犯人と意図
「お前がこの一件の犯人か」
「この一件とはどの一件だ? 動く死体のことなら我の仕業で間違いない。だが、黒き竜は我の管轄外。むしろ、手下となる死体を損壊させる邪魔な存在でしかない」
俺の質問にあっさりと答えた。
話を信じるなら黒竜は別件ということになるが、こんな胡散臭いヤツの言うことを真に受けるほど純粋じゃねえ。話半分で聞いておこう。
あいつが立っている湖の中心まで結構な距離がある。一気に間合いを詰めるにしても、足場は氷。駆けることも難しく、滑りながら接近するのは無理がある。
目立つ演出にこだわったのではなく、そこまで考えられた位置取りなら大したもんだが。
「なぜ、近隣の村を滅ぼし、死体を操る必要がある?」
「理由はあるが、それを懇切丁寧に教える義理はない」
そりゃそうだ。悪党が悪事を語る必要性なんてもんはねえ。
「だな。じゃあ、手っ取り早くぶっ飛ばして、あとで聞かせてもらうとするか」
「力尽く、嫌いじゃないです」
「わかりやすいのが、一番や」
「若いもんは血の気が多いのぅ」
なんてことを言いながら、後ろに控えていた仲間たちが一歩踏み出して隣に並ぶ。
これだけ長い時間一緒にいると意思の疎通が楽で助かるぜ。
「ほほう。我に歯向かうというのか。老いたハンターごときが。やれやれ。年寄りというのは常に自分が正しいと勘違いして思い上がる傾向があり、それが心底うっとうしいと思わぬか?」
両腕を広げ肩をすくめる黒ずくめの男。
こちらを挑発する意図は理解しているが、あえて乗っかってやるか。
「そうだな。俺も若い頃はそう考えていた。小言ばっかで自分は何もできないくせに偉そうだ、ってな」
肯定しつつ、ゆっくりと前へ歩き出す。
凍った湖の上はかなり滑るが、歩く程度なら問題はない。
仲間たちに視線を向けると、周囲から続々と集まってくる動く死体の相手をしていた。
こりゃ、こっちの手伝いをする余裕はなさそうだ。一人でなんとかするか。
「意見が一致するとは。しかし、自分はその老害になってないとでも言いたいのか?」
仮面に空いた穴から見える二つの瞳が、俺の足下に向けられる。
こっちが間合いを詰めているのを把握しているようだ。それでも、俺は一歩ずつ距離を縮めていく。
刀の間合いには遠いが、この距離なら――
「忌み嫌っていた大人に、気がついていたら自分もなっている、なんてのはよくあること……だろっ!」
頭を掻く振りをして右手を下からすくい上げ、見えないソレを掴み投げつける。
狙い違わずソレは一直線に黒ずくめの男の顔面を直撃、したように見えたが、男の目の前で急停止したかと思うと、ぐちゃりと潰れた。
そして透明だったアレは白く染まり、湖面へと落ちて砕け散る。
「ほう、無色透明な水の塊か。凍ったからには水……水でありながら空気に近いのか」
足下で砕けたソレを見つめて、ぶつくさと考察している。
「いや、水のようで水ではなく、空気のようで空気ではない。むしろ二つの要素が混ざり合っている……。その空色の髪……まさか、混合魔法。いや、それはあり得ない……」
そのままずっと考え込んでくれていれば楽なんだが、これだけ時間が稼げれば充分か。
視線を下に向けている隙に俺は湖面を蹴り飛ばし、一気に間合いを詰めると滑りながら抜刀する。
腰の回転に加え、鞘を滑らすことで加速させた神速の居合い。
刀が触れる直前に気づいたようだが、時既に遅しだ。
驚愕の表情のまま、首が胴体に別れを告げる余裕も与えず斬る。
首に斜めの線が走り、頭がすっとずれて地面へと落ちた。
仮面に隠された顔を確認するために近づき、首の前で膝を突く。
「痛みがなかったのは後生だとおもいな」
刀を鞘に収め、右手で相手の髪を掴み眼前まで持ち上げた瞬間――
カッ、と目を見開き俺を凝視する生首。真っ赤に充血した瞳が怪しく輝く。
総毛立ち、背筋に走る悪寒に従い、その場から後方へ跳ぶ。
それと同時に地面から突き出された氷の槍が、さっきまで俺のいた場所に伸びていた。
「老人と甘く見たことを謝罪しよう」
胴体を失った頭が流暢にしゃべっている。
「おいおい、器用な生首だな」
内心では結構驚いているが、感情を表に出さない術は心得ているので平然を装う。
「我の体は既に滅んでいる。首を落とされたところで、どうということはない」
