我らロートルハンター
陶器のジョッキになみなみと注がれた、泡立っている液体を一気に飲み干す。
「不味い! もう、いらん!」
正直な感想をぶちまけると、同じテーブルにいる自称ぽっちゃり系女子と巨体が苦笑いをした。
ハンターギルドに併設された小汚い酒場が喧騒で包まれている。他の客は俺の声なんて気にせず騒ぎっぱなしだ。
唯一、反応したのが、テーブルを挟んで正面と右隣に座っている仲間の二人。
女の方はかなり優秀な薬師で「どんな病気も体の不調も死人でなければ治す」と豪語していて、それを実際にやっちまえる実力の持ち主だ。
常に陽気で饒舌、笑顔を絶やすことは滅多にない。
身体の特徴として目立つのは赤い髪に赤い瞳。長い髪をゴムで一本にまとめて前に垂らしていた。考え事をするときは、髪の先をいじる癖があったりする。
体型は本人曰く「これぐらいが丁度いいんやって。ちょいぽっちゃりの方が男は好きって知ってるんやから」だそうだ。ポケットだらけで真っ赤というド派手なコートにロングスカートなので、外からは体型がわかりにくい。
実は脱ぐと巨乳なんだが、見た目が三十半ばだと若い頃に比べれば需要は減る。……俺は悪くないと思うが。
あとは聞いてわかるとおり、西方訛りが特徴か。
「はいはい。おじいちゃん、わがまま言うたらあかんよ。また明日も飲まなあかんで」
くそっ、こいつの薬師としての腕は信用しているが、こんな苦い薬を飲む必要が本当にあるのかよ。
「お前なら、もっとうまく作れるだろ。なんで、こんな毒々しい色で、死ぬほど苦いんだよ! もっとのど越しにこだわって酒っぽくしてくれよ!」
「そら作ろうと思ったら作れるけど手間やし。子供やないんやから我慢して飲みや」
そう言って口角を上げいやらしく笑う顔を見て、すべてを理解した。
……こいつ、嫌がらせも兼ねて苦く作ってるのか。
「おま」
「良薬口に苦し、と申しますからね」
文句の一つでも言ってやろうと口を開いた俺を遮るように割り込んできたのは、右隣に座っている大男だ。
俺よりも頭一つは高い身長に、尋常じゃないほどに鍛え上げられた筋肉の体。見慣れた俺ですら、不意に視界に入られると身構えそうになる。
「もう、お互いに若くはないのですから体は労らないと」
なんてことを口にしているが、こいつは俺と同じ薬を飲んだことがない。「神への信仰に加え、日頃から不摂生ではありませんので。あ、でも強烈な苦みには興味あります」とかぬかしやがったからな。
実際に食生活にも気をつけて酒もタバコもやらずに生きてきたヤツだから、返す言葉がないのが憎たらしい。
こいつはデカさに目を瞑れば、見た目も性格も聖職者そのもの。
頭は灰色の髪。口元には常に穏やかな笑みを湛え、物腰も柔らかい。鼻先まで伸びた前髪が邪魔でこっちから目が見えないが、今も目尻を下げているのだろう。
服装は聖職者が日頃着ている平服で、飾り気のない立て襟のロングコートみたいなヤツだ。左胸元と立て襟に縫われている不死鳥の刺繍は、所属する宗派のシンボルマークらしい。
普通の平服はゆったりとしたデザインらしいんだが、鍛えすぎた体のせいで服の内側から筋肉が押し上げていて、体に密着している。
体型からして目立っているのだが、それ以上に目を引くのは椅子に立てかけている巨大な盾。
俺の体がすっぽり入るぐらいの巨大な盾は特注のカイトシールド――上が丸みを帯びていて、下は鋭い三角形をしている。そしてかなり分厚い。
前面には精巧に彫られた花が咲き乱れていて、芸術的価値も高いそうだ。屋外では盾が汚れるのを嫌って布を巻いていることが多い。
……ちなみに、この盾で防御したのを一度も見たことがない。
「あんたは若い頃から大酒飲みで不摂生の塊やったから、まあ、自業自得やね」
「へいへい。あー、酒飲みてえ」
「だーめ。血圧も高いし、糖尿の気もあるから飲ませへんよ。お薬飲みましょうね~」
完全に体調を把握されているので、表向きは大人しく従っておく。あとでこっそり買っておいた酒を部屋で飲むとしよう。
「みんな、仲良くしないとダメやよ。アメちゃんでも食べるかぁ? ところで、ご飯はまだかのぅ」
「今食べている最中でしょ」
妙にゆっくりとした口調でとぼけたことを口にしているのは――幼女だ。
艶のある黒髪と同色の瞳。子供っぽい緑のワンピースを着た、どこからどう見ても十歳前後にしか見えない幼女が、床まで届かない足をぶらぶらさせて問い掛けてくる。
自分の身長と同じ長さの髪を三つ編みにして、マフラーのように首に巻いている。仲間がいつものように髪を編んでやっていたな。
そして余った髪の毛の先端をクリクリといじっている。
