4 男装令嬢の憂鬱と花売り娘
クラリス目線のお話です。
王家主催のお茶会が開催されると聞いて出たのは、「ああ、また息を殺さなくちゃいけないんだな」という感想だった。
代々続く名門、アキドレア辺境伯家の女は公式の場では男装をして過ごすという風習がある。
なんでも、初代当主は女性の身でありながら男にも負けず劣らずな力を持ち、性別を偽って参戦した戦争で襲い来る敵国の兵士や魔物をちぎっては投げちぎっては投げの大奮闘で退けたんだとか。
ご先祖さまの事は誇らしいと思う。けれど、何故公式の場では男装などというルールを設けたのだろうか。
枕に顔を埋めて溜め息を吐くのを繰り返してみるが、現状は何も変わらない。
「行きたくないなぁ……」
おとこおんな。
幼い頃、自分を取り囲んでそう言った綺麗なドレスを着た女の子達と、自分と同じスーツを着た男の子達がそう言ってぼくを指さして笑っていた。
『違う、これは風習で仕方なく着てるだけで……』
そう言いたいのに怖くて、声が出せなくて。何も言い返せずにただただ木の影に隠れて泣いていたそんな時。
『誰か居るの?』
そう言って後ろからひょっこり顔を出してぼくを見付けてくれたのは、白い髪をふわふわさせた青い瞳の女の子だった。
その子は『お歌を歌えば悲しくないよ』と言って、木の下で泣いていたぼくの手を掴んで木の上へ引き上げてくれた。そして見たこともないような綺麗な景色を見せてくれた。
あの時、彼女がぼくを連れ出してくれたおかげでどれだけ救われたことか。
「ルーちゃん……」
凄く可愛いのにお転婆で、全然貴族のご令嬢っぽくなくて話しやすくて、ぼく達はすっかり仲良くなった。
音楽が大好きな彼女が即興で作ったともだちの歌を、何度も何度も一緒に歌って笑い合った。
それなのに。
「……会いたいなぁ……」
あれから一度も彼女と再会することは叶わなかった。
辺境の地に住んでいるせいで王家主催の社交の場にはあれ以来1度も出られていない。
『もう、ぼくの事なんて忘れちゃったかな……』
じわりと視界がぼやけて、ぬいぐるみのお腹に顔を埋める。
彼と出会ったのは、そんな憂鬱な気分で迎えたお茶会の時だった。
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ティーカップを手に優雅に談笑する人達。その間を楽しそうにはしゃいで回るのは妖精みたいな可愛いドレスを着たどこかのご令嬢達。
みんな可愛く着飾っていて、髪も綺麗に巻いたりアクセサリーを付けたりしてお互いのドレスを褒め合っている。
「クラリス。私は先日お世話になったローゼブル侯爵にご挨拶に行ってくるよ。一緒に行く?」
「ううん、ぼくはここのベンチで噴水を見てるから……。気にせず行ってきて」
「そっかぁ。……じゃあ、なるべくすぐ戻るよ」
ぽんぽん、と頭を撫でられる。そしてわしゃわしゃと髪を乱された。
「お……お母さん」
「ははは。いい子にしてるんだよ」
お母さんは少し眉を下げて笑った後、こちらを何度も振り返りながら人混みの方へと向かった。「行ってらっしゃい」と声を掛けて、お母さんの背中を見送る。
「…………」
1人残されたぼくは、お母さんに乱された髪を手ぐしで整えながら俯いた。
「……普通の女の子は、髪をぐしゃぐしゃになんてされたりしないんだろうな……」
アクセサリーも何も付けていない、肩までも届かない長さの短い髪。
遠くではしゃぐ女の子達の綺麗な長い髪が絵本に出てくるお姫様みたいで。
「……はぁ……」
水は好きだ。ただ流れているのを見ているだけで、心が落ち着くから。
噴水をぼんやりと眺めながら、ハンカチに包んでいたクッキーをちまちまと口に運ぶ。
普段は滅多に食べる事の出来ない甘いお菓子。でもいざ食べてみると、なんだか甘いだけで美味しくない。まるで角砂糖を齧ってるみたい。
隣に誰も居ないからだろうか。
そんなふうにしてぼくは1人、お母さんの帰りを待っていた。
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「クラリス!侯爵様のところに同い年の男の子が居たんだ。会ってみない?」
挨拶をして帰って来たお母さんが爛々と目を輝かせて言ったのは、ぼくにとってあまり良いとは言えない申し出だった。
初対面の男の子。それも侯爵様の家の子に会うなんて。
変な子だって、おとこおんなだって言われたらどうしよう。
