8 赤の秘密と夕焼けの帰路
「単刀直入に言おう。我が家は貧乏です!」
「…………」
何も言えなかった。
途中から薄々気付いていただけに「わぁ、そうだったんですか!」とも言えないし逆に正直に「なんとなくそんな気はしてました」とも言い難い。
「ローゼブル侯が居る手前中々言えなかったんだが……うちの家が中々特殊だというのは聞いてる?」
「えっと……はい、当主は代々女性が務めるとか、作物が育てられないから食糧は全て他領からの輸入に頼っているとか……ですよね?」
作物を育てるのはかなり難しい土地だと聞いている。何しろせっかく植えたものが魔物や敵兵に踏み倒されて収穫が出来ない上に、魔物がいつやって来るかも分からないので魔物がやって来ない年でも植えることが出来ないからだ。
完全に国境を守る砦として存在している為、周辺に人の住む町や村などの集落もなく完全に孤立している状態と言える。
「そう、君の家とか他の家とは違ってうちは商売が出来るような物資が作れない。その代わり国から決まった額のお金が出るから、それで騎士団の運営費や私たちの生活費などの全てを賄っているんだ」
「だけどここ数十年ちょっと困った事になっててね……」とアリアさんの声が明らかに沈む。
肩を落として俯き、縮こまった姿勢は先程当主として僕を試した時とは打って変わってとても頼りない。
「魔物が襲って来たり敵国が戦争を仕掛けて来たら、戦った報酬として国から補助金とは別に褒賞金が降りるんだ。昔はよく戦争もあったし魔物が来てた。でもここ数十年はそれがさっぱりなくてね」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。既にその先を聞くのが怖い。
「なんでかと言うと今の王様がめちゃくちゃ隣国の皇帝と仲良しだから。うちの国は大陸の端っこにあるでしょ?だから海に面してるし魚もよく捕れて狙われやすいんだけど、隣国が全部うちに来るはずの攻撃を防いでる。向こう大国、こっち中堅国。うちに攻撃仕掛けるのは大国に喧嘩売るのと同じだから戦争が起きない」
「…………」
「ついでに数十年前に魔王が代替わりしたらしくて、私が産まれる前まではしょっちゅうこの国滅ぼそうと魔物送って来てたのに今の魔王に替わってからは魔物が全く送られて来なくなって」
「ここ数十年実質収入がありません」と言われ言葉に困った。
平和の裏で1つの家が生活に困窮している。
「で、でも国からの補助金は今でも出ているんですよね……?」と聞くと「それがね」と溜息を吐かれる。
「国から貰うお金はほぼほぼ騎士団の運営費や騎士団員に出すお給料で消えてしまうんだ。彼らもちゃんと収入が必要だし、志願者は毎年来るしお金が減ることはあれど戦争が無いから褒賞金は出ない。でも毎月決まった額しか補助金は貰えない。つまりね」
「自分達のメイドや従者を雇う余裕も無いんですか……」
「その通りなんだなぁ……」
よもや国内屈指の戦闘力を誇る騎士団を持つアキドレア辺境伯家が必要最低限の文化的な生活しか送れない状態になっているとは。
一家全員生活保護のような暮らしを続けて、かなり厳しい状態なのではないだろうか。
「作物が育たないから何も商売出来ない。敵国も魔物も来ないからドカンと貰える収入もない。正直かなり毎月カツカツで苦しくて泣きそう」
「あの、そのことは国王には……」
「言えるわけないでしょ〜……?魔物も敵国も来ないなら国民の税金でタダ飯食わしておく必要はないってうちが取り潰しになっちゃうかもしれないし」
没落一直線。逃げ場無し。
しかし当主として騎士達の給与を下げる事も出来ず、さりとて騎士達を減らし職を奪うことも出来ず自分達の生活を削って与えているのだろう。
情が深いのと責任感が強いのが祟って今の状況に。
なんというか、本当にどうしようもない状態な気がする。
「それでも……」
「え?」
「それでも、君はうちに来たいって思える?侯爵家での華やかで豊かな暮らしを捨てて、何も無い辺境の地での貧乏訓練生活に飛び込める?たった1人の女の子の為だけに」
正直かなり難しい問題だと思う。
財政事情が絡んで来るなんて思っていなかったし、そんな家をこれから守って下さいと言われてすぐに頷ける人は居ないだろう。
「飛び込みますしクラリスさんと一緒に居られるなら血の池でも底なし沼でも永住します」
僕以外は。
「あのさ、君ちょっと聞きたいんだけど決意固すぎない?さっきからうちの子に対する熱意が強すぎると思うんだけど」
「クラリスさんが生まれ育った場所なんですから住めば都……いいえ、聖地です」
