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老いた英雄は栄光の道を逆走する  作者: 昼熊
一章

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回復力

 あの後、灰となったゲクリスを森の中に埋めた。

 村に一族の墓があるそうだが、大量虐殺した者が入ることを村人は許さないだろう。

 見張りや村人への説明としては、モンスターに襲われゲクリスは食われてしまい死体もない、ということにしておいた。

 村で行方知れずになった者は隠された地下室で殺された可能性が高く、遺品がいくつか見つかった。おそらく、初めて家を訪れたときにいた女性も儀式や実験で利用するつもりで、俺たちの急な訪問により邪魔が入り見逃されたようだ。

 そして俺たちは今、ダリルイの実家で一晩を過ごし体を休めている最中だ。


「じいさんたち、そろそろ起きた……臭えっ!」


 寝室に入ってきたダリルイが鼻を押さえて、慌てて窓を開けて換気をしている。


「なんだよ、この独特の鼻につく臭いは!」

「ああ、湿布だ湿布。痛みを和らげて疲労を解消する薬を塗り込んだ湿布を貼ってるからな」


 俺とバージンは上半身裸で、肩と背中と腰にスマイルお手製の湿布が貼られている。

 女性陣は腰と肩にだけ貼っているそうだ。


「じいさんはわかるけど、バージンさんはそんなに体を鍛えているのに、痛むんだ」


 筋肉の鎧に覆われた体を見つめ「ふっ」と鼻で笑い、目を逸らす。

 それを目撃したバージンはプライドが傷つけられたのか、立ち上がって歩み寄りダリルイの肩に手を置く。

 至近距離で見上げる巨体にびびって腰が引けてるな。


「いいですか、筋肉は裏切りませんが……関節は裏切るのですよ」

「えっ?」

「筋肉は鍛えれば鍛えるほど応えてくれます。ですが、関節は鍛えられないのです。故にこうやって湿布で関節痛を和らげるしか術がないのです」

「そ、そうなんだ」


 優しく丁寧に語ってはいるが、その迫力に小僧が怯えている。


「で、でも。回復魔法とかで傷を治すように関節も治したら」

「確かに魔法で関節の痛みや損傷も治せます。しかし、魔法をかけると筋肉疲労も治してしまうのです。運動により筋繊維がちぎれることで修復される際に以前より太く強い筋繊維が生まれます。それが筋肉増強の仕組みなのです。故に魔法をかけると以前の状態に戻るだけで、新たな筋繊維が生まれる妨げにしかならないのです」

「ええと、つまり、魔法で治したら筋肉が強くならないってこと?」

「よく、おわかりで」


 ダリルイの理解力に納得したのか満面の笑みを浮かべている。

 こいつは脳まで筋肉が詰まっているから、筋肉を最優先にことを運ぶ。なので、基本的に怪我以外では回復魔法をかけやがらねえ。迷惑な話だ。


「じいさんたち……これからどうするんだ?」


 独りぼっちになった不安を隠しきれないのか、小さく消え入りそうな声で俺たちに問う。

 無理もない。唯一の肉親だった祖父が死んだこともショックだろうが、それよりも大量殺人犯だったという現実。

 一生祖父の犯罪を隠し通せるなら、この村で生活をするという選択肢もあった。だが、嘘は思わぬところでほころびが生じ、あきらかになる。

 大人になった酒の席。罪の意識にさいなまれて親しい友人にこぼす。それで村に事実が広まれば、嘘を吐いていたことを決して許しはしない。特に被害者の家族は。

 そんな危険性と心の負担を抱えて過ごすぐらいなら、違う場所で生きた方がいい。もちろん、それを決めるのは俺じゃなく小僧――ダリルイだが。


「今日は体の痛みと戦い、疲労回復に努めなくちゃならねえから、何もできないが……。明日は黒竜を調べに行くぞ」

「あっ、それもやってくれるんだ」

「……まあな。そもそもの依頼がそっちだろ?」


 と軽く言って片目を瞑る。

 俺も本来の依頼を忘れかけていたが、本命はこっちだ。


「ちゃんと依頼を達成して依頼者からサインもらわないと、ギルドに提出できへんから」


 スマイルの言うとおり、依頼を完遂したかどうかのサインをもらわないと解決したと判断されない。


「我々は依頼達成率が今のところ十割ですからね。ここで達成率を下げるわけにはいかないのですよ」


 湿布まみれの体で日課の逆立ち腕立てをしながら、バージンが説明をしている。……こいつは鍛錬しないと死ぬのか?

