3 婚約届と隠し扉
深い焦げ茶で統一された木目調の家具が揃った書斎。きちんと整頓された本棚、趣味のいい置物。
それら全ての品の良さと落ち着いた雰囲気をぶち壊す声がやんやと響く。
「父さん早く!早く書いて早く!」
「よおっしゃ書けた!どんなもんじゃい父さんの本気の……あっ」
「おお、これが……!」
僕は父さんの手から勢いよく手紙を引ったくって高く掲げた。そこにはアキドレア辺境伯家に出す息子に娘さんとの結婚を前提にした付き合いをさせて頂けませんかという旨の内容が書かれている。
そして同封するのは名前を書くだけで婚約者になれるという素敵な魔法の書類。俗に言う婚約届である。
「すぐ出そう今すぐ出そう今出そう」
「……いや冷静になってみればそんなに急がなくてもいい気が……」
「そんな悠長なこと言って誰かに先を越されでもしたらどうするの!?」
「いやルートの気持ちも分かるけどね?アキドレア家はかなりの名家だけどその分かなり変わった家だし、滅多な事がない限り大抵気後れして他のとこを探すから縁談の数は少ないと思うんだよ」
一般的な貴族の娘と結婚して手に入るものは特産物の優先的な輸出入の権利だとか持参金、そしてその家と関わりあるものへのパイプといったもので、それらは明確な資産である。
しかしアキドレア辺境伯家と婚姻を結んで手に入るものといったら戦で荒れて作物の育たない土地と国内屈指の戦闘力を持つアキドレア騎士団の2つのみ。
広大な土地で行われる戦闘訓練はかなり厳しく、魔物の影響で作物が育たずそもそもの物資がないのでほぼ他領からの輸入に頼っている。王都までは5日掛かるので社交なんて以ての外。
跡継ぎでない嫁をアキドレア家から貰ったとしても旨みがなく、婿に行っても代々家を継ぐのは女性という風習があるため当主になれず、国一番の騎士団を率いるのは荷が重い上に隣国の敵兵や魔物が来たら自分も死ぬかもしれない、などというハイリスクな上にほぼノーリターンな辺境の地である。
相当な貧乏くじでも引かない限り中々アキドレア家と縁談を、なんて家は存在しないのだ。
「嘘でしょ!?クラリスさんあんなに可愛いのに!!世の中の男共は目が腐ってるんですか!?」
――家ではなく結婚相手自身に怒涛の勢いで恋をしたルートを除いて――。
赤い艶のある髪。華奢な身体。健康そうな肌色に薔薇色の頬。吊り目がちで強い印象なのに不安げに揺れていて寧ろ保護欲を掻き立てられずにはいられない黄金の瞳。控えめに口元から覗いた八重歯。極めつけはあの落ち着いた、耳に心地良い少し中性的で可愛らしい声。どこをとっても魅力的でしょうがない。
ずっと会いたかった幼馴染が実は女の子でめちゃくちゃ可愛くなっていたのだ。友に対する執着がそのまま恋情になってもう止められない状態になっていた。
「もう逃がさないよずっと一緒だよ……ふふ、ふふふふふ……!」
「うわ、うちの息子こわすぎ……」
――胸の前で手を組んで恍惚とした表情で愛しい少女を思い浮かべる息子を横目に、「後で塩撒いとこ」などとぶつぶつ呟きながら父は手紙に蝋を落とし封をした――。
「出来たよ。アキドレア家まで届けさせよう。お〜い、マイロ〜」
「お呼びでしょうか旦那様」
「うわーーー!?」
呼んだ瞬間、パカッと天井が開いて執事のマイロさんがぶらーんと逆さの状態で現れた。
「なんで!?いつの間にこんなの作られてたの!?」
びっくり仰天している父さんはどうやら部屋が改造されていたことに気付いてなかったらしい。
ちなみに僕はこの部屋の中にあと5つ隠し扉があるのを知っている。言わないけど。
「またポムじいが隠し扉を増やしたな!?いったいいつ改造したんだ!?」
「逆さの状態で大変失礼致します。旦那様がいつなんどきお呼びになっても駆け付けられるよう待機しておりました」
「もしかしてずっとここに居たの!?こわすぎるよ!!!」
「どうどう」
「この手紙アキドレア家に届けてくれる?」と手紙をマイロさんに手渡す。
マイロさんは「承知致しました。このマイロ、命に代えても守り抜いてみせます」と仰々しく……逆さのまま両手で受け取り、「フンッ!」と天井裏に戻って行った。さすがマイロさん。腹筋が凄い。
ぱたんと天井の扉が閉まる。どこからどう見ても隠し扉があるようには見えない綺麗な天井を見上げて父さんは沈黙し……、そして絶叫した。
