無手の強み
見るからに元気満々といった感じの娘だ。
年の頃なら十七、八ぐらいか。ダリルイより数歳は上に見える。
茶色の長い髪を無造作にまとめて紐で括っている。服装は肩むき出しの上着に、太ももが露出している短パン。足下は頑丈そうなブーツ。
動きやすさを重視した格好だな。
俺が若ければ健康美を見せつけてくる姿に目がいくかもしれないが、これぐらい年が離れると、そういう対象から除外される。
露出が多くて目の保養になる……なんて欲望は枯れ果て、寒くないのかと相手の身が心配になるぐらいだ。
「水をめっちゃ弾きそうな肌……ごっつう羨ましいわ」
隣でぼそりとこぼしているスマイル。実感こもってんな。
腕や脚の肌つやのよさからは若さを感じるが、それよりも筋肉が浮き出ている点が気になる。相当鍛えているぞ、あれは。
「おじいさんたちが依頼を受けてくれたハンターなんだよね?」
明るく滑舌がよく、ため口なのに不快感はない。
見た目通り元気のいい娘のようだ。
「おう、そうだぜ嬢ちゃん」
「あっ、自己紹介してなかったね。ごめんごめん。私はシエル。村の人たちからは弾丸娘なんて呼ばれてるよ!」
あー、うまい呼び名をつけたな村人は。
ここまでの言動だけで、その名の意味が理解できた。
「シエル姉はこう見えて、うちの村で一番強いんだぜ」
「ダリ坊、それは言い過ぎだよ~」
と謙遜しながらも、破顔して小僧の頭を撫で回している。
憧れている年上の女と、弟みたいにしか思われていない年下の男か。なかなか、微笑ましい関係だ。
「嬢ちゃんが強いのは一目見てわかったぜ。ちょっとした仕草や歩く姿である程度の実力は把握できる」
「うわー、なんか達人っぽーい。おじいちゃん、すっっごく強そうだもんね。っていうか、みんな規格外だよね。ほら、腕見て腕! 鳥肌が立ってるでしょ!」
腕を突き出して、見ろ見ろと主張してくる。
興奮状態でまくし立ててくるから、その迫力と勢いに圧倒されそうだ。
このノリにはついていけないが、シエル嬢ちゃんの見る目は確かだ。他人の実力を見抜くには、当人の実力もある程度は必要となる。
その点だけでもギルドの酒場で絡んできたハンターより上だな。
「赤髪のお姉さんはむちゃくちゃ綺麗だし! その子、かわいいいっ! なにこれ、お人形さんみたい!」
今度はスマイルとリトルに駆け寄り、周りをぐるぐると回りながら褒め称えている。
二人も満更ではないようで「褒めすぎやってぇ」「アメちゃん食べるか?」上機嫌だ。
「うおっ、そこの神父さんムキムキじゃん! 腕周りなんて私の腰ぐらいあるよ! めっちゃ強そう! 腹筋なんて洗濯板代わりになるぐらい堅いんじゃないの⁉」
今度はバージンの近くに駆け寄ると、胸元から腹に視線を移して「ほぅ」と感嘆の声を漏らす。
体を鍛える者として、あの筋肉に思うところがあるようだ。
「なかなか見る目があるお嬢さんだ。どうです、この上腕二頭筋にぶら下がってみますか?」
「是非‼」
調子に乗ったバージンが右腕を曲げて力こぶを膨らませ、パンパンと左手で叩いている。
それを見たシエルは腕に飛びつくと、ぶらぶらと揺れて楽しんでいるようだ。
「嵐のような嬢ちゃんだな」
「ごめんよ。シエル姉って、いつもあんな感じでさ。物怖じとか人見知りって言葉を知らないみたいで」
そんな彼女にいつも振り回されて慣れているのか、ダリルイが代わりに謝っている。
ここまでのやりとりだけで二人の関係性が理解できた。
「楽しんでいるところ悪いんだが、黒竜について話聞かせてもらってもいいか?」
「あっ、そうだった。それが聞きたいんだったよね! うん、いいよ!」
腕にぶら下がったまま元気よく答える。……降りる気はないのか。
「こら、リトル。羨ましそうに指くわえて見てんじゃねえ。こらこら、参加しようとするな!」
足下でぴょんぴょん跳ねていたリトルを見かねて、バージンが左腕を差し出す。腕にぶら下がっているのが二匹になった。
この状態で真面目に話をしろというのか……。
「ま、まあいいか。黒竜を目撃したときの話をできるだけ詳しく頼めるか」
