一人と仲間
小僧を連れて後方に控えた俺とスマイルは湖畔に座り込み、体力の回復に努めながら仲間の戦いぶりを見学していた。
襲いかかる骨の腕に対し、バージンは白い鎖を操り弾き、リトルは次々と様々な属性の魔法を繰り出して相手を翻弄している。
「なんだ、その鎖は! なぜ、触れることすらできない!」
「聖なる筋肉の賜物です」
「意味不明な嘘を吐くな、聖職者!」
「いえいえ、本心ですよ」
相手はからかわれているように感じているようだが、あれが本気の発言だと知っている。だからこそ、あいつはたちが悪い。
「それになんだ、そのいくつもの属性魔法は! 黒髪は無属性の証。……やはり、貴様らは髪を染めて誤魔化していたのか。こざかしい!」
「この髪は地毛やよ。染めるのは体に悪いからのぅ」
俺と戦っていたときは勝ち誇った上から目線の対応だったいうのに、つかみ所のない二人に変わってからは翻弄されっぱなしのようだ。
それでも年寄りと少女だと甘く見ているのか、単調な攻撃を繰り返すのみだ。自分は魔法を使わず、骨の腕のみで攻撃を加えている。
――十分後。
「なぜ、お前たちは平然としている。体力と魔力に底はないのか⁉」
焦るゲクリスの気持ちはわからんでもない。
攻撃のすべてが仲間には届かず、それどころか今は防御に回っている時間の方が長くなっている。
人が全力で動ける時間なんて限られている。若者で体力や魔力が有り余っていたとしても。だというのに、二人は十分もの間、平然と暴れ続けていた。
「まだまだ序の口でしょう。ウエイトトレーニング一時間、ランニング一時間が私の日課ですからね。実践の鍛錬で筋肉も喜び始めたところです。あと二時間近くお付き合い願えませんか」
「この程度の魔法、どうということはあるまいて。長時間歩くよりマシじゃよ」
強がりではなく本心からの言葉。
体力お化けと魔力お化け。両方とも……どうかしているからな。
一見、有利な状況に見えるが、二人は攻めあぐねている。骨の手は長く頑強で、鎖でも魔法でも打ち砕くことができない。確実に削っているはずだが……あの力は何人の犠牲者の上に成り立っている邪法なのか。
「攻めきれてないみたいやね」
「そうだな。決め手に欠けるってところか」
休憩中に飲まされた臭くてどろっとした回復薬と、時間を稼いでくれている二人のおかげで少しは体力が戻ってきている。
回復の早さも昔とは比べものにならないぐらい鈍重だが、それでも息が整い、踏ん張れる力が足に戻っている……と思う。
「んじゃ、そろそろ参戦するとしますか」
「そうやね」
二人なら無理でも、四人なら話は違う。
俺たちが力を合わせて全力で戦えば、戦力は単純な足し算ではなくかけ算へと変化する。若いハンターたちには決して届かない連携の極み。
数十年を共に過ごした仲間だからこそ、成り立つ力を見せつけてやるとするか。
重い腰を無視して立ち上がり、一歩踏み出そうとしたところで背後から声がした。
「じいさん、行くのか……」
「おう、小僧。お前さんのじいちゃんの暴挙止めてくるぜ」
小さく囁くような声に対し、大声を張り上げ堂々と返す。
自信をみなぎらせ動揺は微塵も感じさせない。
「じいちゃんは間違ってる。だけど……もう……じいちゃんは優しかった頃に戻れない……のかな」
自分で口にしながら、その可能性が薄いことは理解しているのだろう。今にも掻き消えそうな弱々しい声から察することができる。
振り返ると、うつむき肩をふるわせるしかできない、か弱い少年がいた。
「仮に戻れたとしても過去の過ちが許されるわけじゃねえ。娘を蘇らせたい、という家族愛がそこにあり、目的は純粋だったとしても……結果がすべてだ」
酷なようだがそれが現実。
そしてこの言葉は小僧にだけ向けた言葉じゃない。俺たちにも突き刺さり響く言葉だ。
「そう、だよな。うん。でもさ、あの男が家に来るまでは、本当に優しいじいちゃんだったんだ。それは、嘘じゃないんだ」
また口にした、あの男。
素性が一切不明な『あの男』という存在。なぜかわからないが、喉に刺さった小骨のように無性に気になり、気持ちがざわつき、イラつく。
「小僧、あの男ってどんなやつだった?」
「なんか、高そうな真っ黒な礼服みたいなのに、真っ白なコートを羽織った若い男だったよ。二十歳ぐらいだと思う。あとすっごい美形だった。そんで、物語に出てくる貴族みたいな話し方でさ、でも偉そうなのになんか……嫌じゃなくて、当たり前のように感じたんだ」
二十歳の美形で派手な服装。
かなり目立つ存在のようだが、一体何者だ?