『お母さんには申し訳ないけど……』
断ろう。そう思って口を開く。
「えっと……ぼくは、いいかな……」
「そっか!よし行こう!」
「…………えっ」
ぐいぐいと手を引かれてベンチから連れ出される。
『待って、ぼくは今断ったはず……』
どうやらお母さんは行かなくていい、を合意の方のいいだと勘違いしたみたいだ。
「お母さん……!ぼくは……」
「ローゼブル侯爵の息子さん、長男の方はものすごい美形だって有名だけどその弟くんも中々の美少年でね。愛想も良くて優しそうな子だったんだ。仲良くしといて損は無いよね」
「そ、そうじゃなくて……ぼくは……!」
ずるずると引きずられて人混みの中に入り、「やあ、待たせてすまない!」と手を挙げたお母さんの声に慌ててサッと陰に隠れる。
『うう、どうしてこんな事に……』
心臓がバクバク鳴っておかしくなっちゃいそう。今すぐ逃げ出してしまいたい。
勇気を出してお母さんの陰から顔を覗かせる。
と、ふわふわした柔らかそうな白い髪の男の子と目が合った。
垂れ目がちな青い色の瞳は優しそうで、確かにお母さんの言う通りかなり整った顔立ちをしている。
日焼けなんてした事もなさそうな儚げで真っ白な肌に、華やかな紺色のパーティースーツと胸元の青い薔薇のコサージュがよく映えて似合っている。
まるで絵本に出てくる王子様みたいだ。
「私の娘だ。我が家の風習によりあまり令嬢らしい格好はしていないが中々可愛いだろう。仲良くしてやって欲しい」
「お、お母さん……!」
「ははは。恥ずかしかったか。ごめんごめん」
恥ずかしくて俯くと、自分の姿が目に映った。
ドレスでもない、彼と同じパーティースーツを着た自分の姿が。
「あ……」
顔を上げると、彼とバチッと目が合ってしまった。思わず悲鳴を上げて陰に隠れる。
「あの、初めまして。ルート・ローゼブルと申します」
「……!」
「……一応音楽家やってます……」
声を掛けられた。だけど。
『こわい』
ぎゅっとお母さんのジャケットの裾を握り締める。お母さんは少し困った顔で微笑んだ。
「クラリス、ほら自己紹介しないと。……大丈夫、彼はクラリスを虐めたりなんかしないよ」
「でも、でも……!」
自分でも出て行かなきゃいけないことは分かっている。でもこの足が前に出る事を拒んで進めない。
『行かなきゃ。行かなきゃ。でも、でも……!』
「おりゃ」
ぶちっと何かが千切れる音がして顔を上げる。そっと覗くと、ルートが庭木の葉っぱを1枚むしっていた。
『え、何してるの……?』
彼の唇に葉が添えられる。と、彼の口から『花売り娘』のメロディーが奏でられた。
草笛だ。
「花売り娘……」
「そうだ、彼はこの曲の作者なんだった」
「えっ」
「あれ、知らなかったの?クラリス、よくルートくんの曲歌ってるから知ってるのかと思ってた。ていうか寧ろファンなのかと」
「え、ルート・ローゼブルって……本物……!?」
あんな素敵な曲の数々を作っていたのが僕と同い年の男の子だったなんて。
いつの間にか人が集まって来る。侯爵様が石と石を擦り合わせてにこにこしながら拍子を取っているので、お母さんとぼくは手拍子をとることにした。
そうしていると、お茶会で音楽を演奏していた音楽団が一緒になって演奏し始めた。みんな楽しそうだ。
耳馴染みのある曲を2曲続け、最後は拍手喝采で終わった。見ると遠くで陛下や第一王子殿下も笑顔で手を叩いている。
やっぱり彼の音楽は凄い。あっという間にこの場に居るみんなを笑顔にしてしまうなんて。
いつの間にか、ぼくの足は一歩踏み出していた。青い瞳がぼくを映す。
「……す、凄かった……!実はぼく、君の曲大好きで……」
言いかけて、さっきまでの自分がとても失礼な態度をとっていたことを思い出す。
「さっきは怖がったりしてごめんなさい。その、ぼくは……」
「あ」
雲の切れ間から赤い太陽が覗く。
ざあっと風が吹いて、彼の白い髪がふわふわと揺れた。
「やっと見つけた!」
蒼い瞳が悪戯っぽく輝いて、僕の腕を引く。その輝きと腕を引く手を、ぼくはどこかで知っている気がした。
そして彼は歌うように尋ねる。
「ねえ、覚えてる?ともだちの歌」
「……もしかして」
ともだちの歌。それを一緒に歌ったのはただ1人だ。
じわりと視界が揺らいで、何も見えなくなった。
「クリスくん。ずっと君を探してたんだ」
「会いたかった」と手を握られて頬に涙が伝った。
ぼくだ。
