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拝啓、愛しの男装令嬢〜音楽少年の残念な恋愛奮闘記〜  作者: らめんま。
二章 騎士団生活の始まり
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19 古本屋さんと恋愛なるもの

 

 そして、目覚めた午後。ぼくは馬車に揺られ、一番近くの町に来ていた。


「えーと、古本屋は……あったあった、あそこだ。おいでクラリス」


 お母さんは小さな古本屋さんに入ると、適当に手に取った本をぱらぱらと捲った。そして何やらぶつぶつと独り言を言っている。


「これは表現が過激だな……こういうのじゃなくてもっと絵が可愛くて初心者向けの……」


 ぼくは騎士の武勇伝を手に取った。昔戦争で活躍した頃のひいおばあちゃんと会った人が後にあの女はやばいと語ったものだ。ノックしただけで扉が吹っ飛んだとか一人で山に入って熊の魔物を五頭も仕留めて帰って来たとか……相変わらずファンキーだった。


「すみません店主さん、こういう不倫とか禁断の恋とかドロドロしたやつじゃなくてもうちょいライトなやつあります?恋愛入門の。ロマンチックでキラキラ〜キャッキャウフフみたいな」

「はあ、ロマンチックでキラキラ〜ですか。あそこの棚の子ども文庫なら……」

「わー!あっちの棚ですね!行ってみますありがとうございます!」


 あれ、なにか聞こえたような。……気の所為かな。

 振り向くがお母さんは早々と店の奥に行ってしまったようだ。ぼくは騎士の武勇伝其の二を手に取った。シリーズで5冊も出ているのでさっさと読んでしまわなくては。


 そうして暫く読み続け、其の四に手を伸ばした頃に「クラリス〜、丁度良さそうなのがあったよ〜こっち来て〜」と呼ばれて本を戻した。

 そういえば今日の目的は別にあるんだった。騎士武勇伝を読むのはまた今度にしよう。


 呼ばれた先に向かうと、ピンク色のキラキラした装飾が施された本が並んでいる棚があった。お母さんがその前で手招きしている。

 ぼくは小走りでその隣に並んだ。


「わあ、綺麗」

「うん、表紙の絵も綺麗だよ」

「ほんとだ。でもあっちの本は表紙に絵なんて無かったよ?」

「この本は特別なんだろうね。途中途中にも絵が挟んであって分かりやすいよ」

「わあ、可愛い。しかも文字が大きくて読みやすいよ」

「だよね。こういうのの方が分かりやすいよね。じゃっ、これ買ってくるね!」


 お母さんが壊れた首振り人形のようになって頷き、本を抱えて消えた。


「ん?」


 他の棚には図鑑や時代小説などと棚の上に紙が貼ってあるのにこの棚には何も貼っていない。よくよく見ると剥ぎ取られたような痕跡が残っていた。


「お客さん、困りますよ勝手に子ども文庫の張り紙剥がされちゃ」

「すみません娘には内密にお願いしますこないだ子ども用の服着せて泣かせたばかりなんです」

「はあ」


 何やらお母さんは店主と2人でコソコソと耳打ちしている。なんだか長くなりそうだったので、ぼくは騎士武勇伝を読むべく伝記の棚の前に戻った。



 *.。.:*・゜*.:*・゜*.。.:*・゜*.:*・゜



 馬車に揺られ、夕方頃。ぼくはピンク色の大小の本と共に帰宅した。ピンク色の本以外にもお母さんは買っていた。『男の子と女の子の違いって?』『おしゃれ入門』の2冊だ。


 そしてベッドに寝転がり、ピンク色の表紙を眺める。

『初恋ハニー〜約束の薬指〜』と書かれたその本にはキラキラのお姫様と王子様が描かれていて、2人は何とも言えない切ない表情で見つめ合っていた。


「あの時のルートの顔と同じだ……」


 お母さんの見立て通り、この本に『恋』なるものの答えが書かれているに違いない。

 ぼくは本を開くと、黙々とそれを読み込んだ。

 暫くして、わなわなと手を震わせる。そして叫んだ。


「なにこれ……なにこれなにこれなにこれ〜!!!」


 じたばたと足をばたつかせ、悶えてゴロンゴロンと転げ回る。


 甘ったるい!ドキドキする!胸の辺りがもぞもぞして落ち着かない!全身掻きむしりたくなる!