話し方は高齢の老婆としか思えないのだが、声の若さと見た目とのギャップがありすぎて、知らないヤツから見たら違和感しかない。俺たちはもう慣れたもんだが。
このままだと酒を飲めそうにもないので、不貞腐れて椅子の背もたれに体を預け、ぼーっと店内を見回す。
同じような丸いテーブルがいくつもあり、何組もの三~五人ぐらいのチームが酒を酌み交わし、楽しそうに談笑をしている。
「今日の稼ぎはなかなかだった! 異物も結構あったしよ。こんな意味不明なガラクタが高値で売れるなんて、この家業辞められねえな」
「あの異形モンスターの部位が高く売れたからな。好きなだけ飲んでいいぞ」
近くで景気のいい話をしている連中は全員が二十代前半。男三人に女二人の構成か。
他のテーブルも似たような面々で金や仕事の話で盛り上がっている。
テーブルの上に置かれた戦利品は金属の破片にしか見えないが、あれは異形モンスターの一部だ。
「オチもないくだらない話でも笑える、若さが憎い」
「そういうこと言わへんの。あんたも昔はあんな感じやったやん。いや、もっとチャラくてタチの悪い酔っぱらいやったくせに」
「そうですね。彼らの数倍やかましく騒いでいましたよ。自慢話とエロい話ばかりの自己顕示欲と性欲の塊で正直うっとうしかったです」
「そう思っていたなら当時の俺に言えよ! この年になってから言うなよ!」
二人揃ってつっこむな。ツッコミ役は一人でいいんだっての。
もう一人の仲間である幼女は一人だけ時間が緩やかに流れているのか、あくびが出そうな早さで野菜をそしゃくしていた。
俺たちは長い間……本当に長い間、このメンバーで一緒にいる。
今はハンターたちを取り仕切る組織、ハンターギルドに併設されている酒場で飲んでいる最中なんだが、場違い感が半端ない。
周りの連中は十代後半から二十代。俺たちを除けば、最年長でも三十前半だろう。
ハンターは危険地帯へ赴き異物をあさり、モンスターと戦うことが多い危険な仕事だ。力、体力、勇気が有り余っている若者向きの仕事だといえる。
はしゃぎ騒ぐ姿を眺めていると、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
俺たちにもあんな時代があった。自分たちの才能を疑わず、期待に胸を膨らませ、希望に満ちた未来が待っていると信じていた、そんな時代が……。
「なーに、遠い目をしてんの。らしくないんとちゃうん」
「なんか、眩しく見えちまってな」
「そうですね。私たちには直視できないほどに輝いて見えますね。当時の我々も自信に満ちあふれ、怖い物知らずでしたから」
「うん、うん、そうじゃのぅ。ピチピチの若さというものは偉大じゃよ」
仲間が同意して頷き、少しだけ寂しそうに笑う。
全員が黙り、大きなため息を吐いた。何を思いだしたのか……言葉にしなくても通じてしまう。きっと同じことを考えたから。
「って、辛気臭いのはやめだやめ。今日はぱーっと騒――」
「ハンターは弱い者の味方なんだろ!」
店内に響き渡る叫びに、俺の言葉はかき消された。
あれほど騒がしかった店内が嘘のように静まりかえっている。
全員が注目する視線の先にいるのは、ギルドのカウンターに両手を叩きつけ身を乗り出している若い男だった。
ぼさぼさの黒髪に薄汚れたバンダナ。加えて粗末な服装。お世辞にも清潔とは言えない姿からして、この町の住人ではないだろう。
背中に剣を背負っているが、身のこなしからして腕の方は大したことはない。戦闘訓練を受けたことのない若者か。
大声で迫る若者を受付嬢がなだめているが、聞く耳を持たないようだ。
「この距離だと何を言っているか聞こえねえな」
昔はギルド内なら隅の方で針が地面に落ちた音でも拾えたんだが、今は情けないことに聴覚が衰えてしまった。至近距離ですら小声で話されると聞き取れるかどうか怪しい。特に甲高い音が聞き取りにくいんだよな。
まだ野菜を食べている幼女に目配せをすると、フォークを手放し指を鳴らした。
すると、テーブルの上に円錐を四つ重ねたような形をした半透明の何かが出現する。これは遠くの音を拾い、近くに運ぶ魔法らしい。
「ありがとよ」
俺が礼を言うと、口をもぐもぐしながら軽く手を上げた。まだ野菜を呑み込んでないのかよ。
『依頼料は足りないかもしれないけど、絶対に後で払うから!』
『我々としても依頼を受けたいところですが、このモンスター相手だと生半可なハンターでは手も足も出ません。上級者となりますと、依頼料も跳ね上がりまして』
まるで目の前で話しているかのように、向こうの会話が鮮明に聞こえる。
「よくある話かよ」