「やめて今真面目な話してるのに笑わせないで」
「まだ僕は成長したクラリスさんとはこの間の1度しかお会いした事がありません。でも少し話しただけで分かる明るい人柄だったり嬉しそうにはにかんだ笑顔とか、特に少しあどけなさが残った透き通るような綺麗な声とかずっと聞いていたくなるくらいで……」
「……よく見てるなぁ……」
――あの日のひとときでいったいどれ程うちの子を観察していたのか。もしやこの子ちょっと危ない子なんじゃないかと頭の片隅によぎったがアリアはそれ以上は考えない事にした――。
「それじゃあ……改めまして、これからよろしくね。ルート」
「はい!よろしくお願いします!」
元気良く頭を下げると、アリアさんはうんうんと満足げに頷いた。
と、同時にコンコンとドアがノックされる。
「さすが私の夫はタイミングばっちりだな」とアリアさんがドアの方を見て笑った。
「いいよ。話は終わったから入って来て」
ガチャリとドアが開き、ガイオスさんと父さんが入って来る。
「あの、うちの愚息が何かご失礼を……」
「いえいえ、本当に彼と一対一でお話したい事があったので」
なんて爽やかな笑顔だ。とてもさっきお金が無いんですと半泣きになっていた人には見えない。切り替えの速さが凄まじい。
「ルートくんはどうだって?」
「どうやら意思は固いみたいだよ」
「成程、君が見込んだだけはある」
『やった、なんか知らないけど褒められてる』
アリアさんとガイオスさんがこそこそと耳打ちしているのを聞いてほくそ笑む。
僕は耳が良かった。
「それじゃ、君が来ることは私の方から騎士団の方に説明しておくよ。一度持ち物を整理して準備が出来たらうちにおいで」
「はい!」
「門の前までご案内致します。こちらへどうぞ」
ガイオスさんに案内されて父さんと一緒に外に出る。
気付くともう日が傾いて、辺りが柔らかな黄金色に染まっていた。
「綺麗な夕日だなぁ……」
昔から何かが始まる日はいつだってこの色が未来を明るく、優しく照らしていたように思う。
クラリスさんのご両親と顔を合わせ、娘を好いてくれてありがとうと言って貰えた。父さんから頑張れと背中を押して貰えた。
騎士団生活に不安が無いわけじゃないけど、それで強くなって彼女の隣に並んで歩く資格が手に入るのならなんだって頑張ろうと思える。
『我ながらついこの間まで引き籠もり音楽製造機だった奴と同じ人間とは思えない成長ぶりだなぁ……』
彼女と再会してからの僕は以前よりも劇的に進化しているように感じる。音楽以外のものには一切興味が湧かない、そして興味のないものには一切手をつけない面倒臭がりのこの僕がだ。彼女が僕を真人間にしてくれたと言っても過言ではない。神が食っちゃ寝歌いピアノ弾きしていただらしない僕を見かねて出会わせてくれた道しるべ。生きる糧。彼女を知らなかった頃の自分にはもう戻れない。
『よーし……絶対彼女と結婚するぞ!』
決意を胸に、清々しい気分で夕日を眺めたその先に。
「え……、ルート……?」
蜂蜜色の瞳をまんまるにした少女が立っていた。
土埃で少し汚れたシャツに長ズボンという平民の少年のような格好で、少し汗をかいて上気した頬が赤い。
可愛い。少し前に会った時と違い服装は簡素なものだが、見間違えるはずがない。
「クラリスさん……?」
幻覚?いや、クラリスさんだ。今日ずっと、いや馬車に乗って移動している時もずっと会いたかった僕の好きな人。
「ルート、もしかしてぼくに会いに来てくれたの?嬉しい……!」
「く、クラリスさん……!僕……!」
「あっ!」
貴女とずっと一緒に居たくてここまで来たんです。
そう言おうとした言葉は続かなかった。
「ごめん!」
クラリスさんが急に顔を真っ赤にして走り去ってしまったからだ。
「……えっ」
遠ざかる背中。
彼女は玄関のドアを開けるとちらりと僕の方を見て……。
「クラ」
「ごめんね……!」
バタン!と勢い良くドアを閉めた。
クラリスさんを引き止めようとして伸ばした腕が行き場をなくし、虚しくその場に留まる。
僕はガッと頭を抱えた。
「……に、逃げられた……!なんで……!?」
「ルートしっかり!これから距離詰めていけば良いから!」
「わぁん!!!」
父さんの励ましに膝から崩れ落ちる。
「なんで!?僕何かした!?分かんない……!どうしてぇ!!?」
――ルートの叫びが悲しく響く。
「クラリスのあの反応は……」
「うーん、どうだろねぇ?」
ガイオスとアリアが顔を見合せて笑う声は、オリブに慰められながらおいおいと泣くルートには聞こえていなかった――。