「あの、ルートの男として見てってやつは……!」


 王子様がお姫様を抱き締め、切なげに訴える。

「もうお前をただの友人になんて思えない。俺を男として見てくれ」と。それに対し、お姫様はキュンと胸をときめかせている。


 そして。


「『子どもの頃からずっと君の事が好きだった。俺と結婚してくれ』」

「『私も、貴方のことが好き……!愛してるわ、……』」


 続く王子様の名前が、ふと。


「ルート……」


 白い髪をふわふわと揺らす、あの少年の名前に置き代わった。

 瞬間、ボッと顔に火でもついたのかと思った。


「うわ〜〜〜!!!なんっ……うわ〜〜〜!!!」


 この日からぼくは、突然ぼくの世界に現れた『恋』というものと対峙しなければならなくなったのだった。



 *.。.:*・゜*.:*・゜*.。.:*・゜*.:*・゜



 恋愛小説を読んで分かった。男として見てほしい、の意味も、ただの友達だなんて思えないの意味も。


 ぼくがルートに抱いているこの感情は恋だ。友情とは別のもの。

 恋は楽しくて幸せで甘くて、時に苦い。相手も自分を好きになってくれたらいいのにと思うほど、恋は苦くなると本に書いてあった。

 ルートが辛そうだったのは、恋が苦かったからだ。苦くて悲しくて、切なくて。気付いて欲しくて、同じように自分を好きになってほしくてぼくに助けを求めた。


 ルートもぼくと同じ気持ちで居てくれていたのだ。


 それなのに、ぼくは名前が分からなくて、大好きな友達だと言い続けた。ルートはそれが悲しくて苦しかったのだ。


「うぅ……ごめんね、ルート……」


 そして続く『男の子と女の子の違いって?』の本を読んで完全に頭がパンクした。


 身体の違い。性的興奮。子どもの作り方……いやもう目がチカチカする。色んな本を見比べて一番お母さんが「これは表現が過激すぎる」「こんなリアルに描写すな!」などとうんうん唸っていたのであの中でも一番軽い描写なのだろう。可愛いイラストで描かれているし所々表現もぼかしてあって分からない所もある。


 いやでも成程ぼくがスカートを捲ってみせたり脚を見せたり頭を抱え込んで抱き締めたりした時にルートが溶けた理由が分かった。曰く、女の子の性的な部分を見ると男の子は興奮する生き物らしい。なんか団員がそんなこと言ってたような気がするなぁと思い出す。美人な女の人が描かれた本を貸し借りしている場面を何回か見たことがあるけれど。


今まで男は力が強くて髭が生えて女は力が弱くて柔らかいんだな程度の知識しかなかった自分の無知さを知った。


「アリアさん、クラリスはどうしちゃったの」

「恋愛小説とか性教育本とか読ませたらああなった」

「えっ、じゃあクラリスは今まで……いや父親が娘に教えるのってちょっと憚られるしどうなってるんだろうなとは思ってたけども」

「今まで恋愛とか性について触れる機会が無かったからキャパオーバーしてるんだよ。ほんと悪い事したなと思ってる」

「読み物とか読んでたら少しは知識も耐性付いてただろうけど、アリアさんが全部売っちゃったから……」

「うーん。そうなんだよねぇ……」


 今現在、ぼくは突然現れた恋というものをどう対処していいのか分からず頭を抱えていた。ご飯も喉を通らないので食卓のスープがどんどん冷めていっている。置かれたまま手を付けていないスプーンに映る自分の顔が赤過ぎるのが恥ずかしい。手に持って遠ざけてはみるが。いやスープを掬う気にもならない。絶対零す。


 ずっと仲良くなると友達になると思っていた。更に仲良しになると親友。そしてそして大親友になると。

 ルートともっと仲良くなって大親友になれたらいいな、なんて思っていたのが。

 まさか恋人になるという選択肢もあり、さらにそこから結婚だなんて。


「ルートは……ぼくのことが好き……」

「そうだねぇベタ惚れだねぇ」

「ルートは……ぼくと恋人になりたいと思ってる……?」

「そうだねぇ物凄い勢いでアプローチしてるねぇ」

「ルートは……ぼくと結婚したいと思ってる……?」

「こんな辺境まで押しかけ女房ならぬ押しかけ旦那して来てねぇクラリスの為にご苦労な事だよねぇ」

「はうぅ……」


 そうだ。ルートはわざわざこんな何も無い所まで来て、大好きな音楽もそこそこに棒を振り回して走り回っているのだ。


 ぼくに会いたいがために。


「うぐぅ……」


 だめだ、おかしくなりそうだ!


 初恋ハニーは幼い頃に結婚の約束をした2人が成長して再会し、この人が約束をした相手なのではないかと微かに思いながらお互い惹かれ合い、様々なトラブルもありつつ最後には約束の木の下で結ばれる。


 結婚の約束がともだちのうたになっただけで同じ状況である。


 幼い頃はお互いの性別を誤解していたけど、今は?


 スカート姿のぼくを見て「可愛い」と真っ赤になった顔。会えると嬉しそうに、幸せそうに笑って。

 青い薔薇の花とドレスの贈り物を届けに来て、自分の事をいつも考えて欲しいと言った時の少し独占欲を滲ませたあの表情。


 もう、意識してしまったら止まらない。あんな積極的にアプローチされていたのに何故ぼくは全て友情だと思って平然としていられたのか。

 全てが分かった今はもうどんな顔してアプローチ受けたらいいか分かんない。いや受けてばかりでどうする。ぼくもアプローチするようにしようそうしよう。


「あの時のルートくんは猪より猪突猛進だったな。……若い頃のアリアさんみたいだ」

「ぐっ」


「その話はちょっと……」というお母さんに、はたと気付く。


 結婚。お父さんとお母さんは結婚している。ということはお互いの事が好きということでは?


「お母さん」

「ん?」

「お父さんとお母さんはどうして結婚したの?」

「は!?ゲホゴホッ」


 お母さんが噎せた。そしてお父さんがよしよしと背中を擦る。

 両親の馴れ初めは今まで一度も聞いた事がなかった。身近に恋愛をして結ばれた2人が居るのだ。ここで話を聞かない手は無いだろう。


「ちょっと、どうしてそういう話に……」

「お母さんとお父さんも恋をして、大好きになったから結婚したんでしょ。聞かせてよねぇ」

「まあまあいいじゃない。別に話しても」


 にこにこと微笑みつつお父さんがお母さんを見つめる。何故だろう、笑顔の中に圧が込められているような……。

 お母さんはお父さんの笑顔に「うっ」と怯むと渋々語り出した。


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