「はいはい。その疑問は後回しにしよ。そろそろお手伝いせんと」
「そう、だな」
つい考え込んでしまったが、仲間が戦闘の最中だ。
いい加減、助太刀しないとあとが怖い。
「じゃあ、行ってくるぜ」
「じいちゃんを、じいちゃんを……頼みます」
背は向けているが背中越しに深々と頭を下げる、ダリルイの気配を感じた。
振り返らずに右手の拳を突き上げ、その想いに応える。
隣に並ぶスマイルが何か言いたげにこっちを見つめて微笑んでいるが、あえて目を逸らしておく。
小僧から離れて戦闘中の二人の背後に歩み寄り、大きく息をする。
「待たしたな」
「充分に休めましたか?」
「そろそろ、ご飯の時間かのぅ?」
まだまだ余裕がありそうな二人の言葉。
頼もしいことこの上ない。
「おかげさんで体力は全開だ。ご飯はこいつ倒してからな」
「全部終わったら、露天風呂でも作ってのんびりしよか」
俺たちも負けずに余裕を見せて一歩進み出ると、横一列に四人が並んだ。
あの頃とはまるで違う見た目の俺たちだが、四人が揃って戦うときの安心さは変わらないな。
「俺とバージンが前衛、二人は後方支援。まあ、いつも通りだ」
「了解しました」
「背中撃たんように気ぃつけるわ」
「ご飯までに終わらすようにのぅ」
いつもの受け答えで、無駄に堅くなっていた筋肉がほぐれていくのを感じる。
どうやら少し緊張していたようだ。らしくねえ。
久しぶりに苦戦する強敵と相まみえたぐらいで。怖じ気づくような相手じゃないだろ。あの頃と比べたら、こんなのは逆境のうちに入らねえっての。
こっちが話をしている間、ゲクリスは攻撃の手を休め、ただじっと俺たちを見つめていた。
何かを考え込むように、真剣な眼差しを注いでいる。
「話している間に仕掛けてこないなんて、優しいところがあるじゃねえか」
「無粋な真似をするのもなんですからね。と、言いたいところですが、ずっと気になっていたことがありまして」
自分の顎髭を撫でながら目を閉じて考え込んでいる。
その隙に攻撃してもよかったが、さっきの礼とばかりに今度は俺たちが手を出さずに見守っていた。
しばらくして、納得する答えにたどり着いたのか、目を見開き大きく頷く。
「やはり、皆様は白銀の翼ですよね?」
答えは出ているが念のために確認を取っている。といった感じの問いだ。
「よく、わかったな」
「おや、あっさりと」
しらばっくれる必要もないので肯定する。自分たちが白銀の翼――五英雄と呼ばれる存在であったことを。
「十年前にお会いしたときと髪色が違うのは染めているとしても、年齢も見た目も一致しないのはどうしてでしょうか? あれから十年。私よりかなり年下だったはずなのにお二人はどう見ても同年代にしかみえません。ですが、髪色や体型が違うとはいえ、クラ……今はライクさんでしたね。ライクさんとスマイルさんには面影があります」
俺は髪色も変わり短髪から長髪になった。そして、あれから三十歳以上は老けた。
スマイルは外見は十年と少しぐらい老けて、髪が白から赤になり少し太っ……ぽっちゃりした。
一度会った程度の村人ならバレないと踏んでいたんだが、あっさりと見破られちまったな。
「そちらのお二人が原形を留めていませんので、自分の考えに自信が持てなかったのですが……。ええと、そちらも本人ですよね?」
ひょろ長い枯れ枝のようだったバージンに、色彩豊かな髪色で妙齢の美女だったリトル。その二人に過去の面影は微塵もない! 断言できる!
急に自信がなくなって不安になる気持ち理解できるぞ。
「まあ、色々あってな。だが、元白銀の翼で間違いないぜ」
そう、俺たちは五英雄と呼ばれながら、邪神を蘇らせ世界を混沌へと導いた、お尋ね者の――極悪人だ。




