決着と疑問
氷の塊がいくつも浮かぶ湖面。
その中でもひときわ大きな氷塊から下半身が生えている。あの高さからあの速度で叩きつけられたら、ひとたまりもない。
上半身は氷に埋まっているのではなく、完全に潰されてしまっている。
「また無残な姿になっちまったな」
「哀れな」
祈りを捧げている姿は聖職者っぽいが、それをやったのはお前だからな。
自称、不死の体とはいえここまで潰されたそう簡単に復活は……できるのかよ。
逆立ち状態の下半身が上へと伸びていく。正確には潰された上半身が再生することで、下半身が持ち上げられている。
飛び散っていた肉片が集まり、ぶくぶくと肉が膨れ骨や皮膚が元に戻っていく。
「うわっ、きっしょー」
スマイルが顔をしかめて目を逸らし、あっちに行けとばかりに手を振っている。
気の弱い者なら吐き気を覚える場面かもしれないが、グロに関しても耐性が付いているのでどうということはない。
「我を殺したと油断していたのではないか。この体は数百人の村人の命で成り立っている。一度や二度死んだぐらいでは」
体が元に戻った黒ずくめの男が何か言っている、が。
「前置きが長い」
「……へっ?」
長ったらしい前口上を最後まで聞いてやる義理はないので、一気に距離を詰めると再び首を切断、更に振り下ろし、切り上げ、を数回繰り返して細切れにした。
バラバラの肉片が湖面に落ちる前に、スマイルの飛ばした炎の礫がすべての肉片を燃やし尽くす。
「無駄な長話は年寄りの特権だろ」
灰と成り果てた元黒ずくめの男に言い放つが、むろん返事はない。
ここまでやれば、そう簡単には……おいおい。
目の前で灰が集まり人の形になったかと思えば、そこから肉や骨が再生されていく。見る見るうちに人に戻ったが、さすがに服の方は再生されないようで素っ裸だ。
これじゃあ、黒ずくめとは呼べないが、まあいいか。
「無駄と言ったのがわから――」
「次はわしの番じゃのう」
何か言っていたがリトルが即効で燃やしてしまった。
これで片が付けば楽だが、また再生してやがる。
「だから――」
「じゃあ、次は浄化してみましょう」
今度はバージンが、まだ皮膚が戻っていない男の体を白い鎖でぐるぐる巻きにすると、鎖に聖なる力を流し込んだ。
「うがああああああああああっ!」
一番の悲鳴を上げて消滅した……ように見えるが、光の粒子が集まり元に戻っていく。
しつこい男は嫌われるぞ。
「きりがねえな。このまま殺し続けたらいつか消滅するだろうが、時間が惜しい」
「氷で封印したところで、あやつは氷の魔法が使える。いずれ脱出されるのがオチじゃろうて」
順番に黒ずくめの男を倒しているが、何度やっても復活してくる。
本人は不死だと語っていたが、そんなことはあり得ない。何度も再生できるのは大量の生け贄により蘇ったからだ。
取り込んだ生命力を消費して、肉体を構築しているに過ぎない。だから、あと何十回か殺せば再生能力は失われる。
刀に大量の魔力を流して斬りつければ消滅させることも可能だが、それをすると魔力が空に近くなっちまう。今後のことを考えると、それは控えておきたい。
「……おい、いい加減」
思考の邪魔だったので話す死体を何枚にも薄くスライスしておく。
「コイツが倒されているのは術者であるゲクリスにも伝わっているはずだ。そうなると、あいつがバカな真似をしないか、そこが問題になってくる」
「誰か一人がここに残って、あとは村に戻るしかないんちゃう?」
それが妥当だとは思うが、俺たちが離れた隙にゲクリスがこっちに来たら面倒なことになる。相手の実力がわからないうちは戦力の分散を極力避けたい。
「となると、連れて行くしかねえよな。バージン頼めるか?」
「かしこまりました」
バージンは白と黒の鎖を伸ばすと、それを両手に握って再生途中の黒ずくめの男に歩み寄っていく。
「我が再生能力を目の当たりにして、どうやらあきらめた……おい、その鎖をどうする気だ? なぜ、貴様は笑っている。お、おい、やめろ、近づくなあああああっ!」
「ぜーはー、ごほっ、げはっ。くっそ、体力ねえなぁ……んんっ?」
最悪の事態を危惧して、老骨にムチを打ち駆け足で村に戻ってきたのだが、見張りが前と変わらず突っ立っていて変わった様子はない。
戻る途中で動く死体に一度も遭遇しなかったが、黒ずくめの男が倒されたことで方針を変えたのかもしれない。
「おう、お帰りか。森の方はどうだった?」
呑気に訊ねてくる見張り。こっちは息を整えるのに必死だってのに。
「ふうううぅ、はああぁぁ……。まあ、ぼちぼちだな。それよりも、何か変わったことはなかったか?」
見張りに訊ねると、顎に手を当てて少し考え込んでいる。
「うーん、特になんも。今日は動く死体を一体も見かけてないし、穏やかなもんだよ」
どういうこった。手下である入り婿の現状は伝わっているはず。だというのに、何の対策もせずにいたというのか?