「自らアンデッドと化した存在か」
「そのようなものと一緒にされては困るな。邪神に生け贄を捧げ、不老不死を手に入れた……人を超越した存在が我」
「不老不死だと?」
今の言葉は聞き捨てならない。
「ああ、そうだ。邪神に近隣の村人を捧げ、その魂と交換に願いが聞き遂げられ、この完璧な体を我は手に入れた!」
首のない体が自らの頭を拾って元の場所に乗せると、切り口が消え初めから何もなかったかのように繋がる。
ここだけを目の当たりにすれば不老不死という話も納得できてしまう。
更に質問を続けようとした途端、急に目眩がして体が大きく揺れる。
「ふはははは、効果が現れたようだな。我が邪法、直視の傀儡。この赤い目を直視した者は死者であろうが聖者であろうが、我の傀儡と化す。距離が近ければ近いほど威力は増すのだ。あのような至近距離から食らえば、我の操り人形になるしかない」
勝ち誇った声と耳鳴りが頭の中で反響している。
上下の判断が出来ないぐらい視界が揺らぎ回転しているかのような不快感。
「さあて、老人同士の醜い争いでも演出してみるとするか。老いさらばえし者よ、お前の仲間だった者たちを襲え」
頭を抱えている俺の前にやって来た黒ずくめの男が、両腕を振り上げ何やら叫んでいる。
「……うっとうしいっ! 人が苦しんでいるときに耳元で叫ぶんじゃねえよ!」
怒鳴りつけると同時に刀を振り上げ、股下から脳天まで斬り裂いた。
真っ二つに裂けた黒ずくめの男は倒れることなく、二つに分離したまま後方へ滑っていく。
「なぜ、正気でいられる! 我が邪眼が通用しないだと⁉ あれほどの至近距離から我が眼を見れば抵抗の手段などっ!」
裂けたまま話しているが、こいつの声帯はどうなってんだ。どうでもいいことだが、気になっちまう。
「ああ、あの赤い目に邪法を込めて発動したのか。残念だったな、俺にはその魔法は通用しないぜ」
「……どうやって防いだ」
切断面から肉が伸びて体が再生している最中でも疑問の方が勝るらしく、しつこく訊いてくる。もったいを付ける理由もないので、教えてやるとするか。
「お前の目をまともに見てないからだぜ」
「嘘を吐け! あんなに近くでこっちを見ていたではないかっ!」
「ふっ、わかってねえな。いいか、その耳かっぽじってよーく聞きやがれ。……老眼でよく見えなかったんだよ」
真相を教えてやると、黒ずくめの男の動きが止まった。再生も中途半端な状態で停止している。そんなに驚くことか。
「老眼になるとな至近距離で見たものがブレるんだよ。ある程度、距離を取らないと何が何やらわかんねえ。確かに目は光っていた気はするが、直視はしたくても出来ねえんだよ」
「そ、そんなバカな……。だったら、なぜ我の顔を近づけた!」
「あのな、まず近づけてそこから徐々に離していって、最適な距離を測るのは老眼の基本だろ?」
「知るかっ!」
激高する黒ずくめの男に冷めた視線を送る。
邪神なんぞに頼って老いを知らぬ体を得たツケだ。
「では、先程の膝を突いて苦しんでいたのも芝居だったというのか」
「ああ、アレはただたんに目眩と立ちくらみと耳鳴りだ」
「……はあ?」
「疲れが溜まると急に来るんだよ。馬車に一日揺られて、徹夜で御者なんかやっちまったから一日じゃ疲れが抜けきらなかったんだろうな。その状態で本気出したら体が拒絶しやがった」
老いを知らないヤツには理解できないだろうが、年取ると体のガタが急に来やがる。この目眩にも病名があるらしく前にスマイルが何か言っていたが……忘れちまった。
この年まで生きれば体の欠陥や病気なんて日常茶飯事だ。いちいち覚えていたらキリがねえ。
「ふ、ふざけるな! 我はこんな老人にいっぱい食わされたというのかっ!」
完全に元に戻った黒ずくめの男が体を仰け反らせて、怒りを全身で表現している。かなり頭にきているようだ。
「おいおい、沸点が低いな。お前が勝手に食っただけだろ。もっとおおらかにのんびり生きようぜ。あと、仮面が外れてお顔が丸見えになっちまってんぞ?」
一刀両断にした際に割れた仮面が地面に落ちたのだが、それに気づいてなかったようで慌てて顔を手で覆っているが遅い。
そのあらわになった顔に――見覚えがあった。