 ダリルイは鍛えている姿に呆れているようだが、少し慣れたのか突っ込まない。


「達成率ってそんなに大事なのか?」

「小僧は達成率三割と十割のチームがあったらどっちに頼む?」

「そりゃ、できるなら十割の方に頼みたい」

「そうだろ。高いに超したことはねえんだよ」


 どんな些細な案件でも着実にこなせば依頼人側からだけでなく、ギルドの職員からの信頼も得られる。

 そんな地道な活動のおかげで俺たちは受付嬢に認められる存在となった。


「というわけで、黒竜もまかせな。ただし、明日からだがな!」


 こんな状態の体でもやれることはやれるが、半分の力が出せるかどうか。

 スマイルが処方した湿布と飲み薬のおかげで一日でなんとか回復できるが、自然治癒力に任せたら三日は回復期間が必要となる。

 一晩寝たら少々の怪我も疲労も完全回復した昔が懐かしいぜ。


「もう昼だけど飯はどうする?」

「もちろん、食うぜ。自然治癒力が落ちたとはいえ、飯は大事だ」

「ん……ご飯ぅ」


 飯に反応してリトルがようやく起きてきた。

 なんとか立ち上がりふらふらとベッドの縁まで歩き、落ちそうになったところを慌ててスマイルが抱き留める。


「何はともあれ、飯だ飯」





 食後の服薬をしながら今後について話をする。


「苦ぇぇ。でだ、黒竜については直接的な被害がないようだから、まずは黒竜の目撃者から話を聞いて、そのあと生態調査に行くぜ」

「いきなり退治はしないんだな」


 依頼人からしてみれば疑問に思うか。モンスターの厄介事は真っ先に退治するってのが基本だからな。


「モンスターってのは基本は弱肉強食で凶暴なんだが、たまに温和な個体とかいるんだぜ。人間だって色々いるのと同じでな。調査した結果、人に無害な相手なら平和に話し合いもありだろ」

「竜は頭のええ子もおるでな」


 野菜を食いながら補足説明ありがとうよ、リトル。

 実際に竜とは何度か相対してきたが、人語を理解して話す個体にも会ったことがある。本能むき出しで暴れるしか能のないのもいたが。

 あれほど個体差のあるモンスターも珍しい。


「なあ、えっとさ」


 小僧がうつむきながら手をもじもじさせている。なんだ、気持ち悪いな。


「どうした。糞なら我慢せずに行ってこい」

「違うよ! あのさ、じいさんたちは白銀の翼、なんだよな?」


 顔を上げた小僧の目は眩しいぐらいにキラキラと輝いている。あれは俺の苦手とする尊敬の眼差し。

 ゲクリスに問われて認めた事実がある以上、しらばっくれても意味がない。


「はぁ……そうだぜ」

「マジなんだ。どうして、初めに教えてくれなかったんだよ⁉」

「聞かれてないからな。まあ、あとは色々こっちにも都合があるんだよ。大人の都合ってやつだ」

「じいちゃんが、年齢と見た目が違うって言ってたのと関係あったり?」

「まあな。そこんとこは聞かないでくれると助かる」


 そう言うと、完全に納得はしてないようだが、この件に関しては口を噤んでくれた。

 悪いな小僧。話せないというよりは、話して巻き込みたくねえんだよ。


「黒竜を目撃した村人が誰か、あとで教えてくれるか。話を聞いてみるからよ」

「うん、わかった。あっ、あいつなら今すぐにでも話を聞けると思うぜ」


 急に声の調子が跳ね上がったな。

 若干頬が上気している顔を見てピンときた。


「それじゃあ、家まで連れてきてくれると助かる。こっちはこの調子だからよ」

「わかった。すぐ連れてくるから上着は着ておいてくれよ!」


 こちらの返事を聞く前に家を飛び出していった。

 今すぐにでも、対象の人物に会いたいようだな。


「んじゃ、服着て待つとするか」


 リトルとスマイルは寝間着から私服に着替えるので、俺とバージンは上着を掴んで部屋を出た。


「黒竜の話を聞いて、前から気になっていることがあるのですが」


 いつもの服を着込んだバージンが窓の外を眺め、小さく息を吐く。その横顔は憂いを帯びている。


「ああ、俺もだ。それもあって黒竜の依頼を受けたんだが、横道に逸れまくったからな」


 服を着る際に右肩が少し痛むが、これは傷や疲労ではなくただの五十肩だ。

 十年前に白銀の翼としてこの村を訪れ、確かに黒竜を退治した。この手でとどめを刺したのだから間違いはない。

 だが、再び黒竜が現れるようになった。その理由として考えられるのは……。


「連れてきたぜ!」


 薄れていく過去の記憶を吹き飛ばすような勢いで扉が開かれ、小僧が帰ってきた。

 隣に勝ち気そうな少女を伴って。


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