6 馬車の長旅と赤の城砦
5日。
途中様々な街で休憩を挟みながら移動を続け、ローゼブル侯爵領からアキドレア辺境伯家まで馬車で行くのに掛かる日数である。
「そろそろトランプにも飽きて来たね」
「テーブル無いから出来るものも限られてくるしな」
王都の南隣に位置するローゼブル侯爵領。
物流が盛んでファッションや食品、その他イベントなどが多く賑やかなうちの領は王都からの行き来がしやすい場所に置かれている。
対してアキドレア辺境伯領は他国からの兵や魔物からの侵入を防ぐのが目的で、西の隣国と北の森から来る魔物の両方から防御するため国の北西端にある。
つまり移動距離が半端じゃない。
地図を見て覚悟はしていたが、想像以上にアキドレア辺境伯家までの道のりは長かった。
「父さんとずっと同じ空間に居るのも飽きて来たし……」
「家族なのに!家族なのに!」
窓からは様々な景色を見ることが出来るが、それが4日続くともなるとさすがに顔の筋肉が機能を停止していく。
最初は大盛り上がりで白熱していた父と息子のトランプ対決も20回を過ぎたあたりからもうなんでもありになってルールが崩壊した。
逆に新しいトランプゲームとして広めたらウケるのではないだろうか。
「カロリーバーの運輸なら晴れてれば3日で着くらしいけど今回は僕達が移動するからね……長くなるよね」
「道中休憩多いしねぇ」
アキドレア辺境伯家に行くと言いふらした訳でもないのに、何故か通り道にある貴族達がご休憩の際は是非我が領の宿をお使い下さいと言ってくる。それが中々に数が多いのでいつまで経っても目的地に着かない。
「宿なんてオンボロで別に構わないのに一々最高級の宿をご好意で貸して貰ったりしてるから尚更移動距離が長くなるんだよなぁ」
「父さん色んな貴族の弱みでも握ってるの?」
「握ってない訳でもないけどここまでされる程のことでもないんだよなぁ」
握ってるんだ。「商売する上での嗜み程度」と言うけど本当にそうだろうか。侯爵にえげつない秘密を握られていたらそりゃどこの貴族も最高級の宿でもてなしてくれるに決まっている。
でもよくよく思い返してみたらどこの家も「奥様には大変お世話になっていて……」と言っていた。
恐るべし女性のネットワーク。かと思いきや一部の家には何故か怯えられていた。
いったい何したんだ母さん。
「今日もこの先にあるウィングナー子爵家の宿に招待されてるよ」
「ねぇなんでこんなに情報漏洩してるの?先の先まで伝わってるじゃん」
「父さんの書斎の情報漏洩に比べたらましでしょ。なんで書類の処理してた時にこっそり歌ってたデタラメな鼻歌がアレンジ加えられて大流行してんの?街歩いてたらあちらこちらから聞こえて来てびっくりしたわ」
「楽曲提供ありがとうございま〜す」
「キーーーッ!!!」
そんなこんなで遂に明日、ようやくアキドレア領に着くらしい。
その日の夜はウィングナー子爵が地面に頭が付くんじゃないかという角度でペコペコ頭を下げながら用意してくれた宿でメイド達に徹底的に肌を磨きあげられ、移動で疲れた身体を揉みほぐされた。
帰る時には「奥様にくれぐれも……くれぐれもよろしくお伝えください」と怯えた様子の子爵に頼まれた。
本当にいったい何したんだ母さん。
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「わぁ、なんか凄いとこ来ちゃった」
馬車から降りて目に入った景色。
遠くで鎧を身に纏った男達が物凄い雄叫びを上げながら親の仇でもとるのかという勢いで剣と剣をぶつけ合っていた。
「うおおおおぉ!!!」
「うわやばこわすご」
「ルート、語彙力無くなってる」
ガキィン!!!という硬い音が鳴り響く中、「やぁ、遠路はるばるこんな所まで来させてしまって申し訳ない」と爽やかに出迎えてくれた当主のアリアさんに僕は「あの、あれは一体……」と聞かずにはいられなかった。
柵に囲われてここからはかなり遠い場所には居るはずなのに、雄叫びや剣がぶつかる音がここまで聞こえて来る。
気になって「いえいえ大丈夫です〜馬車に揺られて腰が痛いですけどね、たはっ」なんて和やかなトークなんてとてもじゃないけど始められない。下手したら死んじゃうんじゃないだろうかあれ。
「ああ、いつもの騎士団の稽古ですよ」
「あれがいつものですか……」
いつ死人が出てもおかしくないような気がするんだけども。
「まあ最近は国も平和で強い魔物も出てないし、昔に比べたらかなり緩くなった方ですけどね」というアリアさんに父さんが未確認生物を見るような視線を向けた。ついでに僕も向けた。
「気になりますか?では後ほどご案内致します。さあ、中へどうぞ」
案内されてアキドレア家の城に足を踏み入れる。
強固な石の造りの城の中は少し冷えていて正面玄関は広く、壁には威厳を感じさせるアキドレア家の家紋が描かれた大きな赤い旗が掲げられていた。