「……分かるわけなくない!?こんなとこに隠し扉があるとかさぁ!人権どこ行ったの!!?」
「まあまあ、父さん人望厚いから大丈夫大丈夫」
「そんなんじゃ誤魔化されないよ!?」
父さんは慌てて床のカーペットを剥がしてみたり本棚をずらしてあちこち隠し扉を探し始める。
無駄だと思う。だって書斎の隠し扉、外からしか開かない仕様になってるし。そういうふうに僕が作ったし。
「あっ!たまにお菓子が無くなってるのはもしかして……」
「あーあのマドレーヌ美味しいよね。またはちみつ風味のやつ買っといて」
「お前も共犯か!!!あっはちみつのやつだけ綺麗に無くなってる!」
お菓子が入った戸棚の引き出しを開けて喚く父さんを置いて「それじゃあ僕はこれで〜」と書斎を後にする。
父さんの「わ〜ん!」という情けない泣き声が遠ざかり、てくてくと廊下を歩いていると、ドスドスという地響きと共に「ああ忙しい忙しい……!」という声が聞こえて来た。
「ソフィーさん。お疲れ様です」
「あっルートお坊ちゃま!すみませんバタバタとお恥ずかしい……」
「いえいえ、いつもありがとうございます。あっポムじいから聞きました?台所から洗濯場までの隠し扉、開通したらしいですよ」
「アラ嬉しい!早速メイド仲間に伝えます〜」
「ああ忙しい忙しい」とふくよかな身体が廊下をゴムボールのように跳ねていくのを見送り、僕はにっこりと笑った。
「さぁて、ピアノ弾こうっと!」
今作曲中のものは取り敢えず置いておいて、今日からクラリスさんをイメージした曲を作ろう。
僕は鼻歌を歌いながら音響室に向かったのだった。
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それから2週間ほど経ったある日の昼下がり。
「来たよ」
含み笑いで封筒を手にして現れた父さんに僕は楽譜に音符を並べていたペンを取り落とした。
今作曲中の『クラリスさんに捧げる曲』だ。いつか彼女のために演奏したい。
じゃなくて。
「ききき、来たって……」
「アキドレア家からだ」
「ウワァーーーーーーッ!!!!」
好きな子の家から送られてきた手紙。
恐る恐る父さんににじり寄り、近くまで来たところでバッ!と手紙をひったくる。
アキレアの花が描かれた蝋印が押されているのを確認してぶるぶると手が震え出した。
「ああああ父さんててて手が」
「頑張れルート!開けるんだ!」
「て、手が震えて……はーっはーっ……落ち着け僕!!!」
「なに、開けられないの?じゃあボクが代わりに読んであげよっか?」
えっ、と思ったのも束の間僕の手から手紙が消える。ひょいと横から手紙を奪ったのは兄さんだった。
兄さんは父さんの手からペーパーナイフを取るとサッと切って手紙を取り出した。
「に……兄さん!手紙返し……」
「ええとなになに。拝啓、ルート・ローゼブル様」
「あーーーッ!やめて怖い読まないで!!!」
「婚約の申し出、アキドレア家一同心より嬉しく思います。……ただ1つ貴殿が当家に婿入りするにあたって懸念すべき事項が御座いますので、差し支えなければ一度我が屋敷においで下さいますようお願い申し上げます……だってさ」
「……えっ」
「はい」と手紙を僕の手に戻した兄さんは「あったあった」とテーブルの上に置いてあったサックスケースを手に取る。そして「まあ頑張んなよ」と言ってすたすたと部屋を出て行ってしまった。
残された僕と父さんの間に微妙な沈黙が流れる。
「その……ルート、懸念事項があるとは言われたが断られたわけじゃないから……」
手紙を手にしたまま俯き、一言も音を発さない僕を気遣ってか僕の肩に手が置かれた。「父さんもルートが結婚出来るように頑張るからさ」という優しい言葉付きで。
「……いられない」
「ん?なんだって?」
「こ……こうしちゃ居られない!母さーん!めちゃくちゃかっこよく見えるジャケット作って!今すぐ!!!」
「うわぁーーーーッ!耳が!!!」
――音が響く部屋と書いて音響室と読む。
ルートがバタバタと慌ただしく音響室を出て行った後、憐れオリブは耳を押さえて悶え苦しむ羽目になったのだった――。
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