隣村を壊滅させたような男だ、追い詰められ村人を虐殺、もしくは人質に取るぐらいのことはやってもおかしくない……と考えていたというのに。
「あー、そういや。ゲクリスのじいさんが少し前に出かけたな。動く死体がうろついている状況だからやめとけ、って止めたんだけど、どうしても外せない用事があるとかで」
そうきたか。
「どれぐらい前だ? ダリルイは連れていたのか?」
「ええと、七、八分ぐらい前かな。ダリルイも一緒だったよ。だから、余計に止めたんだけど。なあ、そんなことよりも……鎖に巻かれて地面を引っ張られているそれ、なんだ?」
「追うぞ」
そこまで聞けばあとはいい。
踵を返し、再び駆け出す。
「上半身ばかり鍛えて、下半身が疎かになりがちなので、こういった有酸素運動を取り入れるのは歓迎なのですが、みなさんお疲れでは?」
俺と同い年のはずなのに巨大な盾を背負って平然と走っているバージンが、気遣って声をかけてくる。……体力、筋肉お化けが。
「お前の体力どうなってんだよ。泣き言はいいたかねえが、確かにちょいとキツいな」
「うちはめっちゃきついで」
「寿命が削られていくようじゃ」
俺よりも二人の方が深刻か。
息も絶え絶えで、ギリギリ何とかついてきているといった感じだ。
二人とも昔から身体能力は高くない方だったが、年を取ってからは確実に体力の衰えがある。……まあ、俺も人のことは言えないが。
若い頃なら、今の倍の速度で走っても息を切らせることはなかった。あの頃の自分なら、二人を背負って走る自信だってあった。
「くそがっ」
自分の情けなさに悪態を吐いてしまう。そんなことを言ったところで、どうにもならないとわかっているのに。
「ブヒュルオオオッ!」
地面を見つめていた俺の耳に届いたのは、愛馬のいななきだった。
視線を上げると、道の先から砂埃を上げて駆けてくる一頭の黒馬。
「来てくれたのか、ダーシュ」
すり寄せてきた顔を撫でてやると、嬉しそうに目を細める。
俺とスマイルとリトルがその背に乗る。続いて、バージンが乗ろうとすると、白い歯をむき出しにしてダーシュが拒絶した。
「どうして、いつも私は乗せてくれないのですか」
「「「重いから」」」
言葉を話せないダーシュの代わりに俺たちが答えてやった。
筋肉でパツンパツンな巨体に加えて、背中に巨大な盾。その重量は俺たち三人分を軽く凌駕している。俺が馬だったらこいつだけは乗せたくない。
「仕方ないですね、これで妥協しましょう」
白い鎖を手綱のようにしてダーシュに引っ張らせると、湖から引っ張ってきた鎖の塊に腰を下ろす。
「ぐっ、もがっ!」
鎖に全身を絡め取られた黒ずくめの男が何か言っているが、口まで鎖に覆われているので何も聞こえない。
こいつをソリ代わりにするのか、考えたな。体はダリルイの父親だが、中身は別物だから……よしとしよう。
「あー、魔法を使おうとしても無駄ですよ。この鎖に絡め取られた者は闇の力を封じられますので。あなたは存在が闇なので能力のほとんどが封じられています。氷の魔法も使えないでしょ?」
声が出ない代わりとばかりに身をよじって抗議している。
バージンは気にもしていないようで、座ったままあぐらを掻いて出発を待っていた。
「リトル、魔力の残留を感じられるか?」
「ふむ。あっちじゃな」
杖を突き出した方向を確認する。どうやら、道を真っ直ぐに進んでいるようだ。
それなら、ダーシュの足があればあっという間に追いつく。
「さっさと終わらせて、のんびり風呂にでも入りてえな。それじゃあ、行くぜ!」