「あいよ! ええとね、あれは村はずれの森の中で、何本ぐらい素手で木を倒し続けれられるか実験していたときのことなんだけど」
初っぱなからぶっ飛んだ話だ。
ちらりと横目でダリルイを見ると、小さくため息を吐いていた。
「シエル姉は格闘家なんだよ。武器を使わないで素手で戦うんだ」
格闘家とは珍しい。
ハンターでは滅多にいない希少職業だ。素手が弱い、と一概にはいえないが武器を持つ者と素手では明らかに戦力差がある。
武器は当たれば致命傷を与えることが可能だが、素手の攻撃は一発食らっても耐えればすむ。それに全身鎧や盾といった防具の前では格闘技は無力に等しい。
それが世間一般の常識であり、正しい認識だ。
実際の話、身体能力が俺より優れている格闘家と一対一で戦うとしても、魔法を使わないで勝てる自信はある。間合い、一撃の威力、どれをとっても不利でしかない。
ただ、武器がない場面や不意を突く技として、俺もいくつか無手の格闘術を心得てはいる。だとしても、それを主力にしようとは思わないが。
「あー、おじいさん、素手で戦うなんてばっかじゃねーとか思ったでしょ」
見た目とノリに反して、目ざとく俺の表情から考えを読み取ったのか。
洞察力と観察眼はたいしたもんだ。
「そこまでは思ってねえが、戦いにおいて不利なのは否めないだろ」
「ふーん。じゃあ、私と戦ってよ! そっちが勝ったら何でも教えてあげるから!」
バージンの腕にぶら下がった状態で一回転してから手を離し、くるくると空中で後ろ回りをしながら着地する。
あの爛々と輝いた目。やる気満々のようだ。
……面倒臭いことになった。
「俺は疲れてんだよ。戦うなら明日にしてくれ」
「嫌だ。今日じゃなきゃダーメ。だって、回復していない今ならまだ勝てる可能性あるかもしれないし」
「ほう」
俺の実力を見抜き、卑怯と罵られるかもしれない提案をしてきた、と。戦いってものがわかってるじゃねえか。
「シエル姉、それはさすがに狡いんじゃないか?」
「何言ってんの。私はね、戦うのも好きだけどそれよりも……勝つのが好きなの! そのためにはどんな手も使わないと! 卑怯上等!」
胸を張って堂々と宣言する度胸は大したもんだ。ダリルイは呆れているが。
「嬢ちゃんはハンター向きな性格をしてるな。モンスターとの戦いは勝ちさえすればいい。負ければ死が待っている世界。勝つために手段を選ばないってのは正解だぜ」
「あれっ、褒められちゃった? えへへ、そう言ってくれたのは、お母さんとおじいさんだけだよ!」
命懸けの戦いに身を置いたことのない者にしてみれば、褒められた発想には思えないのも当然。だが、ハンターとして長生きする秘訣は勝つこと。その一点のみだ。
「気に入ったぜ、嬢ちゃん。俺のことはライクと呼びな。じゃあ、勝負しようぜ」
ニヤリと笑い、手招きして相手を誘う。
その仕草を見て、両腕を振り上げて喜びを全身で表現するシエル。
「やったー、話がわっかるー。ええと、私は属性魔法は使えないけど、魔力で身体能力を強化するのは得意だから油断し――」
わざわざ自分の能力を説明しているシエルの懐に飛び込むと、胸ぐらを掴み背負うようにして床に叩きつけた。
驚きの表情で床に転がっている相手の首元に刀の刃を当てて、見下ろす。
「いきなりなんて、卑き」
「おいおい、卑怯なんて言わないだろうな。戦いに開始の合図なんて必要か? 勝つためには手段を選ばない。常識だろ?」
相手の主張と似たようなことを口にすると、悔しそうに口を噤み俺を睨んでいる。
卑怯上等なんて言っておきながら先制され、更に得意な体術でねじ伏せられた。その衝撃と悔しさは計り知れない。
「女の子相手にえげつないわー」
「手心というのを知らんようじゃのぅ」
女性陣からの罵倒が背中に突き刺さる、が気にしねえ。
若いヤツの鼻っ柱を折ってやるのは年配者の務めだ。ってのは、ギルドで若いハンターたちを叩きのめしたときにも思ったことだ。
まあ、それよりも何よりも……。
「残念だったな。俺も戦うより、勝つのが好きなんだよ」
若いもんに負けてられるかっての。




