ」
仲間も概ね同意見のようだ。
特に嬢ちゃんの大声は甲高いから、聞き取りづらいんだよ。
「こんなの無理だから逃げよう!」
「嬢ちゃん、それは出来ない相談だな」
この状況で逃げるだ? そんなの認められるわけがないだろ。
「俺たちに――逃げる元気はもうねえ。山頂までの登山で体力を使い果たしちまったからな。この年で登山はこたえるぜ」
一昨日の疲労が抜けきっていないところに登山だぞ。足も腰もガクガクだっての。
ほら、仲間も大きく頷いて……バージンは余裕の態度で筋肉をアピールしているが放っておこう。
「ダメだ、この人たち」
絶望の表情で呟くシエルの肩にそっと手を添えるダリルイ。
「そういう、人たちなんだ」
遠くの空を眺め、悟ったような顔で呟く小僧。
俺たちのことがわかってきたじゃねえか。
その言葉を聞いた嬢ちゃんは大きくかぶりを振ると、目を閉じて祈っている。
「さてと、まずは会話できるかだが。おい、ボルフ、ガルフ」
じっと俺を見つめたまま動かない双頭黒竜に向かって呼びかける。
二つの頭は同時に首を傾げると、その顔をすーっと俺に近づけてきた。
「じいさん、危ない!」
「逃げないと!」
二人が背後で騒いでいるが「大丈夫だって」と軽く手を振っておどけてみせる。
眼前に二つの竜の鼻先が並んだので、その上を軽く撫でてやった。すると、目を細めて「ゴルゴルゴル」と喉を鳴らした。
「おっ、やっぱり覚えていたか。元気そうじゃねえか、昔よりデカくなったなー」
顔中を撫で回してやったら満足したのか、そこにうつ伏せで寝転び大人しくしている。このまま放っておいたら寝そうな雰囲気だな。
仲間もやってきて「ごっつくなったもんやねえ」「あー、やはりあのときの竜の子ですか」「精霊が悪い子じゃないって言ってる」体を撫でながら、あれこれ話しかけている。
「「えっ、ええええええええええっ⁉ どういうこと⁉」」
シエルとダリルイが顔を見合わせて、叫び声を上げている。
びびったり、驚いたり忙しいガキどもだ。
「どういうこともなにも、十年前に討伐した黒竜の子どもだ。あんときは卵だったから、晩飯にでかい目玉焼きでも焼こうかと相談していたら、目の前で孵化してな。で、生まれて初めて見た俺たちを親と勘違いしちまったんだよ」
「さすがに殺すのも忍びないなーって話になって、子育てをしながらしばらく一緒に旅したんやで」
「成長が早くて二か月もしたら隠しきれなくなって野に返しました。この子は物覚えの良い子で人に危害を加えないように躾たのですよ」
俺の説明をスマイルとバージンが補足してくれている。
黒竜の話を聞いたときにまさかとは思ったが、またこうやって再会する日がくるなんてな。
過去に色々とやらかしたが、この選択は過ちではなかったようだ。
「で、でも、竜が人に飼われたなんて聞いたことが」
「何言ってんだ。竜ってのは頭が良くて、ちゃんと教育したら人に懐く生き物なんだぜ。とある国では竜を馬代わりに騎乗して戦う騎士なんてのがいるぐらいだ」
そいつらは竜騎士なんて呼ばれ、その国では憧れの対象だった。
空から竜との連携で攻撃してくるから、厄介な相手で結構苦戦した思い出がある。
若かった頃に思いを馳せ懐かしんでいると、リトルが黒竜の前に座り込み何やらしゃべっていた。
「そうか、そうか。お母さんが昔迷惑をかけたから、お詫びにこの村を守っていたと。わしらとの約束を守って人間に優しくしてたみたいじゃのぅ。偉い偉い。お利口さんやねぇ」
話が終わったのか立ち上がると、俺の元に歩み寄ってきた。
「この子たち、ボルフとガルフは村を密かに見守っていたら、腐った人間が村に向かっていたから森で何十体も倒したようやよ。そのときに森の木を倒してごめんなさい、って言うとるのぅ」
それを聞いた小僧と嬢ちゃんは顔を見合わせて、なんとも言い難い表情をしている。
驚き、混乱、感謝、そういった感情が複雑に絡み合っているが、一番色濃く出ているのは困惑だ。
「あ、あのさ。ごめんな。危害どころか村を守ってくれているなんて知らなくてさ」
「私もごめんなさい。あと、ありがとう」
二人が揃って頭を下げてお礼を口にする。
普通なら信じられない状況だというのに、俺たちを信頼しているってことの証なのかもしれないな。嬢ちゃんは、幼馴染みが信じている相手を信じるって感じか。
「村人がびびるから、あんまり村に近づかないように言い聞かせておくか。あと、嬢ちゃんこれやるよ」
俺が懐から小さな笛を取り出し、投げ渡す。
白い骨を削って作った親指程度の大きさがある笛を、嬢ちゃんはまじまじと観察している。
「えっ、何これ? 笛みたいだけど」
「それは竜笛だ。竜の喉の骨を削って作ったもんでな。竜にしか聞こえない音が出る。村で何か困ったことがあったら、それを吹けばこいつが助けに来てくれるはずだ」
小僧に渡そうかとも思ったが、こいつは村を離れることになるだろう。なら、嬢ちゃんに渡した方が活用できそうだと判断した。
竜笛さえあれば、日頃は村に近づかないでもいいから村人に余計な心配をさせることもなくなる。
本当は再会した黒竜と一緒に行動したいが、ここまでデカくなると連れて歩くわけにはいかない。今回の一件を二人から説明してもらえれば、こいつの立場も悪いものにはならないはず。
それこそ村の守り神として崇められるかもしれない。少し寂しいが、これもこいつのためだ。
「これで、依頼完遂ってことでいいか?」
二人に問い掛けると、また顔を見合わせてからこっちに向き直る。
そして親指を立てて俺に突き出す。
「おう、ありがとうな、じいさん」
「うん。お疲れさま!」
今年も終わりですね。
三が日は投稿休みます。まったり過ごしたいので。
四日から更新が再開されますので、来年もよろしくお願いします!