旗をはじめとして基本的に赤で統一された闘争心を掻き立てるアキドレア家の城は、青薔薇をイメージして全体的に青と白で統一し上品さと優雅さを追求した我が家とは真逆の印象を受ける。住んでいる人間は全く品は良くないし優雅とは程遠い性格してるけど。
「応接室にご案内します。中で夫が待っておりますので」
夫。つまりクラリスさんのお父様。
ひぇっと顔を青くすると前を歩くアリアさんが振り返り、にこりと笑顔を向けて来た。
緊張でぶるぶると小刻みに震えながらぎこちない笑みを返すと、何故かその後のアリアさんの肩がぷるぷると震えていた。多分寒いんだと思う。石造りだし。
「どうぞ」と応接室の扉が開けられ中に入る。応接室に足を踏み入れると、ソファに座っていた人物が腰を上げた。
「初めまして。アキドレア家にようこそおいで下さいました」
がっしりとした大きな体躯の、肌の浅黒い男性だ。焦げ茶色の少し長めの髪をサッと後ろに撫で付けていて、それだけだとワイルドに見えるが「ようこそおいで下さいました」と微笑んだ声は低く優しい。
『この人が、クラリスさんのお父様……』
例えるなら、まるで岩や山のような人だ。穏やかで落ち着いた深い緑色で統一された応接室に彼の雰囲気がとてもよく合っている気がする。
「本日はお招きいただきありがとうございます。改めまして私、ローゼブル侯爵家現当主を務めているオリブ・ローゼブルです。そしてこちらが……」
「初めまして!ルート・ローゼブルと申します!よろしくお願いします!」
「あっルート!すみませんうちの愚息が失礼を……」
ガバッ!と勢いよく頭を下げる。好きな子のお父さんを前にして作法が全て吹っ飛んでしまった。
後方から「ぷふっ!」と何やら笑い声が聞こえて来たが構っていられない。頭がぐるぐるして緊張で足ががくがく震える。
「あはは、とって食ったりしないから安心して。頭を上げてください」
降って来た優しい声に恐る恐る頭を上げると、クラリスさんのお父様は穏やかな笑みを浮かべていた。
「私からも自己紹介させてほしい。私はガイオス・アキドレア。ここでは妻の……当主の補佐として主に事務業務全般を処理している。よろしくね」
細められた目がとても優しい。
「娘を好きになってくれてありがとう」と言われて僕はぶんぶんと首を振った。
とんでもない、寧ろ娘さんを産んで下さってありがとうなのはこちらの方だ。全身全霊で感謝。
「それと……謝らなくてはいけないことがあるんだ。君の手紙を勝手に呼んでしまった。ごめんね」
「えっ!?よよよ、読んだんですか……!!?」
「とてもよく書けていて可愛らしい手紙だったよ。君の素直な気持ちが伝わって来た」
「ごめんね」と眉を下げて笑いながら謝られ、膝からズシャァッと崩れ落ちる。
読まれた。好きな子のお父さんにラブレターを。今すぐあの騎士団の訓練所に飛び込んで僕を刺してくださいと叫ぶかもしくは土を掘って埋まりたい。
頭を抱えて呻いていると父さんに遠慮がちにポンと肩に手を添えられた。やめてほしい。今はその優しさが痛い。
「申し訳ないがその手紙はクラリスの手に届く前にこちらで預からせていただいている。少し事情があってね。その事情というのが……」
「それは私から説明するよ」
アリアさんが話を遮り、すっとガイオスさんの横に並ぶ。ガイオスさんは少し困ったように笑って座った。
「ああすまない、客人を立たせたままだった。どうぞ座って」とアリアさんに言われて、おずおずとソファに腰を下ろす。
『事情っていったいなんだろう』
多分手紙にあった「懸念すべき事項」に関係することなのだろうとは予想がつくけれど、それにしたって直接会って話さないといけないほどの事って相当だと思う。いったい何を言われるんだろう。
「単刀直入に言わせてもらう」
真剣な面持ちで見つめられ背筋を正す。何を言われるのかと考えて素早く頭を回転させる。
『ハッ!』
もしかして、クラリスさんにはもう婚約者候補が居るとかだったりして。
ありうる。だってクラリスさんはあんなに可愛いんだし。どこぞの馬の骨に言い寄られていたってなんらおかしくはない。
でも。
『それならその婚約者候補共を全員蹴散らすまで!!!』
襲い来る男達をちぎっては投げちぎっては投げするしかない。僕の脳内で今、愛しい少女を巡る男達の熾烈な戦いの火蓋が切って落とされた。と、またもや悪い想像が頭をよぎる。
『……いや待てよ、もしかしてクラリスさんにはもう好きな人が居る、と……か……』
い、嫌だ。そんなこと言われたら立ち直れない。ここを出たらすぐ帰りの馬車の中で泣き叫んで、帰ったら延々と街の水路に流されてやる。
頭の中で小舟を引っ張り出してきていざ水路に浮かべようとした時、ようやくアリアさんが口を開いた。
そして。
「え……」
アリアさんが言った言葉を理解した途端、僕は全身を巡る血液が徐々に冷めていくような感覚に襲われた。
アリアさんは言った。
「君はクラリスのためにピアノや音楽を捨てて剣を選べるかい?」
と――。
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