20 アキドレア夫妻の馴れ初めと青薔薇の手紙
「ガイオスは元は騎士学校の……その……教官だったんだ。まあまだ見習いではあったんだけども」
「それは聞いたことあるかも」
幼い頃、お父さんが騎士団員から教官と呼ばれているのを見た事がある。その時は何とも思わなかったけど、騎士学校の教官だったとは。
「それで、私が騎士学校3年目の時に副教官として赴任して来たんだよ。教え方も丁寧で人気だった」
「問題児さんにそう言って貰えるなんて光栄だな」
「うぐぅ」
お母さん、問題児だったのか。初めて知った。
お父さんはくすりと笑うと優しげな瞳でお母さんを見つめた。
「騎士学校時代、試合に勝ったら私と結婚しろって言って来て。あれに関しては本当に若かったなって思うよ。今じゃもう出来ないでしょう、あんな逆プロポーズ」
「そっそれは……!」
顔を真っ赤にして口をはくはくさせて何も言えなくなっているお母さんを後目に、お父さんは「片付けておくね」と空いたお皿を下げに行ってしまった。
残されたお母さん。顔が真っ赤だ。
「お母さん……」
「何」
「大胆だったんだね」
「言わないで……」
「若かったんだよ、あの頃は」とお母さんがお湯を飲み干してどんと置いた。お酒飲んでる時みたい。ここに無いはずの酒瓶が見える気がする。
「一目惚れだったんだよ、穏やかで仕事もそつなくこなして剣の腕もお手本みたいな剣筋で。気配りも出来て周囲がよく見れていて、おまけにあんな体格が良くてかっこよくて!休み時間や放課後になったらいつも探して私と結婚しろって迫ってたよ」
「そ、それは……」
情熱的だ。今でさえ気軽なやり取りを交わしているがその昔はお父さんを追い掛け回して求婚を繰り返していたとは。
お母さんは深く深く溜め息を吐くと、言った。
「私が当主という立場になった時、補佐として隣にずっと居て支えてくれるのは絶対あの人がいいと思ったんだ。追い掛け回して、わがまま言って結婚してもらって。それなのにこんな苦労させちゃってほんと申し訳ないよ……」
ポットから出て来るのはなんの茶葉も入っていないただのお湯だ。注ぎ足したそれを見つめ、お母さんは項垂れた。そしてちびちびと飲み始める。おかしいなポットの中身熱燗だったかな。
「お母さんはこう言ってるんだけど、お父さんは?」
「なっ」
お母さんの背後に立っていたお父さんに視線を投げ掛ける。お母さんは弾かれたように振り向くと「今の聞いてた?」と問い掛け、「全部ね」とお父さんはにっこりした。
「たしかにきっかけはアリアさんの方だったかもしれないけど、いつも遅くまで自主練してる努力家の素敵な女性に何度も情熱的に求められて心が動かない男は居ないんじゃないかな」
「す、素敵ってもーガイオスったらへへへへへ!……ごめん……」
「たしかにちょっと生活は苦しいけど、僕はあなたと結婚した事を何も後悔はしてないよ。いつも明るくて楽しくて、あなたにそっくりな可愛い娘も産んでくれて。僕は心の底から幸せです。ありがとうね、アリアさん。愛してる」
「わっ」
お父さんがお母さんの頭に口付けた。ピシリとお母さんが固まる。ぼくはきゃっと口元を押さえた。
「が、ガイオス……あの……」
「なぁに、アリアさん。口の方が良かった?」
「ばっ!」
ハッとしてお母さんがこちらを振り向く。そして立ち上がるとぐいぐいとお父さんの背中を押した。
「子どもの前だから!」
「あはは、照れちゃって。可愛い奥さんだなぁ」
「もーやだ!恥ずかしい!」
「……ラブラブだぁ……」
こんなに甘い空気出してる2人久しぶり、というかほぼ初めて見たかもしれない。
「はっはっは。あ、アリアさんちょっと待って」
そのまま押されて部屋に戻りそうになっていたお父さんが振り向いた。
「これ、クラリスに。さっき取ってきたんだ。1年経ったら読ませようと思ってずっと保管してたんだけど、……今読んだ方が良さそうだからね」
そう言ってお父さんに渡されたのは、青い薔薇の封蝋がされた綺麗な封筒だった。
「これ……」
「ルートくんの手紙だよ。お茶会でクラリスと再会した後に書いたみたい」
「ちゃんとご飯は食べるんだよ」と微笑んで、お父さんはお母さんの腰を抱いて行ってしまった。
「……ルートの手紙?」
既に封蝋は開いている。ぼくは手紙を取り出して広げた。ふわりと薔薇の甘くて爽やかな香りが広がった。
ルートの匂いだ。
『拝啓、親愛なるクラリス様
幼い頃一緒に作ったともだちの歌を覚えてくれていてありがとう、心から嬉しく思いました
次はどうか愛の歌を作り、共に歌っては頂けませんか
はちみつのように甘い色の瞳と、はにかんだ笑顔がどんな可憐な花よりも愛らしい貴女に僕は心を奪われてしまいました
ローゼブル家の青い薔薇に誓って貴女を幸せにすると約束いたします
愛をこめて
ルート・ローゼブルより』
「ルート……」
何度も何度も読み返して、手紙を抱き締める。
胸がドキドキして、いっぱいになって、苦しくて、でも嬉しくて幸せで泣きたくなった。
恋愛の先に結婚があるのだとしたら。
「……ぼくが当主になった時……」
この家を継ぐのは長女である自分。ぼく1人だ。
この血筋を絶やさない為にもぼくは結婚して子どもを産み、育てないといけない。
辛いこともあるだろう。悲しいこともあるだろう。
でもその時隣に居て、一緒に笑ってくれる人は。
「ああ、もうぼくはとっくの昔に……」
音楽が聞こえる。思わず心が踊り出してしまうような。
どうしようもなく、人を笑顔にさせるような。
きっと楽しい日々だろう。大好きな彼と一緒なら。
瞼の裏で、白い柔らかな髪がふわりと揺れた気がした。
「……あれ?」
いや、何故か本当にどこからか楽しい音楽が聞こえて来るのだけど。
立ち上がり、窓からひょいと身を乗り出す。明かりが点いて、ギターの音色とガヤガヤと賑やかな声が聞こえて来るのは……
「食堂だ」
ぼくは家を飛び出し、走り出した。
早く、早く。
わくわくして飛び出して、思わず抱き着いてしまいたくなるような。
あの大好きな音の鳴る方へ。