ずっとずっと、きみに会いたかったのはぼくの方だ。
「ルーちゃん、ルーちゃんなんだね」
「そうですふわふわドレスに巻き髪お姫様のルーちゃんです。ほらあの時の僕の方がずっと変な格好してたでしょう」
「ふ、ふふふ……。男の格好したぼくと女の子の格好したルーちゃん。ぼく達あべこべだったんだね。ぼくもずっと、きみに会いたかった」
ぎゅっと抱き着いたら懐かしい香りがした。爽やかで甘い薔薇の香り。細いけど思ったよりがっしりしていて、ああ男の子なんだと思った。
「クリスくん」
そう呼ばれて、ああそうだったと思い出す。幼い頃はクリスと呼ばれていたが今はもう違うことを。
「うーん、クリスっていうのはうちの伝統で……ちっちゃい時にだけ男の子の名前で呼ばれるんだ。今はクラリスで良いよ」
「なるほど。じゃあクラリス……さん?」
少し緊張したような面持ちで呼んでくる顔が面白くて、昔みたいに笑った。
「ふふふ、なぁに。ルーちゃん」
「僕の呼び方はそのままかぁ。あはは」
だって、ルーちゃんはルーちゃんだ。お転婆で楽しい音楽が大好きな女の子が、大きくなってかっこいい作曲家の男の子になっていただけで。
「じゃあこれからはルートって呼ぶね」
「はい!そうして貰えると嬉しいです。えへへ」
「……またぼくと一緒に遊んでくれる?」
「勿論!これからはいつでも会おうと思えば会えますよ」
「絶対だよ?約束だからね」
「はい、約束で……うわっ!?」
『きみはずっと、昔のままで』
ずっと友達で居てね、と想いを込めてまた抱き締める。
と、びちゃっと冷たい感覚に目を丸くした。
「えっ」
いつの間にかルートがずぶ濡れになっている。
「ルート、大丈夫!?」
こんな一瞬でずぶ濡れになるなんて、ぼくが抱き着いた瞬間にどこからか掛けられた水を被ったのだろう。ハンカチを取り出すとルートが一歩離れた。
「だ、大丈夫です。でも濡れちゃうのでもうちょっと離れて……」
「だめ、拭かなきゃ。風邪引いちゃう」
「大丈夫、大丈夫だから。……駄目だ溶けそう」
『あれ?』
ハンカチでルートを拭いてあげながら気付く。
『なんかルートの目線、ぼくと同じになってるような気がするんだけど気の所為かな』
ルートはぼくより少し目線が高かったはずなのに、何故か今は同じくらいの背丈になっている。
「んー?」とルートの背と自分を比べているとお母さんに肩を叩かれた。
「クラリス、もうその辺にしといてあげて……」
「え、もう帰るの?」
「うんそろそろ限界だと思うから……」
「やだ、まだルートと一緒に居たい……やっと会えたのに……」
ぼくはもう帰らなければいけないのかと眉を下げた。
「帰りも時間が掛かるし……ね?」
「うん。……ルート、また会えるよね?」
「……はい……」
「ふふ、約束。ね?」
名残惜しいけど仕方ない。最後にぎゅっと抱き着いてからぼくは背中を向けた。
「……だ、だめだ。もう限界……」
「わー!ルートーーー!」
「えっ何……」
「行こうクラリスすみませんすみませんなにぶん箱入り娘に育ててしまったのでこのお詫びは後日必ず!」
侯爵様が叫ぶ声がして振り向こうとしたのをお母さんに担がれるようにして馬車に乗り込み、そのまま発進する。
お母さんが頭を抱えた。
「あー……やっぱり限界だったかー……。後で菓子折りだなこりゃ」
「えっなになに?何があったの?」
「いや、ローゼブル家の男性は代々水魔法の使い手なんだ。彼はその中でも特に強い魔力の持ち主で……」
「クラリスに抱き着かれてめちゃくちゃ動揺したんだろうな〜」となんだか意味ありげに笑うお母さんに首を傾げる。なんなんだろう。
「何はともあれ、良かったねぇクラリス。ずっと会いたかった子に会えて」
「うん!また一緒に木登りしたり歌を歌ったりしたいな。ずっと友達だって約束したし、あの頃と何も変わらないよね。ルートとまた会えて凄く嬉しい。ぼく今日来てよかった!」
そう言って笑うと、お母さんは何故か微妙な表情をして固まった。
「……友達?」
「えっ、友達だよ?」
「……うーん……そっかあ……」
「向こうもそう思ってると、いいねぇ……」とお母さんは窓の方を向いた。そして溜息を吐く。
「ルートくん可哀想に……」
「え?なんで?」
「なんでもないよ」
馬車が動き出した。
ぼくは首を傾げてともだちの歌を口ずさんだのだった。
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