「討伐対象のモンスターと依頼料が釣り合わない。受付嬢も辛いところですね」
こういったもめ事は頻繁にある。
依頼主は助けて欲しい。だけど、金がない。
ハンターの仕事は慈善活動じゃない。命を賭けてモンスターと戦うんだ、それなりの見返りがないと動けない。当たり前の話だ。
『おい、ガキ。助けて欲しけりゃ金払いな。世の中ってのは金があれば何でも叶うんだぜ?』
カウンターの近くで酒盛りしていたハンターの一人が依頼人をからかう。
若者の振り返った顔は怒りで真っ赤に染まっている。
後ろ姿からは正確な年齢がわからなかったが、その顔には幼さが残っていた。恐らく十代半ばといったところか。想像以上に若かったな。あの勝ち気そうな顔は若者というより、小僧のほうがしっくりくる。
「お金は大事やけど、うちはそういう考え嫌いやわ。金がない人は死ね、言うてるのと一緒やん。お金は大事やけど」
俺の正面で頬を膨らまして怒る気持ちはわからなくもない。
しかし、哀れみだけで命懸けの戦いに挑めるヤツはごく僅か。そして、そういうヤツらは早死にするのが基本だ。
「しゃーねえだろ。それが世の中ってもんだ」
残っていたジョッキの薬を口に含むが、さっきより不味く感じる。
小僧は苛立ちが限界に達したのか、ギルドの床を爪先で何度も蹴りつけていた。
『俺の知っているハンターは……五英雄がここにいてくれたら、きっと引き受けてくれた!』
その言葉を耳にして、思わずジョッキから口を離す。
ちらりと仲間に目をやると、視線を聖書に移す、苦笑する、ぼーっと天井を見上げ咀嚼を続ける。反応は様々だった。
仲間も俺と同じように思うところがあるようだ。
『五英雄ってあれか! 白銀の翼とか呼ばれてた元凄腕ハンターチームのことだよな。ぶひゃひゃひゃひゃ!』
『おいおい、それって、邪神を復活させちまったお尋ね者で無能集団のことかよ!』
『十年前にやらかしてから消息不明なんだろ? 噂じゃ邪神に願いを叶えてもらう代わりに国中の住民の命を捧げたとか言われてたな』
『この世界がこんなんになっちまったのも、あいつらのせいだって言うじゃねえか』
好き勝手に噂話を口にするハンターたち。
ガタッ、と椅子を引く音がしたので視線を向けると、穏やかな笑みを湛えたまま仲間の聖職者が立ち上がろうとしていた。
「座ってろ」
「しかし、ですね。私が動かなければ、もっと凄惨なことになりますよ」
すっと視線を横に向けるので釣られてそっちを見てみると、もう一人の仲間が赤い髪と体を左右に揺らしながら立ち上がり、怪しげな液体が入った小瓶を投擲寸前だった。
慌てて肩を押さえて、強引に椅子へ座らせる。
「バカ、早まるなって! お前、昔はもっと穏やかで辛抱強かったろうがっ」
「止めんといてや! ああいう口だけの男を見てるとむかっ腹が立つねん! 大丈夫、安心してええで。これをくらっても三日三晩、頭痛と下痢で苦しむだけや!」
「どこに安心する要素があるんだよ!」
暴れる仲間を抑えつけている間に、向こうにも進展があったようだ。
『皆さん、お静かに。依頼人に暴言や危害を加えたらどうなるか、おわかりですよね?』
受付嬢が話に割り込んできた連中に言い放つと、悪態を吐きながらもすごすごと引っ込んだ。
ギルドでもめ事を起こすと仕事がもらえなくなる。酒で鈍った頭でも、それぐらいの知恵は働くようだ。
『申し訳ありませんが、この依頼は受け入れられません』
深々と頭を下げる受付嬢の前で、唇を噛みしめ拳を握りしめている小僧。無茶を言っていることを理解した上で、自分の無力さに打ちのめされ、ただ悔しがることしかできないでいる。
微かな希望にしがみつき、ここまでやって来たのだろう。薄汚れてボロボロの旅装を見れば一目瞭然だ。
だけど、その苦労が報われる保証はどこにもない。それが現実。
「これは独り言なのですが……先日の仕事はとても稼ぎがよかったので、しばらくはお金の心配がありませんでしたね」
唐突に仲間の聖職者がそんなことを口にする。
「うちも独り言やけど。年取ると少し動かないだけでも体がなまるから、適度に運動せんとなー。なんか安くて適当な仕事があるといいんやけど」
「わしも独り言を呟くとするか。ドラゴンの住む山には、いい温泉が湧くという話を聞いたことがあるのぅ。湯治には最適かもしれんなぁ」
わざとらしくとぼけやがって。ちらちら、こっち見んな。助けたいならお前らが動けよ。なんで俺にやらすんだ。
はぁ……仕方がない。あの話を聞いたら、動かずにはいられない、か。
仲間を代表して立ち上がると、カウンターの前で声を殺して震えている依頼人に歩み寄る。
そして、肩にそっと手を置いた。




